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夏のティーケー海岸ものがたり その3

「なんだありゃ!?」
 僕は、海から川へと遡っていった巨大な生物を呆然としながら見つめていました。
 すると、屋台の向こうの方からアルリズドグさんがすごい勢いで駆けてくるのが見えました。
「でっけぇ魔獣が出たってのはどこだい!?」
「あぁ……それならさっきそこの川を遡っていきましたよ」
「何ぃ、カマータ地区へ向かったってのか!? あそこは住宅密集地だ、なんとしても止めねぇと」
 僕の声を聞いたアルリズドグさんは、その後方に従っている部下の皆さんへ視線を向けました。
「ラルドン、カマキンラ、モンスンラ、キンギンドンラ、お前らは空を飛んであの魔獣の前に先回りしな! アルンギラスにメルカンゴージはアタシと一緒に川を遡るよ!」
「「「了解です!」」」
 アルリズドグさんの声に、部下の皆さんは一斉に返事をしました。
 すると、まず4人の部下の方々が、音速で飛べそうな茶色い大きな鳥の魔獣になったり、でっかいカマキリの魔獣になったり、でっかい蛾の魔獣になったり、首が三本ある金色の魔獣になったり……とにかく、細かく描写をしたらかなりまずいんじゃないか、これってな具合の魔獣の姿に変化すると、魔獣の前に先回りするために川の先の方へ向かって高速で飛行していかれました。
 次いで、大きな背びれをもったでっかい魔獣になったアルリズドグさんを先頭に、四つ足で背にとげとげがいっぱいついた魔獣になったり、アルリズドグさんが変化した魔獣をメカっぽくしたような魔獣の姿になった2人が、アルリズドグさんの後を追いかけるようにして川を遡っていきました。

 アルリズドグさんの様子からして、結構な非常事態なはずなのですが……なんでしょうか、この妙な安心感は……
 川を遡っていった正体不明の魔獣も結構でかかったですし、気のせいかあの状態から何段階か変形しそうな雰囲気がしないでもありませんでした……ですが、まるで魔獣王なアルリズドグさんを筆頭にしたあの6人が向かったわけですし……あの6人が負ける姿をまったく想像することが出来ないといいますか……
 なにしろ魔法を使おうとしていたスアも、
「……私の出る幕はなさそう、ね」
 そう言うと、アナザーボディを駆使しながら出店の準備を再開したぐらいですからね。

「みなさん頑張ってください! パラナミオ応援してます!」
 アルリズドグさんの変化したでっかい姿を目を輝かせながら見つめていたパラナミオも、慌てて声援を送っていたのですが、すでにみんなあの魔獣を追いかけて行ってしまった後だったため姿は見えなくなっていたのです……と、思っていたらですね、アルリズドグさんがわざわざ戻って来てくれて、パラナミオに向かって右手を振ってくれました。
 それに、パラナミオも大喜びして、飛び跳ねながら手を振っていました。
 そんなパラナミオの大声援に見送られながら、アルリズドグさんは再び正体不明の魔獣を追いかけていきました。
 風貌や話し方はちょっと乱暴でおっかない感じなアルリズドグさんなんですけど、こんな感じでとっても優しい方なんですよね。

◇◇

 ……30分ほど経過しました。

「まったく、手こずらせやがって」
 首をコキコキいわせているアルリズドグさんの前には、小柄な女の子が転がっていました。
「うにゅううう……」
 全身黒焦げになっているその女の子は、そんな声をあげながら目を回して気絶しているようです。
「……アルリズドグさん、ひょっとしてこの子が?」
「あぁ、あの巨大魔獣の人型だよ。ったく、ほんと手こずったぜ、まさかあの蜥蜴みたいな姿から、二足歩行になって、そのまま巨大化までするとはよぉ。しかも巨大化したら背びれや尻尾の先から妙な熱戦まで出し始めやがってよ、こっちも結構怪我人が出ちまったよ。まぁ、住人に被害が出なかったのが幸いだったけどよ」
 アルリズドグさんは、そう言いながらご自分の足下で気を失っている魔獣の女の子を見つめていました。
 で、その後方にはですね、髪の毛が見事なアフロヘアになってしまったラルドンさんや、魔獣の女の子同様に黒焦げになって気絶しているカマキンラさんなど、数人の怪我人の姿があったのですが、そんな皆さんに対してですね、アルトが回復魔法を使用して治療をおこなっていました。
 アルトは回復系魔法に適正があったようで、スアの指導を受けながら才能を開花させつつあるんです。
 で、アルトが頑張っているもんですから、スアは手出しをしないで、その様子を木箱から顔だけ出して見守っていました。
 その顔には、満足そうな笑顔が浮かんでいます。
 やっぱりスアも、自分の娘がこうして成長している姿を見るのが嬉しいんでしょうね。
 もちろん、僕も嬉しいですけどね。

 その後、アルトの治療を受けて怪我が完治した、謎の巨大魔獣の少女が目を覚ましました。
「はれ?」
 その少女は、きょとんとしながら周囲を見回しています。
「……あのぉ……ここって、ティーケー海岸です……かしら?」
「あぁ、ティーケー海岸だが」
 少女の言葉に、アルリズドグさんが腕組みしたまま答えました。
「お前さんはいったい何者なんだ? 巨大魔獣の姿のまま街を襲おうとしやがって」
「へ? 街を? 襲う?」
 アルリズドグさんの言葉に、その少女は全力で首を左右に振りました。
「と、とんでもございませんですわ。私、このティーケー海岸のお祭りがすごいとお聞きして、ぜひ楽しませていただこうと思い、勇んではせ参じてまいりましたのよ……それが、道に迷ってしまいましてウロウロしておりましたら、いきなり攻撃されたものですから、自衛のためにやむなく応戦したまでですわよ?」
「「「はぁ!?」」」 
 少女の言葉に、僕もアルリズドグさんも、そして後方にいるみんなも唖然としながら声をあげました。

◇◇

 この少女はシンディラと名乗りました。
 いつもは海底で暮らしている大型魔獣なんだそうです。
 で、仲間の魔獣からティーケー海岸の祭りのことを聞いて駆けつけてきたのはいいのですが、いつも海底で暮らしているせいで、どこが祭りの会場なのかさっぱりわからなかったらしく、右往左往しているうちに河口を遡ってしまい、街の居住区へ向かってしまった……というのが今回の騒動の真相のようでした。

「まぁ、被害も軽微だったし、怪我人も出なかったわけだし……何より、祭りを楽しみにきてくれたって言うんじゃあ、怒るわけにもいかねぇなぁ」
 アルリズドグさんは、そう言うと急に笑い出しました。
「よし、せっかく深海から来てくれたんだ。アタシが直々に案内してやるよ。お前はなぜか他人のような気がしねぇからなぁ」
「わぁ、助かります、ありがとうございます。奇遇なんですけど、私もあなた様のことがどうにも他人に思えませんですの」
 2人はそんな会話を交わしながら屋台街へ向かって歩いていきました。
「あ、じゃあ、あたし達も警備に戻りますドン」
 アルリズドグさんに付き従っていた部下の皆さんも、ラルドンさんの言葉を合図に会場内へと散らばって行きました。
 そんなみんなを、僕達だけでなく屋台街の皆さん全員が
「ありがとー!アルリズドグの姉御~」
「部下の皆さんもありがとね~」
 お礼の言葉を口々に述べながら見送っていました。

「さ、巨大魔獣騒動も一件落着したわけだし、出店の準備を急ごうか」
 屋台に向き直った僕は、みんなに声をかけました。
 みんなも、そんな僕に向かって笑顔で返事を返しながら、作業を再開していきました。

 巨大な魔獣の出現で若干ざわついた会場ですが、アルリズドグさん達が迅速に対応したおかげで、祭りは10分遅れただけで開始することが出来ました。
 海で泳いだりしながら屋台街が始まるのを待っていた皆さんは、開始の合図の花火が打ち上がると同時に屋台街へとなだれ込んでこられました。

 さぁ、コンビニおもてなしティーケー海岸出店の営業開始です。

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