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住む世界が違う? ③


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 ――その翌日。わたしは高校三年生になった。
 里歩とも同じクラスになれたし、唯ちゃんとクラスメイトになれたのもこれが初めてだった。

 高校三年生といえば、世間一般では受験生。ということで当然、お昼休みにも進路の話がメインに出てきた。
 里歩は体育教師を目指すために、体育系の大学への進学。唯ちゃんはアニメ好きな部分を生かしてアニメーション系の専門学校へ進み、クリエイターを目指すらしい。

 わたしはというと、すでに大財閥の総帥であり、大企業の経営者であったことから大学へは進学せず、経営者に専念することにした。

『あら、もったいない! 大学に進んで本格的に経営の勉強をしてもいいのよ』

 わたしがその決意を語った時の、母の反応はこうだった。

 確かに母の言ったとおり、それもできたかもしれない。我が家の経済力なら学費に困ることもなかっただろうし、登下校の時間が決められている高校までと違って、大学では学習のスケジュールが自分で決められるので時間の自由もきく。高校時代よりは、〝二足のワラジ〟生活も送りやすくなっていただろう。

 でも、わたしはそれを選ばなかった。教室で勉強するよりも、一秒でも長く会社にいたいと思っていたから。会社が大好きで、社員のみなさんも大好きで、そして……。
 大好きな彼と、一秒でも長く一緒の時間を過ごしたかったから。――まあ、こんな個人的な理由では、ちょっと不純かもしれないけれど。

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 ――それから一ヶ月が経ち、五月の大型連休に入ったある日。わたしと彼は二人で恵比寿まで出かけていた。
 デート……といえばデートなのかもしれないけれど、目的は二人で遊ぶことではなくて、わたしから誕生日の近かった彼への贈り物。

「――あっ、絢乃タン! 偶然だねー」

「唯ちゃん! こんにちは」

 彼の車で来て、彼が駅前パーキングに車を停めに行っているのを駅前で待っていたわたしに、唯ちゃんが手を振ってくれた。
 彼女はいわゆる〝オタク少女〟で、人を呼ぶ時の呼び方も独特で個性的だ。でも、彼女らしくて可愛い呼び方だな、とわたしは気に入っている。

「今日はオシャレしてどうしたの? お出かけ?」

「うん! 今日は初めてのデートなんだぁ☆ 映画観に行くんだよ、アニメなんだけど」

 唯ちゃんはその少し前、大好きなアニメの主人公にそっくりな一歳年上の大学生とお付き合いを始めたと言っていた。デートのお相手は、その彼だろう。

「そうなの? いいわねぇ。わたしと彼も、初デートは映画だったのよ。恋愛モノだったけど。……やっぱりそうなるわよね」

 彼女の答えに、わたしは苦笑いした。
 初めてのデートでの行き先というのは、たいてい決まっている。テーマパーク、映画、水族館……まあ、こんなところだろう。

「絢乃タンも? そっかぁ……。ねえねえ、今日も彼氏タンとデートなの? 絢乃タンもすっごくオシャレだけど」

「うん、まぁ。デートっていうか……、もうすぐ彼のお誕生日だからね、恵比寿のテーラーまでスーツを注文しに行くの」

「へえ、スーツかぁ。やっぱし、オトナの男の人とお付き合いしてると違うもんだね。だって絢乃タン、わたしよりすっごく落ち着いてるもん」

 わたしの答えが意外だったからなのか、唯ちゃんは大きな目をまん丸くしつつ、まるで大人の女性を見るようにわたしを見つめていた。
 彼女の恋人も、里歩の恋人もまだ学生さんなので、わたしたち三人の中で大人の男性と交際しているのはわたしだけだった。そのため、二人からは度々(せん)(ぼう)の目で見られていたのだ。

「それに、わたしのお誕生日にあんなにステキなプレゼントもらってたからね。わたしもちゃんとお返ししたいなと思って」

「プレゼントって、こないだ見せてもらったそのネックレスだよね? 今日も着けてるね」

「うん。わたしの一番のお気に入りなのよ。もう絶対に外さないって決めてるんだから!」

 彼からもらったネックレスは、あれからずっと肌身離さず着けている。――今日の結婚式では、泣く泣く着けるのを断念したけれど、お色直しをした時に着けるのはOKだとプランナーさんから言われている。
 それはさておき、学校へ行く日にももちろん身に着けていた。校則で禁止されていたわけではなかったし、制服の淡いピンク色のブラウスのボタンを一番上まで留めてしまえば中は見えなかったのだ。

 ちなみに、ネックレスと一緒に贈られたテディベアの〝ミッくん〟はベッドの枕元にいて、就寝時のお供となっていた。

「――絢乃さん、お待たせしました! 行きましょうか。……あ、そちらの方はお友達ですか?」

 そこへ彼が戻ってきて、この日が初対面だった唯ちゃんに気がついた。

「うん、阿佐間唯ちゃんよ。今年初めて同じクラスになったの。唯ちゃん、この人が桐島貢さん。わたしの恋人で、会社では秘書をしてくれてるの」

「そうですか。初めまして、阿佐間さん。先ほど絢乃さんからご紹介に預かりました、桐島といいます」

 里歩に初めて挨拶した時と同じく、彼の唯ちゃんへの挨拶もまた堅苦しかった。「貢、カタいカタい!」と、わたしも思わずツッコミを入れたほど。
 ボスの友人とはいえ相手は自分より八歳も年下なのだから、そんなに畏まる必要なんてないのだ。ちなみに、里歩や唯ちゃんに対する態度は今もまったく変わっていない。

「あっ、こちらこそ初めまして! わたしは絢乃タンのお友達の、阿佐間唯でありますっ!」

 挨拶を返した唯ちゃんの話し方も、〝電波系〟というのかこれまたユニークだったので、彼が唖然としていたのを今でも覚えている。

「彼女ね、マンガとかアニメが大好きで、学校の部活もそっち系の部に入ってるの。だから、話し方とかもちょっと個性的で……。貢、ビックリしたよね?」

 彼女のキャラや言動は、アニメオタクでも何でもない人からしてみれば突拍子もなく、理解されにくい。
 わたしもどちらかと言えばオタク気質で、唯ちゃんに近いので何とも思わなかったけれど、彼はそうではなかったかもしれない。

「ああ、いえ。人の趣味はそれぞれですし、僕もコーヒーオタクみたいなものなんで。ステキな趣味をお持ちでいいんじゃないでしょうか」

「そういえば、唯ちゃんの彼もアニメ好きって言ってたわね。趣味が合う人とお付き合いできるってすごく幸運なことよね」

 この日のデートで観に行く映画もアニメ作品だと言っていたので、あれは唯ちゃんだけでなく、彼の希望でもあったのだろう。

 わたしと彼は同じ趣味を持っているわけではないけれど、相性はいい方だと思っていた。……ただ、今にして思えば、彼はこの頃すでに迷っていたのかもしれない。
 自分とは住む世界が違うわたしとの結婚という、とてつもなく大きな重圧を目の前にして。

「うん! 絢乃タン、ありがと! ――あ、(こう)(すけ)クン来たから、わたし行くね。じゃあ、また学校で! バイバ~イ☆ 浩介クン、遅いよー」

 唯ちゃんは待ち合わせていた恋人の姿を見つけ、口を尖らせながらも楽しそうな足取りで彼の方へ行ってしまった。

「……なんか、阿佐間さんってユニークな方ですね」

 彼女の姿が見えなくなると、彼は唯ちゃんのことを褒めているんだか呆れているんだか分からないコメントをした。というか、それしか思いつかなかったのだそうだ。

「自分の好きなものに正直なだけでしょ。純粋でまっすぐで、わたしは好きよ」

 彼女のアニメへの情熱がそうであるように、わたしも願わくば、彼への愛にまっすぐでありたい。そして、彼もそうであってほしい。そう思った。

「――さ、行きましょうか。お店にはもう連絡してあるから、職人さんが待ってらっしゃると思うわ」

 その日の予定では、夏用と冬用の二着のスーツを仕立ててもらう予定にしていた。もちろん、その日のうちにできるわけがないので、完成の連絡が来次第受け取りに行くことになっていた。彼の誕生日に間に合わないことも計算済み。
 だから、この日は採寸と注文を終えたら、別のお店で彼の靴やシャツ、ベルトやネクタイなどの小物も見に行くことにしていた。
 予算は三十万円。そんな大金、高校生が持ち歩くのは危険極まりないので財布には十万円くらいしか入れていなかったけれど、わたしには転ばぬ先の杖があった。

「支払いのことなら心配しないでね。わたしには、コレがあるから!」

 ジャン♪ と擬音付きで財布から取り出したのは、わたしの名義で作ったばかりの黒光りするカードだった。人呼んで、〝ブラックカード〟である。

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