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「とてもおいしいわ」
 お気に入りのソファに腰かけて、ホットチョコレートを味わう。とろっと濃厚なホットチョコレート。なにが入っているかグレイスは詳しくないのだが、チョコレートのほかにも生クリームだとかお砂糖だとか、なにか色々入っているのだろうなとは思った。単にチョコレートを溶かしたものの味ではなかったから。
「それは良かったです。今日は少々冷えますからね」
 両手でカップを包み込んでホットチョコレートを口にするグレイスを、ソファの横に立って待機していたフレンが優しく見守ってくれていた。
 その視線に気づいて、グレイスはなんだかもじもじしてしまう。こういう空気。昔から何度も感じたことがある。
 主にグレイスの我儘などからだが、フレンとすれ違ってしまい、でもそのあと歩み寄ろうとするとき。こういう空気が流れるのだ。
 こういう空気のとき。フレンは「気にしておりませんよ」と言ってくれるだろう。本当のところはわからないけれど。
 ただ、グレイスは知っていた。フレンのその優しい言葉は仕事としての立場からの取り繕いがいくらか入っていたとしても、ほとんどは本心なのだ。
 そんな、うわべに塗った言葉だけで、十年近くもグレイスの傍で仕えられるものか。そういう、優しいひと。
 グレイスがここまで素敵なレディに……少々奔放過ぎるところはあるが……育ったのは、このフレンが居たからなのだ。
 我儘を言ったり、いけないことをしても、きちんと反省すること。相手と向き合って話すこと。とても大切なそれを、グレイスが育つうちに教えてくれたのだ。だから今だって。
「フレン。この間は、悪かったわ」
 その言葉はするりと出てきた。ほかほかとあたたかな温度が手の中から伝わってくる。それに後押しされるように言ったのだけど、返ってきたのは穏やかな笑みだった。
「いいえ。私こそ不躾でしたね。失礼しました」
 こうやって、グレイスが悪いと叱りつけることなどしない。教育役でもあるのに、だ。

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