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呪いの転移

反町が佐賀市内の三瀬峠で遺体で見つかったことが分かり、遺書と思われる手紙には”大嶌社長へ”と綴られていたこともあり、大嶌は急いで反町の遺体が安置されてある警察署へと向かっていく。

大嶌がいなくなったその間に木藤と山嵜、そして篠原と桑田の4人は、18時を回っていたこともあったので現地で解散してそれぞれ家路に帰ることにした。

遺体が安置されている警察へと向かった大嶌が警察に着いたのは、19時30分をまわったころだった。大嶌が所内に入ったと同時に対応をしてくれた警察官に「反町さんが見つかったということで、わたし宛ての手紙が置かれてあったと連絡がありまして、駆けつけてきました。大嶌です。」と話し始めると、「この件は刑事課から話は伺っています。事情聴取をしたいことがあるのでどうぞ場所までご案内します。」と言われ2階へと上がっていく。

通された部屋は、刑事ドラマでよく見る、あの取調室だった。

「待ってろって言われてもな、こんなところじゃ落ち着かん!」

大嶌が待つこと5分ほど経過したときだった。

取調室のドアが開くと女性の警察官が入ってきた。
見たところ、20歳そこそこの新米だろうか。
まだまだ警察官の制服が重たいように見えた。

「お待たせをして申し訳ありませんでした。このボストンバッグだけお渡しをしたいと思い、お忙しいのに呼んだりして失礼しました。」

大嶌にそう話すと女性の警察官は、足早に後を去ろうとしたその瞬間だった。

その様子を見た大嶌は女性の警察官を呼び止めた。
「待ってください。呼んだのには理由があって呼んだわけですよね?それはこの工賃が入ったボストンバッグだけが目的だけじゃないってことですよね?他に誰か話の分かる人はいますか?上席はいますか?」と鋭く突っ込んだ。

聞かれた女性の警察官はあたふたしていて、「すみません、すぐ上の警部を呼んできますので少々お時間をください。」といって再び部屋を離れた。

数分後、警部と思われる、立派なお腹が目立つ40代半ばの男性が現れた。

「何だかアメリカの映画に出てきそうな、特大サイズのハンバーガーばっかり食って、週末はカウチポテト族か。何だかそんな感じの太り方だな、この人は。」

大嶌がそう思いながら、警部補がゆっくりと腰を掛けるのを待った。

「うちの新人の説明の仕方が大変悪く申し訳なかったと思います。申し訳ありませんでした。ここに大嶌社長を呼んできたのは、このボストンバッグを渡すことだけが目的だったのです。失敬ですが、”大嶌社長へ”と綴られた手紙の内容と現金を確認をさせて頂きました。その手紙にはボストンバッグに入っているお金は全て株式会社大嶌組様に受注をした工事の工賃だとともに、このお金の出どころはかつて反町さんが染澤セツさんの成年後見人だったこともあり、染澤セツさんがお亡くなりになり、財産分与の話をする際に、生前に不動産投資やギャンブルなどをされていたため親族への借金をしていたそうですが、そのお金の大方は潤一郎さんが全て返金をなさっていたそうです。しかしながらも、潤一郎さんが亡くなってもなおセツさんの不動産投資やギャンブル依存には誰が何を言おうとも聞きようともしませんでした。セツさんが亡くなり保有していた不動産をどうするかという話になったのですが、もうすでに御兄弟は亡くなられており、かつ甥や姪といった親戚の大方が潤一郎さんとの繋がりはあってもセツさんとの関わりが殆どありませんでした。セツさんにとっての従兄弟はもう死んでいますし、あと残るとしたら従姉妹の子供となるはとこぐらいです。元々、セツさんには気管支喘息の持病を持っていました。常にかかりつけの病院から投与される吸入器がないと酷い時は喘息があまりにも酷くて寝込んでしまって出れなくなってしまう、気の毒ですがとても病弱な方でした。戦争でご主人を亡くされたときは、病弱な体でどう一人息子を育てていこうかと真剣に悩まれた時期もあったようですが、何としてでも自分の力で稼ぎたいと思い始めたのが、戦後の焼け野原を見て思った、土地に対する執着心でした。」

その話を聞いた大嶌は警部補にこう語りだした。

「この2000万円という大金を預かって一体どうせよということですか?工賃は1200万円ですから800万円はこちらとしては頂きすぎですよ。」

警部が「手紙の内容を見て頂いたらわかると思います。」と話し、大嶌も「わかりました。」と言って、警察署を後にすることにした。

帰る道中でどうしてもあの”大嶌社長へ”と書かれた手紙が読みたくなり、途中コンビニへと立ち寄り、コーヒーを買ったついでに停めておいた車の中で反町がつづった手紙を読み始めることにした。

『大嶌社長へ』

この度は急なお願いを聞いていただき本当にありがとうございました。
大嶌社長の優しさ溢れる対応には僕は感謝の一言しかありません。

この数年間、僕は悪夢に悩まされ続けてきました。
やっとあの忌まわしき、潤一郎さんが事件を起こしたあの家をようやく解体することができて、今まで”呪われた家だから”という理由で断られ続けたあの家の解体の仕事をよく引き受けてくださったことに僕の中ではやっと安堵感が芽生えました。

しかし、潤一郎さんはあの土地に柵があるようです。
何故でしょうか。
よほどあの100坪の豪邸を手放したくなかったのでしょうか。

そう思い、自力ながら僕は染澤潤一郎さんの無理心中事件のことを独自で調べた結果YouTubeである動画を発見してしまいました。幽幽さんというアカウントで投稿されている動画に生前の染澤潤一郎さんであろう、血しぶきを浴びた状態で8mmフィルムの映像にうつる姿を見て思いました。

これがもし生前の染澤潤一郎さんのダイイングメッセージなら、何で捜査に当たった警察署で保管をしていないんだろう?という疑問です。

同じことは12月28日に自己破産の末無理心中事件を起こした望月裕さんでも言えることです。彼は観音の滝へ身を投じる前にカメラで生前ダイイングメッセージと思われる8mmフィルムをこの世に残しています。

しかもこの動画もYouTubeにアップロードされています。

益々疑問に思えませんか?
無理心中事件を図ったうえに自宅を放火した犯人の生前のメッセージを捜査に携わったはずの警察が保管をしていないという謎です。

疑問に思い、アップロードされてある動画から”楽しい飲み会”と称された動画を開いてみることにしました。手前にはロイド眼鏡をかけた潤一郎さん、その右隣には優しそうな風貌が印象的な望月裕さん、その奥には九州を代表すると言っても過言ではない大企業のフェニックス・マテリアルの創業者の小鳥遊悟さんがいました。聞けば、この映像を撮影したスーパーエイトと8mmフィルムと映像会を行うために使っていた映写機は全て望月裕さんの所有物だったと聞いています。

だとしたら、望月裕さんの事件で全て押収されているはずなのに押収されていないということは、この呪われたスーパーエイトは未だなお誰かが持っている。

実は持っている人こそが真の犯人かもしれません。

映像を見たらわかるかと思いますが、染澤潤一郎さんがロイド眼鏡をかけた優しい感じの風貌、望月裕さんが優しくておとなしそうな風貌、そして奥にいる丸眼鏡をかけた大人しい感じの風貌が小鳥遊悟さんなのです。

目鼻立ちや唇の形が違えど、見た目の雰囲気が似ているのです。
メイクで誤魔化せばいくらでも彼らのうちの一人になりすますことはできるのです。

あくまでも憶測の域にしか過ぎません。
警察も警察なりに捜査はしていたようです。
殺害現場に犠牲になった潤一郎さんの奥様の豊子夫人や裕さんの奥様の絹子夫人、そして潤一郎さんの息子さんの宏親君や靖典君、智紀君。そして裕さんのお子さんの哲也君と和保君。それぞれがナイフで刺された際に犯人と揉めた痕跡はあるが、染澤潤一郎や望月裕の遺体には抵抗した形跡がなかったんです。またそれぞれの殺害現場には潤一郎さんそして裕さんの争った際に出たであろう毛髪や指紋などは見つかったようですが第3者によるものは発見されませんでした。また密室で誰かが侵入した痕跡もない事から、夫による無理心中とみて判断されたものです。

こうしてみると、会社の経営危機に打開する術が見出せないと判断した二人による凶行だと思われるのが筋ですが、大阪万博を機に会社の知名度が上がるにつれ、徐々に会社の売り上げも年々上がっていく、そんな時期に急に会社って潰れるものですか?

普通に考えましょう。
これには裏があるとしか思えません。

仮にもしフェニックス・マテリアルが二人の会社を追い詰めるのが目的で近付いたとしたら、フェニックス・マテリアルの創業開始が1973年4月1日の出来事ですから、同業のライバル業者を蹴散らしたいというのが目的ならば、フェニックス・マテリアルからスパイ社員を、ソメザワ・マテリアルとモチヅキ・ドリーム・ファクトリーに送り込んだ可能性は十分に考えられます。

そう考えた際に、思いました。
潤一郎は悪ではないかもしれないということです。

だとしたら、家に住む人々を襲い呪う理由までは僕にはわかりません。
しかし潤一郎さんにとってこの世ほど恨めしいと思う世界はなかったことでしょう。

大学にまで行かせてもらった母親に感謝の気持ちと同時に借金の尻拭いまでさせられた上に、親戚の謝罪周りときたら、セツさんは果たしていい親だったのかどうか。現代で考えればどう見ても”毒母”と言われてもしょうがありませんね。

そんな僕は関われば関わるほど潤一郎さんの呪いにどうやらかかってしまったようです。呪いは、癌細胞のようなものです。一度悪性の腫瘍が出来たら、すぐにでも取り除かなければ転移をする可能性があるのと同様に、呪いも転移するんです。

きっと呪いというのはそうやって、誰かから誰かへとうつしていくものなんです。
この負の連鎖を止めるには何かしらの方法があるはずです。
僕は精神的に参りました。
思い出したくもない、僕が小っちゃかった時にアルコール依存症だった僕の父親が酔っ払った勢いのあまりに僕や母親に暴力をふるっていました。
母は僕を守るために、父親と隔離をすることが出来る施設へと逃げ込みましたが、あのときの僕が父親から受けた心の傷は癒えそうにありません。
7年間の交際を得て結婚をした彼女でしたが、彼女は僕の心の傷には寄り添ってもらえませんでした。僕が、父親になるのを拒んだのではない、僕が、父親と同じようなことをするのではないかと思ったからです。
彼女には僕が幼児期に虐待を受けていたときの話をしましたが、”いつかは忘れる”その程度のもので真剣に受け入れる姿勢などはなかった。
彼女はただ単に僕が弁護士だと分かり、それがお目当てで僕を狙ってきました。
愛は1mmもないとはまさにこのことですね。

夢を見ると思い出すのは、父親が僕の頬っぺたを思いっきりぶん殴られるんです。

「このクソガキめ!俺が汗水流して働いて食わせてやっていることを感謝せえよ!」

父親は罵声を上げると同時に僕を殴る、蹴る。

連日同じ父親から暴力を受ける夢を見て、父親はもうすでにあの世の人間だと分かっているのに、それでもなお僕の夢に出てくるのが気になり調べてみたんです。

するとある答えに行きついたんです。

潤一郎さんと関わるようになり、また潤一郎さんの遺品とも触れ合う機会が多くなるにつれ、ある日同じ弁護士事務所の後輩の社員と一緒に占い師の事務所へとフラッと行って見たんです。その際に非常に霊感の強い占い師の人だったから、僕にはある指摘を受けたのを今でも覚えています。

”邪悪な悪霊があなたに憑いています。御祓いをするべきです。”

そう言われた僕は心霊スポットなどにいった覚えもなく、かたやこの当時はあの事件があった旧染澤邸に足を運んでもいませんでした。湊法律相談事務所に成年後見人の相談でやってきた染澤セツさんの話を聞いて、亡き息子の遺品を見せられた、それぐらいでも、潤一郎の放つ呪いの力は存在するんです。

地縛霊の一種だからと言って侮ってはいけません。

姿を現さないだけで、彼の怨念は彼が生前に使っていたものに触れただけでも憑かれてしまうものなのでしょう。

僕はそれを知ってしまい、毎日熟睡が出来ない日を過ごしてきました。
睡眠薬を飲んだとしても寝られない日々があり、追い詰められました。
最終的には父親のみならず、別れた妻からも罵倒される夢を見ました。

何だか悪魔というのは、人が付けこんでは困るところをとことん突いてきては人が精神的に弱ってしまうのを見て喜ぶんでしょう。目には見えぬ、科学的な根拠があるかといえばそういうわけではありませんが、僕はそんな気がしました。

工事を引き受けたことにより、また呪いの犠牲になってしまった鮫島さんの御霊にご冥福とお祈りを、そして僕も潤一郎さんの呪いには打ち勝つことはできませんでした。ギブアップを宣言します。

人に迷惑をかけない形で逝きたいと思いこの形にしました。

社長、本当にありがとうございました。残りの800万円は旧染澤邸の今後のお供養代として使ってください。いずれにしろ毎月毎月お清めが必要になるかと思いますので御社で誰かしらあの土地を管理していく人を決め、また潤一郎さんの遺影や位牌を納めてもらった天空寺の和尚さんに定期的にあの土地に来てもらい御経を唱えてもらうしか方法はないでしょう。

大嶌社長 どうか僕が出来なかった夢を果たしてください。
宜しくお願いします。

反町淳史 2021年9月9日
大好きだった菊の花 そして重陽の節句の日でもある菊の節句の日に旅立ちたかった
もうこの世に心残りはない

手書きで一生懸命綴られた文章を見て大嶌は声を上げて泣きじゃくったのだった。

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