バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

 確かに。婚約相手と対面するのにも『ちょうどいい』し、話をするにも、場合によってはダンスのひとつでもして交流するのも『ちょうどいい』。グレイスにとってはちっとも良くなどなかったが。
「さぁ、私はそろそろ仕事に戻らねば。誕生日パーティーの詳細はグリーティアと既に打ち合わせをしたからな、グリーティアから聞くが良い」
 詳細はフレンと打ち合わせをした、と彼の姓を出して説明された。でも、それだけ。
 そのように、さっさと話を終わりにして追い出されてしまった。グレイスは大人しく退室することになる。ぱたん、と父の部屋の扉を閉めて、はぁ、とため息が出てしまった。
 婚約なんて。改めて噛みしめる。婚約がどうこうというよりは、それに思い至らなかった自分の呑気さを、だ。
 なかなかその場から動けなかった。衝撃が強すぎて、立ちつくしてしまう。
 どうするべきなのか。この恋は……フレンへの恋は諦めるべきなのだろうか。
 傍にいてくれるだけでいい、恋仲になれなくてもいい……なんて妥協してしまうのだろうか。
 でもそんなことは悲しいし、それに自分の心に嘘をつくことになる。そんな嘘のひとつやふたつ、貴族として抱えていても当然かもしれないけれど……。
 やっと自室へと向かえたのは数分後であった。そろそろお茶の時間になる。いつも通りにフレンが用意してくれるのだろう。おいしい紅茶を。グレイスの好きなスイーツもきっと一緒に。
 いつもは喜びしかないそれが、今は嬉しい気持ちで迎えられるはずがなかった。
 それどころかフレンの顔も、まともに見られるか怪しい、とすら思ってしまったのだった。

しおり