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 左手の薬指できらきらと輝くシルバー。グレイスはそれを陽にかざしてじっと見つめた。
 先日の『婚約の儀』。そこでダージルにもらったものだ。グレイスのほっそりとした薬指に婚約指輪を通してくれたダージルは、誕生日パーティーのときと同じように優しげだった。
 こうして、名実ともに婚約は成立してしまった。結婚式は一年後ということになっている。
 一年。遠いのか近いのか。グレイスにはまだ実感がわかなかった。
「ここにおられましたか、お嬢様」
 さくさくと草を踏む音がして、グレイスは振り返った。庭のベンチ、木陰でぼうっとしていたところを見つかったようだ。
 今日は午後からしか予定が入っていない。でもそろそろ昼食の時間だろうか。それで呼びに来た、などだろうか。
 グレイスはフレンがやってきた理由をそのように予想した。
「なぁに? もうお昼?」
 そのまま訊いたのだけど、フレンは笑って首を振る。
「いえ、まだお早いですよ。良いものが届いたので、早くお見せしようと」
 フレンの持ってきたもの。それはひとつの箱だった。蓋を開けてくれたのでグレイスは覗き込む。そして、ぱっと目を輝かせてしまった。
「綺麗ね……!」
 入っていたのは、色とりどりの糸の束。赤、青、黄色……色ごとに、丁寧に揃えてまとめられている。これは刺繍糸。グレイスの趣味には欠かせないものだ。
 少し前に「新しい糸が欲しいわ」とフレンに相談していた。消耗品だからなくなってしまうのだ。いくら趣味のひとつの刺繍で使うだけで、大量には使わないとはいえ。つまり、フレンが新しく手に入れてくれた刺繍糸、というわけだ。
「つやつやね」
「はい。絹糸です。これ以上細いものは作れないそうで……繊細な刺繍に使うのにはとても向いているでしょうね」
「そうね。細かい模様を刺したらとても綺麗だと思うわ」
 そっと一束持ち上げる。それはピンク色のもの。つい、好きな色を手に取ってしまった。
 手にして感嘆した。見た目よりももっとつやつや。手触りはしなやか。外の領か、もしくは外国などから取り寄せてくれたのかもしれない。この近くに、これほど上等の絹糸が取れる養蚕業はないから。
「なにを作りましょうか。細かい模様でしたらカフェカーテンなどもよろしいかもしれませんね。これから暑くなりますし」
「それ、いいわねぇ。お部屋の窓の傍の棚にかけたら綺麗だと思うわ」
 そんな何気ない話をする。このピンクの糸で部屋の装飾になるものを作ったらとても良い気持ちで毎日が過ごせるだろう。

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