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 切り出したグレイス。体調が悪いかと質問したのにグレイスの返事は「ええ」でも「そんなことはないわ」でもなかったからか、フレンの目がちょっときょとんとした。
 普段はきっちりしているフレンがこういう目をするとなんだかかわいらしい。そういうところが好きなのだ。と、余計な思考が入りこんだけれど、グレイスはそれを脇へ追いやる。
「はい。なにか、ご質問がありましたでしょうか」
 しかしフレンの言ったことは、それ。フレンから言わせたくないと思ったのに、それで自分から切り出したというのに、グレイスは面白くなくなってしまう。
「お父様から……お話があるのではないかしら」
 グレイスの言ったことに、フレンは黙った。数秒、沈黙が落ちる。
 フレンの表情は変わらなかったけれど、グレイスは悟った。フレンにはもう伝わっているのだ。グレイスの婚約と、その発表がある件は。
 当たり前じゃない。従者が知っていないなどお話にならないわ。パーティーの進行に関わるのだから。
 冷静な自分が、頭の中でそう言った。
 けれど本音は違っていた。
 「なんのことですか?」と言ってほしかった。知らないでいてほしかった。
 知られていたら、本当のことになってしまいそうだったから。
 そこでまた冷静な自分が言う。
 本当のことになりそうなんて。もうとっくに本当のことになっているのよ。
 本音と理性と。ふたつが混ざり合って、それは非常に気持ちの悪いものだった。
「……そうですね。大切なお話が。その段取りをこれから」
 フレンは微笑んだ。その笑みはグレイスの心に突き刺さる。ここまで父に婚約の話をされたときから衝撃を感じていたとはいえここまではっきりとショックといえるものは初めてだった。
「言ったらいいじゃない。……婚約のお話だって」
 今度の言葉。嫌味のようになってしまった。ショックを無理に呑み込んだらこうなってしまったのだ。おまけに表情だって硬いだろう。
 けれどこれ以上の取り繕いは今のグレイスにはできなかった。
 こんな言葉、口に出したくなかった。自分の手で『本当のこと』にしたようなものだ。そう望んで、したとはいえ。

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