神のみぞ知る? その2
神界の使い魔の皆さんのお仕事を少しでも楽にしてあげるために、神界にコンビニおもてなしの出張所を出店することになったわけです。
店そのものは、神界で「ヤルメキススイーツのお店」を営業しているマルンが運営することになっていまして、コンビニおもてなしは店員の研修と商品の卸売りをすることになります。
僕が元いた世界でいうところのフランチャイズ店ということになるわけです。
僕が今生活しているパルマ世界でコンビニおもてなしは5店舗展開していますが、それはすべて直営店なわけです。
「……フランチャイズかぁ……爺ちゃんが店長の頃はかなりあって、父さんの頃に全部閉店して、僕の時には一店舗もなかったんだよなぁ……」
僕は、ついコンビニおもてなしの負の歴史を振り返ってしまいました……あ、あれ、おかしいな……なんか目から汗が……
本来であればコンビニおもてなしの店員が現地に行って、開店後しばらく一緒に営業をおこないながら実地で接客指導などをしてあげればいいのですが、なんでも神界にパルマ世界の人間、と、いうか、下部世界の人間が長時間滞在することは認められていないんだそうです。
そのため、マルンは神界人の店員募集を行っているところですが、しばらくの間は彼女の知り合いのタニアさんに手伝ってもらうそうです。
なので、さしあたってそのタニアさんに接客指導をさせていただきまして、その内容を新しくマルンが雇う神界人に教えてもらおうと思っています。
……とはいいましても、コンビニおもてなしの業務はそれなりに多岐にわたっています。
扱う品物の数も多いですし、弁当やサンドイッチなどのパン類の扱い方などなど、それぞれ留意事項や注意事項があるわけです。
ですが、マルンはコンビニおもてなし神界出張所を明日にでも開店した意向のようなんですよね。
まぁ、さすがに明日は冗談だとしても、果たして何日でそれなりに作業出来るようになるかな、と、このときの僕は正直疑心な状態でした。
◇◇
「タニアさんはメイドをなさっていると、マルンからお聞きしていますが」
「はい、フリオ様と申されますお方の工房とご自宅でメイド業務を執り行わせていただいております」
と、いうことは掃除なんかは安心してまかせられるかな。
そう思った僕は、タニアさんに最初に5号店の掃除をやってもらうことにしました。
まぁ、これはあれです。
仕事といいますか、お客様を綺麗なお店にお迎えする、その心構えを持ってもらおうという意味あいが強い感じです。
で、タニアさんは早速モップと雑巾を手になさると、
「では、始めさせていただきます」
そう言い、一礼されました。
「じゃあ、僕は厨房で作業をしていますので、終わったら声を……」
僕はそう言いながら厨房へ向かって歩き出していたのですが……そんな僕の肩をタニアさんがさっそく掴まれました。
「あれ? タニアさん、何かご質問ですか?」
「いえ……完璧に掃除業務を終わらせましたので、お知らせしております」
「は!?」
タニアさんの言葉に、僕は目を見開きました。
だって、あれですよ? 僕が仕事をお願いしてからまだ10秒も経っていませんよ?
それがもう出来たなんて、そんな馬鹿なことが……
そう思いながら店内へ視線を向けた僕は……店の床がぴっかぴかになっているのに気が付きました。
窓までピッカピカです、ぴっかぴか……
びっくりしている僕の横でタニアさんは
『どうです? 完璧でしょう?』
とでも言われているかのようなドヤ顔をなさっておられます。
……ですが
「タニアさん、確かに綺麗になっています」
「当然です。私が丹精こめて掃除いたしましたので」
「……ですが、これでは失敗です」
僕がそう言うと、それまでドヤ顔だったタニアさんの顔が瞬時に凍り付きました。
そして、錆び付いたブリキの人形が首を回すように、ぎぎぎ、と、首を私の方へと回しています。
「……し、失敗? ど、どこがですか?」
タニアさんは、目を丸くなさったまま僕を見つめています。
まぁ、ここは論より証拠ですね。
「シャルンエッセンス、ちょっといいかい?」
「はい、リョウイチお兄様、なんでございましょう」
「すまないけど、ちょっとこっちに来てくれないか?」
「はい、了解いたしました」
店内の商品補充をしていたシャルンエッセンスが小走りで僕の前に歩み寄ってきました。
で、僕の前で立ち止まったところで、僕は視線をタニアさんに向けました。
「……ほら、シャルンエッセンスの足下を見てください」
「……こ、これは」
僕が指さしている先……シャルンエッセンスの足下を見たタニアさんは目を丸くしながら、
「く、熊さんですね……」
ぼそっとそう言いました。
そうなんです。
そうなんです。
ぴっかぴかに磨かれている床の上に立っているシャルンエッセンスの足下にはですね、その真上……つまり、シャルンエッセンスのスカートの内部がはっきりとうつっておりまして、その下着がはっきりと見えていたのです。
ちなみに、熊というのは、シャルンエッセンスの下着にプリントされている模様のことだったわけです、はい。
で
悲鳴を上げながらスカートを押さえていくシャルンエッセンスの前で、タニアさんは
「……迂闊でした……お店では綺麗にし過ぎてしますとこのような弊害をおこすことがあるわけですね……なるほど、このタニア激しく納得いたしました」
そう言いながら僕に向かって深々と頭をさげてくれました。
と、まぁ、最初はこんな感じでまさかの失敗になってしまったタニアさんですけど、その後は僕の指示をきっちりこなしていかれました。
っていいますか……
タニアさんってば、僕が指示したことをどれも瞬時に理解して、ほぼ完璧にこなされていったのです。
最初の掃除にしても、完璧過ぎたがために起きた事故のようなものでしたので、その予感はありましたけど、まさかここまでとは思ってもみませんでした。
その仕事の迅速かつ完璧さは、僕が思わずコンビニおもてなしの店員として雇いたい……本気でそう思ってしまうほどの逸材だったわけです。
結局タニアさんは、わずか半日で、すべての業務を理解・把握なさったのでした。
最初は、マルンにも一緒に聞いてもらっておいた方が……とも思っていた僕ですけど、タニアさんなら一人で十分やっていけるでしょう。
僕からの連絡をうけて、すぐにマルンが神界からやってきました。
「いやぁ、さすがタニアさんですねぇ。こんなに早く仕事をマスターするなんて」
「いえ……最初に失敗してしまいましたので……私もまだまだ未熟でした」
マルンとタニアさんはそんな会話を交わしていました。
「じゃあさっそく開店準備を始めちゃいましょうか」
そう言うと、マルンは、僕が商品をつめておいた魔法袋を片手に神界へと戻って行きました。
ちなみに、この魔法袋の中の商品は、最初は出店準備のご祝儀をかねて随分安く卸売りさせてもらっています。
次回からは、ファラさん相手の値段交渉を頑張ってもらう予定にしています。
で、マルンと一緒にタニアさんも帰っていかれました。
「もし気が向かれましたら、マルンのお店の手伝いが終了しましたら、コンビニおもてなしで働いて頂いても……」
そう言う僕の前でタニアさんは、
「いえ、私はすでにフリオ様との間で雇用契約を結ばせて頂いておりますので……」
そうはっきり言われました。
なんといいますか、ここまできっぱり言われてしまうと、僕も引き下がるしかなかったわけです。
で、神界へ移動していく二人を、僕は手を振って見送りました。
◇◇
その2時間後でしょうか……
いきなりマルンさんが戻って来ました。
「え、えらいことになりました、店長さん」
マルンは、あたふたしながら店の中に姿を現しました。
「どうしたんです?」
「じ、実はですね……しばらくの間はお店を手伝ってくれる約束だったタニアがですね。
『ご主人様が早めにお戻りになられる事になったそうですので、これで失礼します』
そう言って、もとの世界に戻ってしまったんですよ」
マルンは真っ青になっています。
ですが、物は考えようです。
「でもまぁ、開店前でよかったじゃないか」
僕はそう言いました。
さすがに2時間で開店はしてないしょうし……僕はそう思っていたのですが……
「よくないんです、それが……」
「え?」
「……ついさっき、オープンしたばかりだったんです……コンビニおもてなし神界出張所……」
乾いた笑いを浮かべながらそう言うマルン。
その前で僕は思わず目を丸くしていました。