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住宅に挟まれた、赤い屋根の小さな一軒家へ、僕は逃げる様にして入った。
 すると、玄関にママの姿があった。
「お帰りなさい……って、あんた傘忘れたの ? ずぶ濡れじゃない」
「……ただいま。うん、別に大丈夫」
「ほら、風邪ひくから早く着替えなさい」
 僕は小さく頷き、その場を去ろうとする。そんな僕を、ママが呼び止めた。
「ねえ、その頬の傷……どうしたの ?」
「ああ、これ……滑って転んだだけだよ」
「もう、本当ドジなんだから……気をつけなさいよ。それと、最近学校はどう ? 上手くやってる ?」
 僕はママに小さく頷き、いい加減な反応をした。
「……そう、それなら良いわ。何かあったら、すぐに相談してね」
 僕の嘘に騙されて、ママは安心している。そうだこれでいいんだ。

 パジャマに着替え、僕は自室にこもった。
 学校で虐められている事を、ママに話す気は全く無い。だって、それを知ったら、家族はきっと悲しむから。それに、自分が上野家の恥晒しだと、自覚したくないから。だから僕は、今日クラスで笑い者にされた事も、イナズマ組に襲われた事も、一切話さなかった。
 今の状況を受け入れられない自分がいるから、必死に隠してしまうのだろう。でも、そんな辛い日々を忘れられる事が一つだけある。それは、漫画を描く事だ。
 
僕は学習机から、山積みの問題集を投げ捨てると、一冊のノートを開いた。そして、今日も頭に広がる世界を楽しく描く。
 こうして、自分の世界へ入り込む時だけが、僕の壊れそうな心を支えてくれているのだ。
 しかし、この大切な時間を邪魔してくる者がいる。


「飛華流ー、ゲームしようぜ」
 
 ドアが勢いよく開き、弟が部屋へ侵入してきた。こいつは、真誠(まこと)だ。弱々しい顔の僕とは似ても似つかない、フィリピン人風の美少年。

「駄目だ。今、忙しい……出て行って!」
「えー、やだっ !」
 僕は真誠に目も向けず、黙々と手を動かす。
 すると、真誠は僕の前へ、一枚の紙切れを出してくる。それは、赤丸だらけのテスト用紙だ。
「なあ、これ見ろよ ! 俺、百点取ったんだ。すげーだろ ?」
「はいはい、分かったから……どっか行って」
 僕は真誠の百点のテストを投げ捨て、深い溜息をついた。

「凄いのは、それだけじゃねーんだぜ。ピアノのコンクールで賞取ったし、体力賞も取ったんだ。それで、ママとパパにめっちゃ褒められて、ご褒美にゲーム買ってもらったし……。後、友達のママに、イケメンだって言われて……」
「もう、うるさいっ ! いい加減にしろよ。そんなの、全く凄くなんかないから……。早く出て行け !」
 真誠の自慢話を遮り、僕は大声で怒鳴った。

「ちぇっ……何だよ。本当は、俺の事が羨ましいんだろ」
 そう吐き捨て去って行った真誠の方を睨みつけ、僕は大粒の涙をこぼした。
 別に、全く羨ましくなんかないさ。与えられた事を、当たり前にこなすだけの凡人なんか、そこら辺に腐る程いるじゃないか。
 ママとパパは、真誠さえ居れば幸せなんだろうな。僕が居たって、人を不幸にするだけだ。やっぱり僕は、死ぬべき人間なんだ。

僕は席を立ち、ベッドへダイブする。
枕に顔を埋め、僕は号泣してしまった。日頃のストレスや不満が、目から全て流れ出て行く様だった。

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