②
向こうは伯爵家なのだ、下の立場である男爵家の娘に対してはこのくらいでもじゅうぶん優しい態度といえた。グレイスとてそれを今更気にするほど子供ではない。
「さ、グレイスも座りなさい」
促されて、グレイスは「お邪魔いたします」と、父の隣に置かれていた肘掛け椅子に腰かけた。父はダージルの正面に座っているので、斜めの位置からダージルを見る格好になる。
ダージルは写真の通り、麗しい見た目をしていた。金の巻き毛は綺麗に整えられているし、顔立ちも整っている。先程立ち上がったときを見るに、身長も高いようだ。
着ている服も、お出掛け用くらいである普段着なのだろうが、明らかに手のかかったもの。かっちりとした詰め襟の上着には、金のタッセルや硬質のボタンなど飾りがあちこちに、しかし上品なバランスでついていた。
おまけに、これが一番だが、初めて会うひと相手、しかも下の立場の人間相手なのに、やわらかな微笑を浮かべている。
好印象かどうかはまだ判断がつかないが、少なくとも悪いひとには見えなかった。
グレイスにも紅茶が出されて、会話がはじまった。とはいえ、主に父とダージルが話をしていたので、グレイスはほとんどそれを聞いているだけだった。
たまに話を振られるので、そのときに「ええ」「はい」と肯定するくらい。
そのうち話は本題に入っていく。すなわち、婚約についての話だ。
「このようなかわいらしいお嬢様と婚約など、光栄です」
ダージルはそうまで言ってくれた。父は勿論、恐縮だという言葉を返した。伯爵家の人間にそう言ってもらえるなど勿体ない、と。どうやらグレイスのことは気に入ってくれたようだ。
婚約者、つまり結婚する可能性の高い相手に気に入ってもらえたのは嬉しいし、父に対する面目も立つのだけど、グレイスは微笑を浮かべているしかなかった。
「では、今夜、私から正式に発表ということで」
それで話は済んだ。グレイスは一番に「では、失礼いたします」と深々と礼をして退室した。使用人の開けてくれた扉から廊下に出ても気は抜かなかった。
まだ見られているかもしれないではないか。ダージルにだけではない。ダージルの連れてきた使用人がどこに居るかわからない。きっとたくさん連れてこられただろうから。
使用人といえど客分なのだから大切にもてなされているのだろうけれど、一人で歩いてらっしゃらないとは限らない。グレイスは思った。
つまり、誕生日パーティーが終わるまでは気を抜かずに過ごさねばならないということだ。
しかしそこへ、グレイスにとっての安らぎと喜びがやってきた。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「フレン!」
グレイスの顔がぱっと輝く。近付いてきてくれたのはフレンだったのだから。
待機していてくれたのだろう。それは単に従者として当たり前のことだろうに、気疲れしたところであったのでとても嬉しく思ってしまった。