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イエロとセーテン、ナカンコンベに行く その3

「……あっきれたわぁ」
 店の前に置いてあるデラマウントボアの死体を見上げながら、フラブランカさんは目を丸くしていました。
「こいつさぁ、魔法を弾くもんだからホント苦労してねぇ……衛兵達と一緒に散々追いかけ回したあげく逃げられたってのに……これを2人で仕留めたって……ありえないわぁ」
 心底あきれかえったといった表情でイエロとセーテンを見つめているフラブランカさん。
 その視線の先で、イエロとセーテンは肩を組みながら得意げな表情を浮かべています。
 そんな2人の周囲には街の人々が集まっています。
「いや、ほんと助かったよ、こいつのせいで街道がまともに使えなくなっててさ」
「これで遠回りしなくてすむよ」
 皆さん、お礼と感謝の言葉を口にしています。
 で、徐々に盛り上がっていきまして、気がつけば

 イエロ!イエロ!イエロ!イエロ!
 セーテン!セーテン!セーテン!セーテン!

 と、大合唱が始まりました。
 気持ちはわかるんですけど、これって近所迷惑になるんじゃないかな、って思った僕だったんですが、よく見ると向かいのドンタコスゥコ商会をはじめ、周囲のお店からもたくさんの人達が出てきていまして、皆と一緒になって合唱してくださっていましたので、多分大丈夫かな……

 気がつけば、デラマウントボアとイエロとセーテンの周囲にはすごい数の人々が集まっていました。

 せっかくこうして集まっておられるわけですし、そのまま帰っていただくのもなんか申し訳ないな、と思った僕はこのデラマウントボアを調理して皆さんに食べてもらおうと考えました。
 実際、この肉はちょっと癖はあるけど美味しいらしいですしね。
 魔法拡声器を持ち出した僕は、
『皆さん、これからこのデラマウントボアの肉を調理いたしますのでよかったら味わっていってください』
 そう声をかけました。
 すると、皆さんは一斉に歓声をあげました。
 ただ、その歓声の中に、
「この肉、珍味らしいけど、焼いただけだとアクが強いって聞いたぞ」
「よほどうまく調理しないと……」
 そんな声も混じっていたのを僕は聞き逃しませんでした。
 この肉ですが、僕が元いた世界でいうところの猪と同じ感じでいいのかな、と思っています。
 実際、猪の肉もアクが強くてただ焼いただけではちょっと食べにくいですからね。
 ただ、幸いなことに僕が元いた世界の北の方では結構猪が取れていましたので、僕自身知り合いに頼まれて何度か調理した経験があったもんですから、まぁなんとかなるかな、と思っています。

 包丁を持った僕は、デラマウントボアのお腹の方からさばき始めました。
 外皮は異常なまでに硬いデラマウントボアですが、さすがにお腹の方はそこまで硬くなかったもんですから、どうにか包丁を入れていくことが出来ています。
 もっとも、今僕が使用しているのはルアが特別に仕上げてくれた竜の鱗製の包丁なんですよね。
 だからこそ、こうしてデラマウントボアをさばくことが出来ています。
 おそらく普通の包丁だったらまったく歯が立たなかったはずです。
「……しかし、こう大きいとなぁ」
 僕は手を動かしながら思わずつぶやきました。
 何しろちょっとした小山ぐらいはありますからね。
 それを包丁一本でさばいていくのは、ちょっと無理があるわけです。
 そんな感じで僕が苦戦していると、
「あらあら店長さん、お手伝いいたしましょうか?」
 後方から女性の声が聞こえてきました。
 振り返ると、そこには魔王ビナスさんの姿がありました。
「あれ? ビナスさん、こんな時間にどうなさったんです? しかもナカンコンベにいらっしゃるなんて」
 僕がそう言うのも無理はありません。
 本店のバイトの魔王ビナスさんは、いつも昼過ぎに仕事を終えて帰られていますので、いつものこの時間でしたらブラコンベのご自宅にいるはずですから。
「いえね、ナカンコンベで大物の魔獣が仕留められたと、ブラコンベでも話題になっておりまして。そうしましたら旦那様がぜひ見てみたいと申されました者ですからみんなでやって参りましたの」
 魔王ビナスさんはそう言ってにっこり笑いました。
 どうやら魔導船を経由して早くもデラマウントボアの噂が各地に伝わっているようですね。
 で、よく見ると、魔王ビナスさんの後方には、勇者ライアナを始め以前お見かけしたことがある魔王ビナスさんの内縁の旦那さんの姿も見えます。
 その周囲には魔王ビナスさんのお仲間の魔法使いの方や、角の生えた女の子も一緒におられますね。
「ビナスさん、もしよかったらお手伝いしてくださると助かります」
「はい、おまかせくださいな」
 魔王ビナスさんはそう言うと、キモノをたすき掛けしていきまして、おもむろに詠唱を始めました。
 すると、空中にでっかい包丁の形が浮かび上がってきたのですが……
 魔王ビナスさんは、その包丁の幻影を巧みに操りながらデラマウントボアをすごい勢いで解体し始めました。
 ただ、魔王ビナスさんをもってしても、その外皮を切り刻むことは出来ないらしく、とりあえずその内側の肉をきれいにそぎ落としてくださっています。

 解体を魔王ビナスさんにお任せして、僕は調理の準備に入りました。
 会議室の長机を大量に持ち出し、その上に簡易式魔石コンロをありったけ並べていきます。

 この簡易式魔石コンロですが、スアがカセットコンロを参考にして作り上げたコンビニおもてなしの商品です。ガスカセットの代わりにカセット型に加工した火力魔石をセットする仕組みになっています。

 で、その上に厚手の金属製なべをありったけ並べていきます。

 この金属製なべは、ルアが土鍋を参考にして、鍋を作成する際に使用している金属を加工して土鍋っぽく仕上げてくれている品物です。もちろんこれもコンビニおもてなしで絶賛販売中です。

 ティーケー海岸のアルリズドグ商会から仕入れている昆布もどきで出汁をとり、それにタクラ酒、醤油玉、みりん玉、塩玉を適量混ぜ合わせて白だしを大量につくります。
 それを鍋にどんどん入れていきまして、そこに今度は味噌玉と醤油玉を加えて味を調えます。
 作業をしていると、そこに今度はヤルメキスとケロリンが駆けつけてくれました。
「お、お、お、お菓子以外でもお手伝いできるでごじゃりますよ」
「わ、わ、わ、私もお手伝いいましますです」
 そう言いながら、2人も作業に加わってくれました。
 で、鍋の中に、今度はテトテ集落で収穫された白菜もどきなどの野菜を適当な大きさに刻み、鍋に入れていきます。
 そうこうしていると、
「店長さん、そろそろいきますわよ」
 そう言いながら魔王ビナスさんがデラマウントボアの肉を魔法で移動させはじめました。
 ブロック状態に刻んでくださっていますので、あとはこれを薄くスライスするだけです。
「店長殿、肉を薄く刻むのでしたらこのイエロにお任せくだされ」
 そう言いながら、イエロが愛刀を片手に近寄ってきました。
 で、無造作に肉の塊を放り上げると、
「そそそそいやぁ!」
 かけ声とともに目にもとまらぬ速さで剣を振り回していきました。
 すると肉は空中できれいにスライスされた状態になって、僕が作業している台の上に置いていたボールの中へと収まっていきました。
 そのあまりにも見事な剣さばきを前にして、群衆のみなさんから拍手喝采があがっていきました。
 イエロはその歓声に両腕を突き上げながら応じています。
 そんなわけで、どんどん肉をスライスしてくれるイエロ。
 その肉をどんどん鍋にいれていく僕・ヤルメキス・ケロリンです。

 すると今度は、スア・パラナミオ・リョータ・アルト・ムツキが手伝いにやってきてくれました。
 スアは、イエロが切り分けた肉を魔法で鍋へと放り込む手伝いをしてくれています。
 パラナミオ達は、群衆の皆さんに取り皿を配ってくれています。

「よし、もう食べれますよ」
 味見をしていた僕は、群衆の皆さんに向かって声をあげました。
 すると、待ちかねていた皆さんが一斉に鍋に向かって集まってきました。
 で、そんな皆さんを、ジナバレアが魔法の誘導灯片手に交通整理してくれています。
 鍋の前では、パラナミオ達が鍋の中の肉や野菜を差し出された取り皿によそってくれています。
 ですが、さすがに4人では手が足りていません。
 そんなパラナミオ達のところに、見知らぬ子供達が集まってきました。
「あの……私たちフラブランカ様と一緒に暮らしている者なのですが、よかったらお手伝いさせてください」
 子供達はそう言ってくれました。
 よく見ると、群衆の後方でフラブランカさんがウインクしているのが見えました。
 人族だけじゃなく、馬人や鳥人の子供もいますね。
「じゃあみんなよろしく頼むね」
 僕がそう言うと、パラナミオ達も笑顔で
「よろしくお願いします!」
 元気に挨拶していきました。
 
 で、一気に倍以上に増えた子供達から受け取った料理を口に運んだみなさんは、
「こりゃうまい!」
「なんだ、このスープは!? デラマウントボアの肉とよく合うなぁ」
 と、口々に歓声をあげていました。
「店長、スアビールもおだししませんか?」
 ジナバレアと一緒に誘導を行っていたシャルンエッセンスの提案で、スアビールも振る舞うことにしました。
 子供達も結構いますので、パラナミオサイダーも出しました。
「今日はこれも全部無料です! 皆さんしっかり堪能してください!」
 僕がそう声をあげると、群衆の皆さんから大歓声があがりました。

 この日のコンビニおもてなし5号店の前は、夜遅くまで多くの方々が詰めかけてくださいまして、賑やかな声が響き続けていました。

 この日の主役のイエロとセーテンの周囲には、ずっと人だかりが出来ていまして、皆さんと言葉を交わしたり乾杯を繰り返していました。
 その顔は終始笑顔でした。

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