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1話

……。カツッ……カツッ……。

誰も居ない裏路地に低いヒールの音が静かに鳴り響く。点々とある街灯だけが男達を照らす。

「はぁ……はぁ………。」

一人の男が息を切らしながら路地を駆け抜ける。次第に息が乱れ足が縺れる。

ドスン。……男は力尽きて勢い良くアスファルトへ倒れ込む。

「た、頼む……助けてくれ!!」

男は思うように動かない身体を引きずりながら少しづつ後退していく。

カツッ……カツッ……。

静かな路地裏にヒールの音だけが響き渡る。その足音がピタッと男の目の前で止まり冷ややかな目で男を見下ろす。

「ひぃ!!助けてくれ!どうしようもなかったんだ!!妻と子どもを人質に取られて……。それで裏切らないと妻と子どもを殺すと言われて……。仕方がなかったんだ!!」

男が目の前にいる冷酷な目をした男にそう叫ぶ。しかし冷酷な目の男はそんな事はどうでも良さそうに言った。

「それが?俺たちファミリーと嫁や子ども、どっちが大事だ?ファミリーは血の掟(オメルタ)で肉親より深い絆で結ばれてることを意味するんだよ。……それにそもそもお前嫁も子どもも居ねぇだろうが。俺を騙そうとしたって無駄だ。」

「違う!……嘘じゃない。本当なんだ!!あんたがどうしてそう思ったのかは分からないがほんとに俺には……。」

『家族が居る』そういい終わる前に冷酷な目の男は這いつくばっている男に向かって拳銃を向け引き金を引いた。男の青息吐息が聞こえる……。どうやら弾は男の顳顬(こめかみ)のすぐ横を掠めており無事なようだ。

だが男が『生きている』そう思ったのも束の間、間髪入れず男の眉間に銃口が押し当てられる。

「俺には嘘は通じない。ファミリーの情報網を舐めるなよ?どうやって裏切り者のお前を見つけたと思ってるんだ?実際お前は上手くやってたよ……。だがな俺たちの諜報部の方が何枚も上手だった様だな、お前の事は色々調べさせてもらってある。くだらない嘘をつく前に"アレ"の在処を正直にいいな。そうすれば見逃してやるよ。」

男は途端に目の色を変えた。その目には希望が伺える。

「……本当に"アレ"の保管場所を教えたら俺たち家族を見逃してくれるのか。」

男は希望に満ちた目をしながら少し疑いの目を向けていた。今まさに殺されそうになっているのにいきなりそんな上手い話が信じられるわけが無く、男もそこまで馬鹿ではない。用心深くなくては今頃生きてはいないだろう。

「……信じねぇなら別にそれでいい。その場合結局死ぬんだ。」

冷酷な目の男は淡々と吐き捨てる様に言った。その表情からは何も伺いしれなかった……真顔のようにも見えるし笑っているようにも見えた。追い詰められた人間が見ている幻覚なのではと思うほど何事にも言い難い顔をしていた。

「っ……。"アレ"はミルタン埠頭の近くの倉庫に隠してある。だが、ただ倉庫に隠している訳ではない……。俺にしか見つけられないところに隠してある。俺が逃げ切れたら隠し場所を連絡する。だから……。」

冷酷な目の男は言葉を遮り続けた。

「だから、今はお前を見逃がせ……と?」

その声は一切熱がこもっていなかった。その声に男は一瞬たじろいだが『あぁ。』と頷いた。

冷酷な目の男は徐に手を耳に当て聞きなれない言葉を喋りだした。耳に仕込んだインカムで相手と会話しているのであろうことは理解できても男には会話の内容を理解することはできない。その間も眉間に銃口が押し当てられており男はただ待つことしか出来ない。数分しか喋っていないのに男は途方もない時間に感じた。

「了解……。」

冷酷な目の男はそう呟くと意識を男に戻した。ふいに冷酷な目の男の顔が近づいた。

「残念だったな。たった今お前の命は紙くず以下になった、この意味が分かるか。」

言葉が終わるにつれ声が低くなるのを感じた。そして意味を理解したであろう男は体がカタカタ震え始めたが震えながら金縛りにあったかのように身動きできない。

男は目に涙を浮かべながら声を振り絞った。

「お、おれにはか、か、家族が……。」

銃声が静かな裏路地に響いた。そこには眉間を撃ち抜かれ動かなくなった男と熱い返り血を浴びているのにも関わらず冷めた目で人だったものを見つめる男が立っているだけだった。

「チッ。おい、車を回せ。着替えと掃除屋も手配しろ。」

返り血を浴びた男がインカムの先にいる人物に命令した。

「了解っす。レオナルドさん車はあと5分ほどで着きます、掃除屋はもうそこに居る筈っすよどっか居ないっすか?」

「もういるだと?どこにも……うわっ。」

レオナルドと呼ばれた男が辺りを見回すが誰もいない。……レオナルドの背後に一人の男が足音もなく忍び寄り肩をポンと叩いた。それにびっくりして声を漏らし思わず飛びのき銃を構えた。

「いやぁ~ほんと良い反応しますねぇ~。やあ、レオナルドくんご無沙汰しております。」

背後にいた男がケタケタと笑い出した。男は腰のあたりまである銀色の髪を奇麗に纏めており身なりの整った格好をしていた。その男が連れてきたであろう数名の男たちに死体を指さし片付けるよう指示した。

部下の男たちは短く返事をすると迅速に作業を始めた。

「お前か掃除屋。背後に立ち、驚かす意味は何だ。撃たれたいのか?お望みならば今すぐ地獄への切符を用意してやるよ。つーかこんなことに能力無駄使いしてんじゃねぇ。」

先程まで冷酷無比だった男とは思えないほど熱のこもった声で掃除屋と呼ばれた男の胸ぐらをつかみ眉間に銃を押し当てた。

「おお怖い怖い。嫌だな~ただのスキンシップですよ、冗談きついな~。」

レオナルドに銃を突きつけられながら笑っている男に向かって手下の男の1人が声をかけた。

「シトロン様片付けが終わりましたので我々は撤収します。あなたもじゃれついていないで仕事をしてください。」

「おや、速かったね?流石僕の部下だね。優秀だ……っと、レオナルドくん。そろそろ手を離してくれないかい?苦しいのだが。」

シトロンと呼ばれた男は胸ぐらを掴まれたまま部下を褒めた。そしてレオナルドをへらへらと笑みを浮かべながら手を離す様要求した。

レオナルドは無言のまま手を離すと少し浮いていたシトロンがそのまま地面に落ちた。

「いたたた……。君は相変わらず酷い男だね。こんなにも情熱的な格好をしているというのに……。ねぇ、顔ぐらい拭いたらどうだい?」

シトロンは腰を擦りながら立ち上がりレオナルドの顔を見ながら含みのある言葉を放ちハンカチを差し出す。

シトロンが差し出したハンカチを無造作に受け取り顔を拭きながらレオナルドが悪態を着く。

「煩い。これはさっきのクソ野郎の血だ。今着替えと車が向かってる。それにあとは帰るだけだから問題は無い。車に乗れば中の人間を外からは見えないからな。」

レオナルドはフンと鼻を鳴らした。

「いやいや、いくらレオナルドさんでもそんなカッコのまま車に乗られたら流石に嫌なんスけど。」

二人の会話に突如若い声の男が割り入る。

「やっと来たのかレン。遅いぞ何してたんだ。」

「ちゃんと5分っすよ、レオナルドさんがせっかちなだけっす。……あ、シトロンさん良かったまだ居てくれて。これ先月の依頼料っす、レオナルドさん拾うついでに渡して来いって頼まれたんっすよ。まったく、俺の仕事じゃないのに上の人達はすぐ俺をつかいっぱしりにするんすから。次どっか行くときは部下の人に居場所伝えるか、指定日にちゃんと店に居てほしいっす!!」

上司であろうレオナルドに悪態付きながらシトロンにも意見する。敬語というには砕けすぎているなんとも微妙な言葉を使う男。その場にとても似つかわしくない純粋そうな顔をしたレンがやってきた。

「おや、ご苦労さま。いつもすまないね、確かに受け取ったよ。ルイス君には僕から受け取った旨を報告しておこう。というか君はレオナルド君、専属奴隷じゃなかったのかい?駄目じゃないかご主人様以外の命令を聞いたら。」

シトロンはクックックと笑った。先ほどレンに受けた小言の仕返しと言わんばかりに言い放つ。『奴隷じゃないっす、舎弟っす』とシトロンに向かってわめいていたがそんなことは我関せずでレオナルドに向かって言った。
「あぁ、そういえばこのキャンキャン喚くワンコを見て思い出したんだが。最近"表"でもぶっそな噂が広まっていてね、なんでも『蒼薔薇』(ブルーローズ)がまた暴れているんだとか。今回は一般人も見境なく襲っているらしくて警察も手を焼いているらしいよ。」

まあ僕には関係ないんだけどね、とシトロンが続ける。どうやら最近何者かが街で暴れていて死者もかなり出ているということだった。シトロンがそのことを知ったのは副業の掃除屋<<スイーパー>>に持ち込まれた死体がみんな同じ手口で殺られていたからだという。

全員背後から首を掻っ切られているらしいのだ、だが凶器はナイフとかではないらしい。刃物ではあるらしいのだがナイフのようなきれいな刃ではなく割れた鏡のほうが形状としては近い。だが決してすぐに死ぬような深い傷ではなく現に運のいい数名は生きながらえていた。だがみな口をそろえて『蒼薔薇(ブルーローズ)にやられた』というのだそうだ。

「僕も人づてに聞いたことだからどこまで本当かは本職じゃないのでわからないが……。死体の首に凶器の不明瞭な傷があるのは確かだよ。」

じゃあ僕は行くねとマイペースにシトロンは去っていった。

「なんっすかね……。今の話。」

「さあな、取り敢えず帰るぞ。着替えよこせ早くしないとこのまま乗り込むぞ。」

「着替え出すんでそのままは乗るのは勘弁してほしいっす。」

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