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番外編① ゲングの変化


夕暮れに染まる街並み、活気があった町から徐々に静けさが漂い出し始める。

つい最近までこんなに町の景色をじっくりと眺めることはなかっただろうと少し感傷に浸る。今から思い返してみると、あの頃の俺は心に全く余裕がなく、どうしてか分からないがかなり生き急いでいたように思う。





しかし、それも今では大きく変わった。





毎日が穏やかに流れていき、周囲の景色は以前が白黒だったのではないかと思うほど色鮮やかに感じられるようになった。毎日何かにイライラしていたのが嘘かのように、今では自分だけではなく周りのことにまで気を配れるほどの余裕が心に生まれている気がする。毎日が楽しいのだ。





それもユウトのおかげだと思っている。



あの日、あの時、あいつが俺に向き合ってくれていなければ俺は今でも変わらず色褪せた余裕のない日々を過ごしていただろう。そう、あの時の俺にはそんなたった少しのきっかけでよかったのだ。





今なら分かる、俺は心の底で「変わりたい」「前に進みたい」そう願っていたのだろう。

...でも出来なかった。一人では変えることが出来なかった、進むことが出来なかった。そんな単純なことすら出来なかった。それが俺の"弱さ"だったのだろう。





それを隠すかのように、以前の俺は傍若無人に振舞っていた。

やりどころのない怒りやストレス、そして寂しさを紛らわせるために。





今ではそんな気持ちも全くないとは言わないが、それでも大部分が綺麗に解消された。自分でもそんなことでよかったのかと、呆気ないと思うがそれでいい。今が幸せならそれでいいんだ。



日々が、毎日がこんなに幸せだと感じられる。



俺はこんな日々がずっと続いて欲しい、そしてこれからもあいつやいろんな奴とそんな日々を共有していきたい。それが今のささやかな願いとなっている。











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依頼を終えた俺は報告をするためにギルドへと向かう道をゆったりと歩いている。こうやってのんびりと街並みを眺めながら帰路へ着くのが最近の日課となりつつある。街並みが夕日に照らされて昼間とはまた違った雰囲気を醸し出しており、町に漂う静けさと微かに聞こえる人の声がまたさらに雰囲気を良いものへと演出してくれている。



こんなこと俺が考えて歩いているとは町ゆく他の奴らは思いもしないだろう。自分でも分かっているが見た目とのギャップが激しいと思う。それに以前との態度とも違うからな。





おっと、あまりのんびりしていると日が暮れてしまう。実は今日はこの後、ユウトと一緒に夕飯を食うという約束をしているのだ。誰かと一緒に食事を楽しむなんて長い間なかったもんで、ここ最近はよくあいつを誘っている。けど、あまり頻繁に誘ってしまうと迷惑がられてしまうかもしれない...ちょっとだけ不安だ。





俺は少しだけ歩くスピードを速めてギルドへと向かうことにした。









数分後、待ち合わせの時間ほぼぴったりに俺はギルドの前へと到着した。思ったよりも時間がかかってしまった。待ち合わせの場所はギルドの前なので、おそらくあいつはもうすでに待っているだろう。



そう思っていたのだが、ギルドの前にはユウトの姿はどこにもなかった。

俺みたいに少し遅れているのかもしれないと思い、俺は先に依頼達成の報告をすることにした。







依頼達成の報告を終え、ギルドの前へと再びやってきたが未だにあいつの姿はない。約束の時間はとっくに過ぎている。先ほど報告をする際に受付嬢のアンにユウトが来たかどうかを聞いてみたのだが、アン曰く、少し前に依頼達成の報告をとっくに済ませているという。





これはおかしい、あいつが約束を破るとは思えない。

だったら何かトラブルが起きたと考えるのが普通だろう。





何だか胸騒ぎがする...





俺は何とも言えない不安感が襲ってくる。心配しすぎかもしれないが何かあってからでは遅い。

何もなかったらそれはそれでいいので、俺はユウトを探すことにした。





とりあえずギルドの前で誰かユウトを見ていないか聞いてみる。この時間なのであまり人通りが多いわけではないが、ギルドの前ということもあるので冒険者がちらほらと見受けられる。だがほとんどの冒険者は俺と目を合わせるとすぐに逃げるように去って行ってしまう。





この調子では話を聞くことも出来ないと少し焦りだしていたその時、ふと目を少し離れたところにやるとそこには話に花を咲かせている冒険者3人組が居た。話に夢中でこちらには全く気づいていない様子だったので声をかけてみることにした。





「おい、そこの三人」





話しかけるとその三人は一斉にこちらを向いた。するとまるでモンスターにでも出会ったかのように嫌そうな表情になる。普段であれば怒りや悲しみといったいろんな感情で心がごちゃごちゃになるが、今はそんな場合ではない。一刻も早く情報を聞き出さなくてはいけないのだ。





「な、何ですか...?」



「この近くでユウトっていう黒髪の冒険者を見なかったか?」





すると三人組はお互いに顔を見合わせて「たぶんあいつのことだよな...」と確認をしていた。この反応を見る限り、おそらく当たりだろう。黒髪は珍しいからこいつらの見たやつでたぶん間違いない。





「見たんだな、どこで見た?」



「そいつならさっきギルドの前でフオルたちに絡まれて、あっちのほうの路地裏に連れていかれたのを見たけど...」





フオルか、面倒なやつらが出てきたな。



やつらは俺と同じCランク冒険者であるのだが、自分たちよりもランクが下の冒険者たちを標的にしてお金や装備を奪ったり、依頼の横取りをしたりなどかなりの悪名高い連中なのだ。それもギルドには上手く証拠が残らないようにやっているためにギルドもあいつらの対応に頭を抱えていると聞いたことがある。



ユウトもまだEランクなのであいつらの標的にされてしまったのだろう。いくらユウトが腕に自信があるからと言ってCランクの冒険者相手にEランクの冒険者が対抗できるはずがない。早く助けに行かなければ...!





「それを見たのはどのくらい前だ?」



「えーと、5分ぐらい前だったと思いますけど...」





マジか、俺がギルドに到着した少し前だったか。もう少し俺が早く来ていればこんなことにはならなかったのに...!一刻も早く助けに行かないと...!!!





「教えてくれて感謝する。この礼はまた!」





俺はそう告げると急いで連れていかれたという路地裏の方向へと向かう。後ろで三人組がポカンとおかしなものでも見たかのような顔をしているが今はそんなことは気にしていられない。早くあいつを助けてやらないと!





...でもどうやって助けるんだ?





頭に湧いてきたその疑問は鈍足のデバフを与えたかのように俺のスピードを徐々に遅くした。そうだ、俺は何のためらいもなく今回の問題も暴力で解決しようとしていた。それでは以前の俺と全く変わっていない。せっかくユウトと出会って、ようやく変われると、変わろうと思ったのにこのまま力で解決しようものならその思いも水の泡である。





そうか、俺は結局のところ根本は変わっていなかったのだな。





気付けば俺は完全に足を止めていた。

一体どうしたらいいのか、力以外で解決をする方法が今の俺には分からない。

俺一人では何もできないのか...







...俺一人、か。





そうだったな、今までの俺はずっと孤独だった。

でも今は違う。





俺は真後ろへと振り返り、ギルドの方へと一直線で向かっていった。

急いでギルドへと戻り、一人の人物に向かって一気に走り寄る。





「レイナ!ゆ、ユウトを助けてくれ!!」





少し乱れた息を整えながら俺はレイナに助けを求める。俺は一人では無力だ、なら誰かに助けてもらえばいい。なぜ今までそんな簡単なことに気づかなかったのだろうと俺は自分のことを不甲斐なく思う。それには少しだけ自分だけで解決できないことに対する不甲斐なさも含まれているかもしれないが、そんなことを気にしているわけにはいかない。



冒険者同士の問題ならギルドの職員であるレイナが最適だと思う。物理的な力で解決するのではなく、レイナなら規則という俺とは別の方法で解決をする手段がある。今の俺にはこの力に頼る他なかった。





「げ、ゲングさん?!どうしたんですか?!!」





レイナさんは俺の只ならぬ状況を察して心配そうにこちらへと駆け寄ってきた。周りの冒険者たちも俺のいつもとは違う様子に驚いてこちらを見ている。だが、そんな野次馬の冒険者たちの状況なんて今は関係ない。一刻も早くレイナをユウトのもとへと連れて行かないといけないのだ。





「実はユウトが...」





俺はレイナにユウトの状況を簡潔に伝えた。時間が惜しいので必要最低限のことだけ伝えることにしたが、これでも十分すぎるほどに状況を伝えることが出来たらしい。話を聞くや否やレイナは真剣な表所で俺に話しかけてきた。





「ゲングさん、今すぐ私をユウトさんのもとへと連れて行ってください」





ギルド職員としての義務感なのか、それともまた別の感情からなのかは分からないがレイナの目からは強い意志のようなものを感じた。相手は小賢しい小悪党どもだ。もしかしたら危険な目に合うかもしれない。そのことも重々承知した上でレイナは俺に連れて行って欲しいと言っている。



俺から頼んだのだがレイナを危険な目に合わせることになってしまうかもしれない。よく考えると俺の判断は間違っていてレイナに大きな迷惑をかけるだけなのかもしれないと不安が湧いてきてしまった。





「良いのか?もしかしたら危険な目に合うかもしれないが...」



「危険かもしれないのは分かっています。でもゲングさんはユウトさんを助けるために私の力が必要だと、そう思ったからこうやって伝えに来てくれたんですよね。私はこれでも冒険者ギルドの受付嬢です。冒険者の力になるのが仕事なんです。それに、もし危険な目にあってもゲングさんが助けてくれますよね?」





そういうとレイナはまっすぐに俺の目を見つめてくる。

今まで迷惑しかかけてこなかった俺を信じようとしてくれている、そんな目だ。





「俺を、信じてくれるのか?」





今までの態度から考えてレイナの俺への信用なんてゼロに等しいと思う。それでも今、目の前にいる彼女は俺の言ったことを全て信じており、さらに自らの危険も顧みずに守ってくれるからと俺に信頼まで置いてくれている。どうしてそこまで信じられるのか、俺には分からない。





「以前のあなたなら私はこうやって信じることはできなかったでしょう。でもユウトさんと出会ってからのあなたは本当に変わりました。こうして力で解決するのではなく、私に助けを求めに来ていることからも分かります。それにユウトさんはあなたがただ不器用なだけで悪い人ではないと言っていました。私はそのユウトさんの言葉を信じたいと思います」





そうか、完全に俺のことを信じているわけではない。レイナはユウトが信じてくれた俺のことを信じている、そういうことらしい。だったら俺は直接俺のことを信頼してもらえるようにこれからの行動でそれを示していくしかないという訳だ。





「ありがとう。俺のことを信じてくれたユウトに誓ってお前のことを絶対に守る!」





そういうとレイナさんはにこやかに微笑んだ。





俺とレイナは急いでユウトが連れていかれたという裏路地の方へと走って向かうことにした。ギルドから歩いて1分ほど離れた場所から脇道に入った路地裏に到着し、ユウトたちの姿を必死に探した。もう日が暮れ始めて町には夜の静けさが漂い始めている。急いで見つけないと完全に暗くなってしまい、こんな路地裏だとさらに分からなくなってしまう。





すると少し離れたところから誰かの怒声が聞こえてきた。

俺とレイナは顔を見合わせてその声のもとへと急いで向かうことにした。





路地裏のさらに奥へと進んだところで俺たちはユウトとフオルたちが争っているのを発見した。素手のユウトに対し、剣を構えたフオルたちが襲い掛かっているところであった。今から助けに行こうにも流石に間に合わない。俺は最悪の結末が頭をよぎり、ユウトが死んでしまうという恐怖で頭がいっぱいになった。それはレイナも同じだったようで、俺たちは動くことが出来ずに成り行きを見守ることしか出来なかった。





しかしそんな俺たちの目にはまさかの展開が待ち受けていた。

なんとユウトが目にもとまらぬ速さで移動して、一瞬のうちに二人を倒したのだ。そしてフオルの攻撃をも避けた上で一撃でノックアウトして見せたのだ。





これが本当にEランク冒険者の戦いなのか...?

目の前で見せたユウトの実力は軽く俺の実力を遥かに超えていた。



先ほどまで恐怖一色だった俺たちの頭は予想外の光景にフリーズすることとなった。俺はユウトのことを完全に見誤っていたのかもしれない。以前、あいつが俺に対して怯むことなく真っ直ぐ接してくれたのは俺よりも強いという自信があったからなのかもしれない。



...いや、でもそんなことは関係ないか。

あいつはこんな俺を変えてくれた、それで十分だ。





隣で同じくフリーズしていたレイナは我に返ったのか、目に涙を浮かべてユウトのもとへと駆け寄っていった。俺も我に返ってからゆっくりとユウトのもとへと向かった。ユウトの周囲で倒れているやつらを見て、もしかしたら助けに来る必要はなかったかもしれないと安心したような気持ちとともに何やってるんだろうという気持ちが少し湧いていた。





「ユウト...大丈夫だったか?」



「心配してくれてありがとうございます。もちろん無事ですとも!」





そういうとユウトは親指を立てた拳を突き出して微笑んだ。

やっぱりこいつといると何故だか安心する。居心地がいいんだろうな。





俺はレイナを連れてきた経緯をユウトに語った。もしかしたら根本で何も変わっていなかった俺にユウトは失望するかもしれない。それでも俺は俺の想いや考えたことを伝えた。たぶんそれは自己満足かもしれない。



しかしユウトはそんな俺のことを失望することはなく、逆に俺のことを良い人だと、想った通りの人だと言ってくれた。俺はそつなく返事をしたが、内心ではかなり泣きそうだった。俺のやったことは間違いじゃなかった、そう思えたことがとても嬉しかったのだ。俺は変われる、今回のことでそういう自信がついたと思う。









今回の一件でフオルたちは冒険者の資格をはく奪されて、この町の牢屋に入れられることとなった。そこはレイナの活躍が非常に大きかった。俺だけがあの場にいてもこのような結果になることはなかっただろう。



この事件が解決したあと、改めてレイナとユウトからお礼を言われた。何だか改めてお礼を言われるのは気恥ずかしいが、それ以上に誰かの役に立てたということがとても嬉しい。この気持ちは大切にしていかないといけない、そう感じた。





実は他にも嬉しいことがあったのだ。今回の事件を知った多くの冒険者たちが俺たちのことをまるで英雄かのように迎えてくれた。それだけいろんな冒険者たちがフオルたちのことを嫌っていたということなのだろう。それを退治したということでいろんな冒険者たちから感謝されたのだ。



それからというもの、ギルドで俺のことを露骨に避けるやつは大幅に減ったのだ。何ならたまに話しかけてくれるやつまで現れ始めた。今回の一件で俺がレイナに助けを求めてフオルたちを成敗したということが多くの冒険者に広まったらしく、それをきっかけに多くの冒険者が俺への認識を改めたのだという。





ユウトはこの状況を見て、よかったな!と言ってくれたが正直戸惑いの方が大きい。今まで怖がられ避けられていた俺が急に避けられることも少なくなり、それにユウト以外の奴とも話すことが多くなってきたのだ。喜ばしいことなのだが今までの扱いに慣れていたこともあり、この現状にすぐには慣れないだろう。





しかし戸惑いつつもこの現状には非常に満足している。俺が望んでいた景色に少しずつでも近づいてきたのだから。そしてこれから新しく繋がっていく奴らとの繋がりを大事に、もう二度と以前のような俺には戻らないと誓うおう。これからは夢見た楽しい日々を過ごしていけるように...



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