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神のみぞ知る? その4

「いや、全然違ってましたよ。スアはもっと可愛いです」
 僕の言葉に、ラウェさんは目を丸くしたまま固まっています。
「そ、そんなはずはないわ……わ、わたしは完璧にあなたの最愛の人に変化したはずよ……い、いままでだって一度としてそんなこと言われたことなんてないのに……」
 相変わらずそう言い続けているラウェさんなんですけど……

 確かに、見た目はそっくりです。
 その言動もよく似ています。
 ……ですが、まったく違います。
 この人物がスアではない、と、僕の全身全霊がそう告げていたんですから。

 後ずさっている僕に対し、ラウェさんはじりじりと接近してきています。
「……ま、まぁいいでしょう……一万歩譲って私の変化魔法に、やや、軽微な、微細な、ほ、ほんのちょっとの失敗があったがために見破られてしまったようですが……おとなしくあなたの最愛の人に変化している私に着いてきてくださればそのまま神界警察地下牢獄へ苦しむことなく直行できましたのに……かくなる上は手段を選びませんわよ」
 そう言ったラウェさんの上腕が異常に盛り上がりました。
 これはあれですかね?……僕を確実に捕らえようというか、そういう意図なんでしょうか?……や、やだなぁ、僕なんて女性姿のままのラウェさんにも勝てるかどうか怪しいと思うんですけど……
「何を言うのです。あなたの記憶の中には、猿人の山賊団を1人で全員捕縛した記憶や、暗黒大魔導士と1対1で対決した記憶や、伝説の魔獣フレイムゾンビドラゴンに立ち向かった記憶まであったではないですか。弱者を装おおうとしてもだまされませんからね」
 そう言いながらその腕を4本に増やし、その指をワキワキさせながら僕に向かってどんどん近づいてきています。
「いや、それ大きな誤解ですから! セーテンの山賊団は睡眠薬の入ったお酒を飲ませただけですし、暗黒大魔導士のダマリナッセはオセロで時間稼ぎして最後はスアに倒してもらったわけだし、伝説の魔獣フレイムゾンビドラゴンにいたっては魔法の絨毯を操縦しただけだし……」
 そうです……これは嘘でもなんでもありません。
 今、ラウェさんが言った内容はすべて事実誤認なんです。
 今、僕が言った言葉が事実なんです。
 ですが、ラウェさんはその顔を左右にふっています。
「この期に及んでまだ弱者を装おおうとしますか、でも騙されませんわよ。抵抗するようなら手足をちょっとあり得ない方向に曲げさせてもらった状態にして連行させてもらいますからね」
「いや、抵抗したくはないんですけど、捕まりたくもないといいますか、さらに手足があり得ない方向に曲げられるのはもっとご勘弁願いたいといいますか……」
 迫ってくるラウェさんを前にして、さらに下がる僕ですが……その背が壁にあたってしまいました。
 すかさず、ラウェさんの四本の腕が僕の左右を押さえ込んでいきました。
 ……これ、いわゆる壁ドンなんですかね……別の意味でドキドキしちゃいますけど……
 さすがにこれは逃げようがないか……と、思った僕だったんですが……

「……な、何、これ?」

 その時です……僕の真正面に顔を寄せていたラウェさんが、そんな一言を言ったかと思うと……いきなりその顔を真っ赤にしてしまいました。
 その顔は、さらに赤くなっています。
「……い、いったい何が……」
 そう思いながら、ラウェさんを凝視する僕。
 その眼前で、ラウェさんはどんどんその顔を赤くしていったかと思うと、
「やだ、信じられない……夜な夜なこんなことをしてるなんて……ラウェ、恥ずかしい!」
 4本の腕で顔を覆って、その場に座りこんでしまいました。
 そんなラウェさんを見つめながら、僕は今起きている事態を脳内で整理していきました。

 ラウェさんは、さっきから僕の脳内の記憶を確認していました。
 そのラウェさんが「夜な夜なこんなことをしてる」と言って恥ずかしがりました。
 僕が夜な夜なしていることで、ラウェさんが恥ずかしがる事……

「ちょっとラウェさん! 僕とスアの夜の営みをのぞき見しましたね? それは駄目でしょう! 常に黙秘している内容なんですよ? それを勝手にのぞき見するなんて許されないですって」
「いえ、そ、その……ご、ごめんなさい……」
 僕の怒りの主張を前にして、完全に虚を突かれた形のラウェさんは、先ほどまでの勇ましさが嘘のように、弱々しい声で謝罪しました。
 そんなラウェさんに、僕はたたみかけました。
「いいですか! すぐ忘れて! すぐ忘れてください! 個人情報保護条例に抵触しています! 国家権力でもそれは犯すことを許されていない領域ですからね? さぁ、今すぐ忘れてください!」
「え、えっと、あの……こ、個人情報保護条例というのはよくわかりませんが……と、とにかくわかりました、すぐ忘却魔法で忘れますから……」
 僕のあまりの剣幕に完全に気圧されてしまったラウェさんは僕の言葉に従い、先ほど僕の脳内で見つけてしまった僕とスアの夜の営みの記憶を消すために、自分の頭に向かって魔法陣を展開していきました。

 そして数分後

「……あら? 私はなんでここにいるのかしら」
 ラウェさんは、きょとんとしながら周囲を見回したかと思うと。
「あらあらごめんなさい。警邏の途中に居眠りでもしちゃってたのかしら……あ、すいません、お邪魔しました」
 そう言いながらそそくさと店を出て行ってしまいました。

 その光景を前にして僕は唖然とするしかありませんでした。

 で、店内にいたお客さんは騒動が起きると同時にみんな一斉に逃げ出していますので、店内は今、空っぽです。
 その店内を見回しながら僕は考えを巡らせていきました。
 そして、あることに思い当たりました。

 ……ひょっとしてだけど……ラウェさんってば、慌てて自分の記憶を消したもんだから、僕を逮捕しに来たって記憶まで消してしまったんじゃ……

 その答えが正解かどうかはわかりませんが、今大事なのは、ラウェさんがいなくなったということです。
 僕は、マルンにもとの世界に戻してもらうために1階へ向かって駆け出しました。
 2階にあるコンビニおもてなし神界出張所を出る際、その扉に
『準備中』
 の札をかけたのは言うまでもありません。

◇◇

 その後、僕はすぐにコンビニおもてなし5号店へ帰してもらいました。
 いやはや、ホントに危機一髪でした。

 マルンには、
「次にまたこんなことをしたらヤルメキススイーツの店への卸売りを中止するからね?」
 と釘をさしました。  
 さすがにこれは効果てきめんだったようです、マルンは
「もうしません、もう絶対にしませんからそれだけはご勘弁くださいぃ」
 と、必死になって頭を下げました。
 
 で、本当に大変だったのはこの後でして……

 異変を感じたスアがやってきてですね、僕の思考を読み取って何があったのかを把握した途端に
「……マルン、あんた殺す」
 と言いながら、あり得ない魔力量の魔法の玉を造りだしてマルンにぶつけようとしたもんですから、それをみんなで必死にとめた次第です……

「こ、こ、こ、今回はホントにすいませんでしたぁ」
 逃げるように魔法陣の向こうに帰って言ったマルン。
 そんなマルンを、僕とスア、そしてコンビニおもてなし5号店のみんなで見送りました。
 すると、スアが僕に抱きついてきました。
「……旦那様、あの偽スア、よく見破ったね……99.9999999999%そっくりだった、よ」
 そんなスアに笑いかけながら僕はいいました。
「スアはもっと可愛いしね。それに僕がスアを間違えるわけがないじゃないか」
 僕がそう言うと、スアはさらに抱きついてきまして、
「……旦那様……好き……愛してる」
 そう言ってくれました。

 この日の夜は、いつも以上にスアががんばってくれたとだけお伝えさせていただきまして、詳しい内容については黙秘させていただきますね。

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