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「お部屋で一休み致しましょうか」
「ええ、そうしたいわ」
 フレンと連れ立って、自室へ向かって歩きだす。客間で挨拶していたときの緊張が、少しずつほどけていった。
 そして自室に入ったときには、はぁっとため息をついてしまった。フレンはそれを見て、くすくすと笑ってくる。
「お気疲れされたでしょう」
 グレイスが客間だけではなく、廊下でも気を張っていたことはわかられていたようだ。わからないはずがないが。
「ええ……お客様は明日までお泊まりになるのよね」
 いつものやわらかなソファに腰掛けると、フレンが用意していてくれたらしき、お茶の支度の乗ったカートを押してきた。
「はい。明日の昼過ぎにお帰りになられるご予定です」
「それは少し息が詰まるわね」
 グレイスの素直過ぎる言葉には苦笑が返ってきたけれど。
「そのような……でも、はい。私たち使用人も同じでしょうね」
 でもそのあとには本音が出てきた。よってグレイスも笑ってしまう。
 おかしなものだ、婚約者などという相手に会って緊張したし面白くもなかったのに。こうして今は笑えてしまうのは。
「さぁ、お茶でもお飲みになって、ひと息ついてくださいませ」
 フレンがお茶を注いでくれた。ふわっとまろやかな香りが漂う。グレイスの好きなミルクティーにしてくれたらしい。
 紅茶をミルクで煮出して、少しの砂糖を入れたロイヤルミルクティーは、グレイスが「飲みたい」と指定したとき以外には、特別なときに出してくれるものだ。
「ありがとう。……あたたかいわ」
 カップを包み込むと優しい温度が伝わってくる。フレンはこれを準備してからグレイスを迎えに来てくれたので少し冷めていてもおかしくないのだが、フレンの使っているティーポット・カバーは綿がたっぷり詰められていてとても有能なのだ。
 花柄のパッチワークで作られたそれは、フレンのお手製。
 裁縫が堪能なのだ、フレンは。服などは作れないが、ちょっとした繕い物は即座に直してしまうし、グレイスが幼い頃にはぬいぐるみを作ってくれたこともある。
 そんなフレンのお手製カバーに自分の紅茶をほかほかに保っていてもらえたのだと思うと、少しくすぐったい。特別に感じてしまって。
 おまけにスイーツまで用意されていた。これは厨房で作られたもののようで、グレイスの馴染みの味であった。ロイヤルミルクティーが濃いからか、スイーツはあっさりしていた。さくさくのクッキー。中に入ったくるみが香ばしく、ミルクティーと良いバランスになっていた。

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