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 フレンがこのような物言いをしたことは、今までなかったと思う。あくまでも『お付き』としての言い方だったのだから。
 その違いに戸惑うやら、漂ってくる、なんだかほの甘いような空気を感じて胸が高鳴ってしまうやら。
 目を白黒させるしかなかったグレイスであったが、フレンがふと、触れていた手をそっと握ってきた。白手袋の手で、グレイスの手を包み込む。
「ですから、私もお嬢様から『代わり』をいただいてもよろしいですよね?」
 理由はわからないものの、求められたことはわかる。
 その提案は、グレイスの胸を、かっと熱くした。顔まで赤くなったかもしれない。
「そ、……れは……お出掛け……?」
 やっと言ったのに、フレンは当たり前のように肯定する。しかもその言い方が。
「ええ。特別な、ですよ」
 追いうちまでかけられたようだった。念を押すように、グレイスの認識を促すような言い方で言われる。
「……わかった、わ」
 返事などそれしかないではないか。グレイスはやっと答えた。
 妙に空気があたたかい。それは包まれている手から生まれているような気がした。
「ありがとうございます。……さて、ではおしまいにいたしましょう」
 フレンはにこっと笑った。もう、困ったような顔もしていない。
 本当に話を終えて、許してくれるつもりなのだ。まだ戸惑いが去らないグレイスだったが、フレンはさっさとお茶の支度を片付けはじめてしまう。
 なにか言おうと思った。
 それはどういう意味、とか、どうして私と、とか、楽しみだったのは何故、とか。
 聞きたいことなどたくさんあって。でもそのひとつもグレイスの口からは出てこなかった。
 そんなこと。自分が欲しい答えなどひとつしかないからである。
 そして、それ以外の答えであれば、落ち込んでしまうのは確かだったからである。
 よって、出てきやしなかった。
 グレイスの内心などフレンが知る由もない。お茶の支度はすべてカートの上へ回収されて、フレンは「では」と退室の意を示した。

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