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侵入し過ぎた結果

 午後5時を過ぎた為、光太は下城した。よほどのことが無い限り、城内で残業はしない主義である。残業を余儀なくされた部下に対しては決して責めることは無く、無理をし過ぎないようにと必ず声を掛けて城を後にする。地下鉄での移動は避けて、30分程歩いてお気に入りの居酒屋風レストランへと向かう。大江戸城下でありながら、そこまで客で一杯ではないところが気に入っている。いつもカウンターの同じ席に座り、同じメニューを頼む。お酒は苦手というわけではないが、いつも1、2杯に留める。食事は1時間ほどかけてゆっくりと楽しむ。もっとも端から見ればちっとも楽しそうには見えないのだが。店主や店員もそんな彼のことをよく分かっており、必要以上には話しかけてはこない。そういう心遣いが行き届いている点も、彼がこの店を気に入っている理由の一つだ。食事を終えて、店を後にする。大体いつもこの時点で時刻は7時前である。

 その後、光太は近くのスポーツジム『筋肉達磨』に向かう。ここで食後の運動を行うのだ。受付を済ませると、まずはトレーニングウェアに着替えるため、ロッカールームへと向かう。このジムの特別会員である彼は、専用のロッカーを持っている。何の気なしに彼は自分のロッカーを開けた。そして……

「うおっ⁉」

 光太は思わず驚きの声を上げた。何故ならそこにいるはずのない葵がロッカーの中にいたからである。思い切りずれてしまった眼鏡を直しながら、自らを落ち着かせるように出来る限り静かな声で彼は葵に尋ねた。

「……何をなさっているのですか、若下野さん?」

「えっと、今晩は先生……事情を説明させて下さい」

「……どうぞ。というか、して頂かないと困ります」

「これには深い理由がありまして……」

「ほう……」

「会員証を持っている方や関係者以外は入れないんですよね、このジム?」

「そうですね」

「そこについうっかり入りこんでしまいまして……」

「貴女の『ついうっかり』の定義を伺いたいところです……」

「マッチョな警備員さんに見つかってしまって、追っかけられている内に慌ててこのロッカールームに駆け込んだんです」

「そして、それが私のロッカーだったと……」

「そうですね、本当にそれは偶然です。びっくりしました」

「びっくりしたのはこちらなんですが」

 その時、ロッカールームのドアが開いた。

「⁉」

 今度は葵が驚いた。何故か光太までロッカーの中に入ってきたからである。

「せ、先生⁉」

「しっ、静かに……!」

 光太は右手の人差し指を葵の口に当てる。このロッカーは会員専用の特別なロッカーであるため、通常のロッカーよりも大きめなので、二人位は余裕では入れる大きさなのである。

部屋に入ってきた警備員の制服を着た細マッチョの男性が部屋の中を見渡す。部屋の入り口付近に立っていたピチピチの制服を着たゴリマッチョの男性が声を掛ける。

「細田さん、いましたか?」

「いいえ、太田さん。こちらにはいない様です……」

 細マッチョが答える。ゴリマッチョが考え込む。

「ふむ……確かにこちらの方に逃げたと思ったのですが……」

「なんとしても見つけないと」

「ええ、このジムは女人禁制ですからな、会員の方がびっくりしてしまいます」

「あちらの方を探してみましょう」

「そうしましょう」

 二人の警備員の足音が遠くなったことを確認して、葵たちはロッカーを静かに開けて外に出た。

「女人禁制のジムだったの? そんな所があるのね……」

ふと光太の方を見てみると、うずくまって小刻みに震えている。

「先生、どうかなさいましたか?」

 光太はふと立ち上がると、葵に顔を近づけ、自身の端末で自撮りを行った。

「せ、先生、何を⁉」

「先手を打たせてもらいましたよ!」

「え、せ、先手?」

「大方、私との密着ツーショットでも撮って、それをネタに私に予算を下ろさせようという腹積もりなのでしょう! ふふっ、その手には乗りませんよ!」

「せ、先生、少し落ち着いて下さい……」

「私は冷静です! ええ、冷静ですとも!」

 葵は制服の襟に仕込んでいたマイクに語り掛ける。

「サワッち、どうしよう? 妙なことになっちゃった……」

 ジムの近くのビルの一室に陣取っていた爽が冷静に答える。

「あまりにも想定外すぎる事態に見舞われると、いつもの冷静さを失ってしまうようですね。まあ、無理も無い気がしますが……」

「どうしてこうなっちゃったんだろう?」

「ですからせめて居酒屋でお声を掛けられれば良かったのに」

「いや、やっぱり食事の時間は大切かなって思って……」

「だからと言ってロッカールームの中はないでしょう」

「ど、どうしようか?」

「今日の所は一旦退却を進言します。黒駆君を直ちに向かわせますので、どこか別の場所に身をお隠しになって下さい」

「わ、分かったよ」

 葵との通信が切れた後、爽は堪え切れず、下を向いてククッと笑った。そこに秀吾郎が部屋に入ってきた。

「伊達仁様、上様に何かありましたか?」

 爽が軽く咳払いをして答える。

「なかなか面白い……もとい、ややこしい事態になってしまいました。すぐに葵様をお迎えに行って下さい」

「ややこしい事態に⁉ やはり自分が忍び込むべきだった……すぐに参ります!」

 秀吾郎は音も無く姿を消した。

「なんで忍び込むことは決定事項なのか今一つ分かりませんが……」

 爽が顎に手を当てて考え込む。

「想定外の事態に弱い……なにか突破口になるかもしれませんね……」

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