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 なにを作ろうかに夢中になっていて、グレイスはついつい手元から目を離してしまったようで。くっと、いきなり指先ではないところが糸を引っ張ってしまった感触がして驚いた。
 そちらに視線をやると、糸が引っかかってしまっている。……グレイスの銀色の指輪、に。
 グレイスはちょっと目を細めてしまった。楽しい話をしていたのに、指輪に意識を引き戻されたように感じてしまったのだ。
 楽しいのは今だけ。いつかこの時間はなくなるのだ、と。
「ああ……引っかかってしまわれたのですね」
 けれどフレンは特になにも思わなかったのか。事実だけを告げて、グレイスの手元に手を伸ばしてきた。「失礼しますね」とことわってから、糸をそっと外してくれる。
 その様子はまたグレイスをちょっと寂しくさせた。フレンの手、手袋をしていてもほのかに伝わるあたたかさ。
 それが触れてくれるのが、この指輪をつけてくれるときではなかったこと。
 馬鹿なことだと思う。そんなことは当たり前なのに。
「まだ慣れなくて……たまに引っかけてしまうの」
「すぐに慣れますよ」
 グレイスの言葉は、引っかけてしまって落ち込んだものだと思われたのだろう。フレンはグレイスの指元から回収した糸を、くるくるまとめている。
 今、元通りにはならないだろうが、フレンならあとで、束から引っ張り出してしまったことなどわからないくらい綺麗にまとめてくれるのだろうと思う。
「ところで、お嬢様」
 理由はともかく、グレイスの気持ちを慮って、かもしれない。フレンはグレイスの顔を覗いて、にこりと笑った。
「来週に外出許可が出ておられるでしょう。そのときに、布を見に行くのはいかがですか?」
 フレンの提案は、グレイスの心を簡単に浮上させてくれた。ぱっとグレイスの顔が輝く。
「行きたいわ!」

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