ルア工房ナカンコンベ支店 その2
なぜかルアが手をあげた途端に静まりかえったしまった会場内で、僕とルアは思わず顔を見合わました。
「……な、なぁ、タクラ店長……アタシなんかやったのかなぁ?」
「い、いや……それを言うなら僕なんじゃないかな……」
会場内のみんなの視線が僕の方に注がれているように感じていたもんですから、僕は冷や汗を流し続けていました。
「……ん?」
ですが……よく見てみるとですね、皆さんの視線は僕の方を向いてはいるのですが、僕をみているわけではなさそうです。
気のせいか、僕の後方に注がれているような……
僕は、ゆっくりと後方へ視線を向けました。
「……げ」
僕は、自分の視線の先を確認すると、思わず眉をしかめました。
そこにポルテントチーネが座っていたのです。
「ちょ!? ぽ、ポルテントチーネがなんでここにいるんだ!?」
僕は思わずすっとんきょうな声をあげてしまいました。
すると、壇上で競売を仕切っているエレエが言いました。
「あ、あの……ルア工房の皆様……そこにおられますのはポルテントチーコ様ともうされましてですですね、ポルテントチーネ様の双子の妹様でございます。今回はポルテントチーコ様が経営されていますポルテントチプコ商会としてこの入札に参加なさっているのですです……」
エレエは確かにそう言いました。
……ですが、その顔には見るからに忌々しそうと言いますか、苦々しそうな表情が浮かんでいます。
ちなみにですね、僕の横に座っているそのポルテントチーコなんですが……何度見返してみてもポルテントチーネにしか見えません。
現在のポルテントチップ商会は査察が継続されている最中です。
ポルテントチーネは、一応在宅起訴扱いになりまして家に帰されていますが、査察が継続されているため商店街組合の査察官の求めがあればその都度出頭しなければなりません。
同時に、査察がすべて終了するまでの間は公的な競売などには一切参加出来ない決まりになっています。
で、ここからは僕の憶測ですが……
ポルテントチーネは、こういう事態が起きることを事前に予期していたのではないでしょうか?
だから、万が一の事態に備えてポルテントチプコ商会なる隠れ蓑的な商会を事前に作っておき、その代表者を自分の双子の妹ってことにして登録しておいたのではないか、と……
双子の妹にしておけば、
「よく似ているって言われるのよねぇ」
って言い逃れ出来ますしね。
そういう事の真贋を調べるのにはスアに来てもらうのが一番なんですけど……タイミングが悪いことに、今日のスアは異世界のドゴログマへ薬草を採りに行っているんですよ。
5号店で薬品が予想以上に売れたもんですからドゴログマでしか採取出来ない薬草が枯渇してしまったんですよ。そのため急遽天界にドゴログマ侵入申請を出したのが一昨日で、許可されたのが昨日で、向かったのが今日なわけです、はい……
エレエの様子からして、彼女も僕と同じような考えに至っているように思われます。
……おそらくですが、ポルテントチーコやポルテントチプコ商会の事を十分に調べあげるだけの時間がなかったのではないのかな、と思われました。ポルテントチーネの事ですから表面上は問題無く見えるように取り繕っているはずですからね……
ポルテントチーネがそこまですると言うことは、あの物件をなんとしても手放したくないってことなんでしょうね……かなりの好立地ですし、その気持ちはわからないでもないのですが……
ここで僕は再度首をひねりました。
この競売にポルテントチーネが参加していたとして……なぜ他の商会や店主達が軒並み入札の声をあげなくなったのか、その理由がわからなかったのです。
そんな事を考えながらポルテントチーネを横目で見ていた僕なのですが、そんな僕に一枚のメモ用紙がそっと手渡されました。
それを渡してくれたのは、僕のすぐ横……ポルテントチーネとは反対側に座っていた男の店主さんでした。
で、その紙にはですね
『ポルテントチーネに、あの店の中での水晶画像を撮られてて、それをネタに今日の競売に参加しないように脅されてるんだ』
と、書かれていたのです。
……あ~
つまりあれですね。
言葉は濁してありますが、要は高級食堂ポルテントチップ内で、店の女の子とあんなことやこんなことをしていた方々が、その証拠画像をネタにして脅されているってわけですね。
それで、参加者の皆さんってば揃いも揃って僕の横に座っているポルテントチーネへ視線を向けていたわけですね。
皆さん、揃いも揃ってそういうことを……
これをエレエに訴え出れば即座にポルテントチーネは失格扱いになるでしょう
ですが、そうなればヤバい画像があちこちにばらまかれません。
だから、皆さんは何も出来なくなっているのでしょう。
ポルテントチーネのやり方は相変わらず姑息で悪質なわけですが、これに関しては店主さん達にも非はありますよねぇ……
正規の許可を得て営業している風俗店で女の子といたしてればこういうことで脅されることもなかったわけです。正規の風俗店がこんな脅し行為したって噂が立つだけで客足が一気に遠のいてしまいますからね。
自分の首を絞めるような事は普通しませんから。
そんな事を考えていた僕なのですが……ここであることに気付きました。
ポルテントチーネがですね、なんか僕の顔を忌々しそうに睨み付けていたのです。
ですが、これは今までの話の流れからすぐに原因に思い当たりました。
僕は高級食堂ポルテントチップを1度しか利用したことがありません。
その際に、女の子にお色気で迫られましたけど、まったく意に介しませんでした。
そのため、僕を脅すための画像がなかったもんですから、ポルテントチーネは僕に入札に参加しないよう脅しをかけることが出来なくて、それで忌々しそうに睨み付けているのでしょう。
まぁ、スア一筋の僕ですからね、さもありなんなわけです、はい。
ルアにいたっては女ですからね、当然こんな店に行くわけがないわけです。
そんなこんなで……この競売はポルテントチーネとルアの一騎打ちになりました。
この建物の落札予想価格は約8億円/僕が元いた世界通貨換算だったのですが、その額はあっさり超えてしまいました。
ルアも、龍の武具などの売り上げなどが好調でしたので結構な額を準備してきていたのですが、それでも11億円/僕が元いた世界価格が限界のようでした。
最高額を入札し、歯ぎしりしているルアなのですが……ここで僕達にとって2つの予想外の出来事が発生しました。
1つ目は、僕達にとっては最悪な出来事でした。
僕はルア工房の相談役として同席していますが、もしルアのお金が足りなかったら貸してあげようと考えていたのですが
「他のお店からお金を借りる行為は禁止事項ですです」
と、エレエに釘を刺されてしまったのです。
例外として認められるのは代表者の血縁者からの増額のみなんだとか……
2つ目は。ポルテントチーネにとって最悪な出来事のようでした。
どうやらポルテントチーネもまた、11億円/僕が元いた世界価格しか準備出来ていなかったようなのです。商会は別に作っていたようですが、査察の最中ということもあってその額しか動かすことが出来なかったのでしょう。
そのため、ルアが「11億円/僕が元いた世界価格」で入札すると同時に、ポルテントチーネは見るからに焦った表情をその顔に浮かべたのです。
……ひょっとしたら、このまま勝てるか……
僕とルアが生唾を飲み込んだ……まさにその時でした。
「11億と……1千万円」/僕が元いた世界価格
ポルテントチーネが、挙手した手をプルプルさせながらそう言いました。
同時に、ルアが天を仰ぎました。
そこまでのお金が準備出来ていなかったのでしょう。
そんなルアの様子を横目で見ながら、ポルテントチーネが勝ち誇った表情をその顔に浮かべました。
僕もルア同様に天井を仰ぎました。
「ルア工房さん、よろしいですですね?」
エレエが渋い顔をしながら確認してきました。
ルアは、歯ぎしりしながら、
「……あぁ、ルア工房はここで……」
そう口を開いていきました。
その時です
会場のドアが勢いよく開け放たれました。
同時に、会場中のみんなの視線がドアの方へと向けられました。