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「さて、まずは……」
 もう一度。グレイスの美しい胸元に手がかかったときだった。
 シュッ、となにか鋭い音がグレイスの耳を刺した。それがなんなのか理解する前に、目の前の男がびくんと体を跳ねさせた。
「ぐぁっ!?」
 恐ろしい呻き声をあげた男に、違う意味でグレイスは恐怖した。
 しかしそれはまだ早かったのだ。だって、目の前の男の肩にはナイフが深々と突き刺さっていたのだから。とろとろと血が流れだしてきている。
 その赤はとても不吉な色で。グレイスの体を凍り付かせる。
「なんだ!?」
「一体、なに……グァァッ!?」
 うしろに居た二人の男が振り返ろうとした途端。一人の男が鈍い声をあげて、勢いよく前のめりになった。それだけではなく、どさっと地面に倒れ込んでしまう。
 それを間近で見て、ひっと隣の男が息を詰めたと同時。
 タッ、と小気味いい音がした。上等の靴が地面を叩いた音。
 男の一人の頭を蹴り倒して、地面に降り立ったその上等な靴の人物。
 グレイスは、のろのろと視線をあげた。そして違う意味で心臓がどくんと跳ねた。
 ふぅ、と息をついていたのは、普段と同じ燕尾の黒服を身に着けた……フレンではないか。
 しかしグレイスが声を出せることはなかった。体が凍り付いていた以外にも、フレンがまるで残像が見えるほど素早く脚を振ったのだから。
 勢いをつけて繰り出された長い脚。今度は、一連の出来事に固まっていた男たちの最後の一人の脇腹に叩き込まれる。
「ぐぅっ!」
 鈍い声だけを残して、やはりどさっとその男も地面に沈んでしまう。
 その男を、体勢を戻したフレンが見降ろす。恐ろしく冷たい目をしていた。
 彼がこれほど冷え切った目をすること。グレイスは知らなかった。見たこともなかったのだ。
 これは、ほんとうに、フレンなの。
 心の中だけでしか言えなかったけれど、呆然と呟いた。
 しかしこれで終わりではなかった。グレイスに迫っていた男。どろどろ肩から血を流しているところをなんとか押さえている男に。
 フレンはなにかを突きつけた。ぎらっと光ったそれ。自分に向けられたわけでもないのに、グレイスはそれが心臓に突き刺されるのかと感じてしまった。
「お嬢様に」
 男の頬のすぐ横にナイフを突きつけておいて、フレンはゆっくりと口を開いた。
「手を出すな」
 出てきた言葉。先程の視線と同じように、低く氷のように冷たい声をしていた。

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