②
「大人になってしまわれるのですね」
しかしそのあとの言葉はなんだかしみじみとしていた。それどころか、ちょっと寂し気すら感じられる。
「なぁに、大人になったら困るのかしら」
グレイスは少し膨れた。いつまでも子供だと思われていたのかと思ってしまう。
確かに十六になったのは今日であるとはいえ、ここまでだってまるっきり子供だとは思っていなかったのに。そしてフレンもそう扱ってくれていたと思っていたのに。
「いえ、感慨深いのです。なにしろお嬢様がお小さい頃から、お傍に置いていただいておりますから」
そんなこと、傍にいてもらったのは自分だというのに。フレンはそういう言い方をする。それが優しいところなのだ。
けれどその言葉はだいぶ恥ずかしい。『小さい頃から』ということは、楽しいことだけではなかったのだから。苦い想い出や恥ずかしかったりする想い出もある。そのほとんどをフレンは知っているのだ。
だからこそ近しく感じるのだけど、不満でもあるのは……恋の心を自覚してしまったから。フレンにとって自分はやはり、『主人』であり、もしくは『小さな子供』であるのだろうかと。思ってしまう。
それでは嫌だ、と本当は思う。ただの、一人の女の子として見てほしい気持ちが今はあるのだから。そうすればフレンも今とは違う意味の愛しさを感じてくれたかもしれないではないか。
……そんなことは、願望だけど。
思って、グレイスはその思考を振り払った。考えても状況などは変わらないのだから意味がない。
「……私だって、いつまでも子供ではないわ」
言ったけれど、視線は逸らしてしまった。フレンがどういう表情をしたかはわからなくなる。
「そうですね。魅力的な女性になられました」
しかし言われた言葉にはどきりとした。それはまるで、先程の願望が言葉になったようだ、なんて感じてしまったせいで。
『魅力的な女性』
そうは認めてくれているのだ。一人の女性として見てくれている面だってあるのだ。それが『主人』より奥にある感情であっても、確かに。
「フレン」
思わずフレンのほうを見ていた。そこで視線がしっかり合ってしまう。
フレンの翠の瞳。いつも通りに穏やかで優しい色が浮かんでいた。
グレイスに思い知らせてくる。このひとに惹かれてしまっている、と。
この優しい瞳が、違う意味で自分を見つめてくれたらどんなに良いだろうと、望んでしまっていることを。
恋の気持ちで優しい色を浮かべてくれているならどんなに良いだろうと。
グレイスの願望は表に出てしまったのだろうか。フレンがちょっと不思議そうな表情を浮かべた。なにかグレイスが言いたいことを抱えている、くらいはわかってしまっただろうから。
でもなにを言いたいのか、グレイスは自分でもよくわからなかった。
心にある願望をそのまま言いたいはずはない。そんなこと、言うつもりはない。
けれど、なにか詰まったようになっているのだ。これは、一体。