エピローグ
――その後、父の一周忌を済ませ、高校を卒業した日の夜、わたしと彼は我が家のゲストルームで初めて結ばれた。
やっと彼と本当の意味で繋がりあえたような、わたし自身もひとつ大人になれたような、幸せな夜だった。
そして、結婚準備が本格的にスタートし、わたしたちは仕事の合間を縫って式場の予約や衣装のオーダー、式場内のガーデンレストランでの結婚披露パーティーのお料理決め(具体的にはビュッフェテーブルにどんなメニューを並べるのか)、結婚指輪の注文……と、準備に追われることとなった。
彼のご両親にも結婚前のご挨拶をした。
お父さまの
お母さまの
本当に素晴らしいご夫婦で、この人たちがわたしの義理の両親になるのかと思うとワクワクした。
ただ、その場には悠さんはいらっしゃらず、貢に事情を訊くと、「恋人ができたので一緒に暮らしている。もうじき籍も入れるらしい」とのこと。どうやら、彼女さんはオメデタらしい。そこでキチンと責任を取るのが、女性に優しい悠さんらしいなとわたしは思った。
――そんなこんなで、わたしと貢は今日という晴れの日を迎えた。
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「――で、絢乃さん。最終確認なんですけど。本っっ当に僕でいいんですね? 僕と結婚して後悔しませんよね?」
「まだ言ってる。いい加減クドいわよ、貢」
わたしは苦笑いしながら、彼のいで立ちを眺めた。真っ白なタキシードに、彼の引き締まった顔が映える。彼の胸元に結ばれているループタイは、なぜかブルーだった。
「……ねえ、それってもしかして〝サムシング・ブルー〟になぞらえてるの? でもあれって、花嫁のための
わたしの今日の髪飾りにもイヤリングにも、〝サムシング・ブルー〟に
「まぁ、そうなんでしょうけど。僕は婿入りする側なんで、嫁入りするのと同じような気持ちで……と思いまして。おかしいですか?」
「ううん、別におかしくないわ。ステキよ、よく似合ってる」
彼の謙虚すぎる答えに、わたしはより一層彼への愛おしさが増していく。
実は衣装をオーダーする時、わたしのドレスよりも彼の衣装選びの方に時間がかかったというのは何とも面白い話である。彼が、黒っぽいタキシードは着たくないとゴネて衣装担当のスタッフを困らせたのだ。
黒は死者を
というわけで、彼のタキシードは白に決まったのだ。披露パーティーの時には、お色直しでグレーのタキシードを着ることになっている。
ちなみに、わたしのこのベアトップのドレスを選んでくれたのも彼だ。彼はわたしのドレス姿をまじまじと眺めて目を細める。
「やっぱり、このドレスにしてよかったですね。よくお似合いですよ。絢乃さんは、デコルテがキレイですから」
「……やめてよもう。そんなあからさまに言われたら、なんか恥ずかしい」
いくら夫になる人からとはいえ、わたしはまだ男性にそういうことを言われるのに慣れていない。
とはいっても、彼はもう我が家に一緒に住んでいて寝室も共にしている。すでに新生活は始まっているのだ。
「そうやって恥じらう絢乃さん、可愛くて好きですよ」
「またそうやってからかう……」
わたしは結局、彼に弱いのかもしれない。悠さんの言葉を借りるなら、〝惚れた弱み〟というやつだろうか。
「――絢乃さん、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「それ、普通逆じゃない? 花嫁の言葉でしょ」
彼と話していると、わたしは笑顔が絶えない。父が亡くなって、「もう笑えなくなるんじゃないか」と不安になったのがウソのよう。でもそうならずに済んだのは、彼が側にいてくれたからだった。
今日の結婚式には、里歩と唯ちゃん、悠さん(……は貢の身内だから当たり前か)、広田室長に小川さん、村上社長、山崎専務も招待しているけれど、わたしの会長就任を反対していた親族は
「――新郎様、お写真撮影の準備ができております。先にフォトスタジオまでお越しください!」
式場の女性スタッフが、控室の外から彼を呼んでいる。なぜ新郎だけ先にスタジオへ行くのかといえば、新婦はヘアスタイルの最終調整やお化粧直しをしなければならないから、なのだとか。
「あ、はい! ――それじゃ、僕は先にスタジオへ行ってますんで、失礼します」
「うん。また後で」
彼と入れ違いに、母を伴って控室へ入ってきた式場スタッフは手早くわたしの髪形とメイクを直し、立ち上がったわたしのドレスの裾のシワも直してくれた。
「――じゃあ絢乃、私たちも行きましょうか」
「さあ会長、参りましょう!」
「はいっ!」
母は裾の広がったパープルのパンツスーツ姿。亡き父に代わって、一緒にバージンロードを歩いてくれることになっている。
彼の待つフォトスタジオへ向かう途中、わたしは心の中で父に話しかけた。
――パパ、見てくれてますか? 貢はパパとの約束を守ってくれたよ。
わたし、彼となら幸せになれると思う。ううん! 絶対に幸せになるから!
だからね、パパ。わたしは彼と一緒に、これからの人生を歩んでいくよ。
パパがわたしを託してくれて、わたしが初めての恋をささげたあの人と――。
E N D