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エピローグ(3)

 12月23日は祝日ですが、予備校の土曜講習がありました。
 授業が終わった5時過ぎにミカのスマホに電話が入りました。ノエルのお母さまからです。
「いよいよ、みたい...今夜から明日が山場だろうって、先生がおっしゃてました」
「わかりました。一度家に帰って支度して、そちらに向かいます」
 タイシくん、マイとタエコに、ひとこと告げて、ミカは家へと急ぎます。
「ヨッシーには言っとくから」とマイの声が後ろから聞こえました。

 家に帰ると、おじいちゃん、おばあちゃんに状況を告げて、部屋へ行き、念のため二泊三日分くらいの着替えなどをバッグにいれます。
 でかけようとするミカに、おじいちゃんが声をかけます。
「大丈夫かい、ミカは」
「...わからない。でも、行かなくっちゃ」
「くれぐれも」とおばあちゃん。
「わかった。ありがとう」

 ちょうど家の前を空車のタクシーが通りかかったので、止めて乗り込み、「付属病院、急いでお願いします」と告げます。
 5分くらいで着いて、7階のノエルの病室に向かいます。6時すこし過ぎに着きました。
 扉が閉じています。ノックして「ミカです」と言って中に入ります。
 ベッドサイドモニターが設置され、心電図、心拍数、脈拍などが表示されています。
「どんな...具合ですか?」とミカ。
「意識はまだあるようですけど、相当朦朧として、呼びかけに口を動かして反応するくらい」とお母さま。
 ベッドのすぐ横に行って、ノエルの顔をのぞきこみます。
 すやすやと眠っているようです。すっかりと白くなった顔が、さらに青白くなっています。
「長丁場になるかもしれない。外のコンビニで食べ物と飲み物を買ってこよう」とお父さまが言って出て行かれました。
 ミカは、おとうさんにメールをして、事情を説明しました。ほどなく返信メール。「気をたしかに持って」とのこと。

 夜8時頃、付き添い者用の簡易ベットが2つ、ノエルの病室に運び込まれました。
 先生の診察が終わった夜9時頃から、3人は交替で睡眠をとります。
 その晩のうちは、ノエルの容体は落ち着いていました。

 朝7時過ぎ、お母さまが朝食を買いに出て行かれました。
 ノエルは落ち着いているように見えますが、徐々に呼吸が弱くなっているようにも感じられます。
 お父さまが話します。ノエルの小さいころからの思い出話。何度も、何度も繰り返し話します。あたかもその話を続けている間は、ノエルが旅立たないですむかのように、話します。

 1階のカフェからミカが買ってきたサンドイッチとコーヒーのセットで昼食をすませます。

「ノエルもコーヒーはブラックだったわね」とお母さま。
 そんな声も、もうノエルには届いていないか、と思った次の瞬間。
「来てくれ。ノエルの口が動いて、なにか言おうとしているようだ」とベッドのすぐ脇にいたお父さまが二人を呼びます。
 かけよるお母さまとミカ。
 ノエルの口元に耳を近づけて聞き取ろうとするお父さま。
「ミ、カ...ミカさんを呼んでいる」
 お父さまと位置を入れ替わって、ミカがノエルの口元に耳を近づけます。
「ディー、エヌ、エー...『DNA』の曲が聴きたいの? 音源持ってくるね」
 ノエルの首がわずかに横に振れました。
「ちがうの? う、た、て...わたしが歌うの?」
 ノエルがかすかに首を縦に振りました。
「わたしがバンドで歌った曲を、歌って欲しいってことのようです」とミカが両親に言います。
「歌ってもいいですか?」
「ぜひ、聞かせてやってほしい」とお父さま。
「お願いします」とお母さま。

 とっさに頭に浮かんだのがCメロの歌詞。そこから歌い出します。

 歌っているミカの頬を涙が伝います。ノエルとの思い出があふれ出てきました。最後のほうは途切れ途切れになりながら、それでも歌い切りました。
 ノエルの口元に、かすかな笑みが浮かびました。満足したような表情です。

 ノエルが旅立ったのは、クリスマスイブの夜7時頃。ちょうど18才になったばかりでした。

 病室の隅っこに薄桃色のもやが漂い、天使が姿を現しました。
 指導天使様です。
 ノエルの最後を見届けて、消えました、
 ミカにもその場にいた誰にも、薄桃色のもやも、指導天使様も、見えませんでした。

--------- ◇ ------------------ ◇ ---------

 1か月半ほどが経ちました。

 今日は2月11日の日曜日。立春は過ぎましたが、まだまだ厳しい寒さです。
 ノエルの四十九日の法要が、葬儀が行われたメモリアルホールで行われました。
 参列したのは両親と親戚、友人代表としてタイシくんとミカ、あわせて15人でした。

 一連の儀式の最後が、会食となります。
 葬儀のときのことが話題になります。
 ご両親のすぐ隣に、ルミ女の制服姿の見かけない女の子が従っていたのを、親戚のみなさんが「なぜ?」といぶかしがったとのこと。あとでご両親から話をして納得しもらいました。
 告別式には、天高の制服の生徒に混じって、ルミ女の制服の子が4人いたこと。ミクッツの3人と軽音部代表としてマーちゃんが参列してくれたのです。
「ミカさんのご家族にも参列していただいて、本当にありがとう」とお母さま。
 お通夜におじいちゃんとおばあちゃん、告別式におとうさんが参列しました。
「タイシさんには、お通夜と告別式と、両方とも参列していただいて」とお母さま。
「今日も受験の真っ最中なのに、二人とも本当にありがとう」とお父さま。
「いえ、ノエルの願いとあっては、外すわけにはいきません、それにセンターが終わって、ちょど前期試験の前ですから」とタイシくん。
「告別式のときに流れたバンドの歌は、ミカさんが歌ったものなんですって?」とノエルの伯母さまが言います。
「はい。バンドや部の仲間といっしょに演奏した曲です」
 告別式で、これもノエルの願い、ということで「1/2」と「あなたがいま、いる」と「DNA」が流されました。

 法要が終わって、会場を離れようとするとき、ミカはお母さまに呼び止められました。お父さまと並んでいるところに行きます。
「ミカさん。本当にありがとうございました。ノエルの最後に、ここまでつき合ってくださって」とお母さま。
「いえ、何のお役にも立てなくて」
「そんなことないわ。あなたがいらっしゃらなければ...」お母さまが少し声をつまらせます。
「...ごめんなさい。それで、言いたかったのは、今日で四十九日が終わりました。ひとつの区切りです、ということ」
「はい」
「家族のように、というのは、今日で終わり」
「でも、わたしは...」
「お願い。あなたはもうノエルから解放されてください。そうしないと、ノエルも解放されなくて、いつまでもこの世に未練を残すことになるかもしれません」
「はい」
「これからは、あなた自身の将来のために、自分の時間を使ってください」
「わかりました。でもお墓参りくらいは、いいですよね」
「あの子も喜ぶでしょう。あちらの、タイシさんといっしょだと、なお喜ぶと思いますよ」

 季節は変わって、4月になりました。

 マイこと坂上麻衣は、私立M大学の文学部に進学することになり、東京に旅立ちました。
 タエコこと内田多恵子は、当初の予定とおり私立SH大学の情報工学科で勉強しながら、夜間にゲームの学校に通うことで、これも東京に旅立ちました。
 ヨッシーこと吉野未来は念願かなって国立天歌大学の法学部に合格しました。晴れてタエコ兄の後輩になったのです。

 ミクこと鷹司美紅は東京の私立K大学の教育学部に進みました。
 マーちゃんこと早川纏衣は県立T大学の理工学部に、リツコこと富山律子は東京の私立J女子大学に、それぞれ進学しました。
 ナッチこと堀家奈智は、東京の音楽専門学校に進み、プロへの道に挑戦します。

 タイシくんは、天大医学部に入学。医師の卵として6年間の学生生活を始めました。

 みんな順調です。

 でも、受験はそんな甘いものではありません。
 ミカは天大医学部をみごとに不合格となり、「花の浪人生」の生活を天歌市で始めることになりました。

 そして...さらに時が進んで次の年の夏。

 8月初めの日、ミクを加えたミクッツの5人は、お昼時に「JUJU」に集まりました。ミクは親戚の家に泊まって1週間ほどを天歌市で過ごしています。
 バーガーのセットを食べながら、近況報告をします。2年生になった4人と、そして天大医学部医学科の1年生となったミカ。
 LINEでやりとりはしていますが、やはり実際に会うと、話がはずみます。勉強のこと、学生生活...

「母親に連絡して、この前東京で会ったんだ」とマイ。
「両親離婚したとき以来だから、10年近く会ってなかったことになる」
「お元気そうだった?」とヨッシー。
「うん。相変わらずのキャリアでバリバリやってるみたい」
「よかったね」とミカ。
「ミカがお父様のこと話してくれたんで、私も思い切ることができた」とマイ。

 そして話題は自然に恋愛のことになります。

 ヨッシーは、カテキョーで支えてくれたタエコ兄、ケイイチさんとつき合っています。タエコが「義姉候補」と言います。
「お兄さまも弁護士志望だよね」とマイ。
「法科大学院も考えているようだけれど、7月に予備試験の2次の論文式試験を受けて結果待ち。3次の口述試験まで進んで受かれば、司法試験の受験資格が得られる」とヨッシー。
「二人で事務所開くのも夢じゃないね」とミカ。
「うん。がんばりたい」

 タエコは、ゲームの専門学校に気になる男子がいます。ゲーム制作の腕前は相当なもので、クラスの中で彼とタエコが二大巨頭。
「クラス以外でも会って話すようになった」。
「いい感じ?」とヨッシー。
「推して知るべし」とタエコ。

 マイは、いまのところ勉学一本。恋愛らしき話はありません。
「でもね、修士の先輩で、気になっている人はいる。いろいろと親身に相談に乗ってくれる」
「好きなの?」とヨッシー。
「どうだろう。いまのところは、憧れ、だと思う。学問に向き合う姿勢やら、価値観やら...わからないな」とマイ。

 ミクは特定の人はいないようです。
「私はさあ、やっぱり『特定のヒト』って柄じゃないのかなあ。相変わらず『博愛主義』でやってるよ」

 ここまで話をしているところに、半澤さんがトレーと持ってやってきます。お店からの「ミニチョコレートサンデー」。
「ひさしぶりに揃って顔を見せてくれたお礼。お代は...」
「店長、それ、パワハラですよ」とヨッシー。彼女はまだ、「JUJU」のバイトに入っています。

「ミカは『同志』がいるんだよね」とマイ。
「そう、『ダチ』の代わりに『同志』ができた」とヨッシー。
「うるわしき同志愛」とタエコ。
「仲良し?」とミク。
「うん。学校でも会うし、学外でもときどき会っている」とミカ。

 1時50分頃に「JUJU」を出ました。タエコとミク以外はみんな楽器を持っています。
 これから「ソヌス」へ行ってスタジオセッションをやることになっています。

「エンジェル」ライブのときと同じオーダーです。
 1曲目は「YOU MAY DREAM」。ミクがボーカルです。
 2曲目、3曲目の「天使のメッセージ」「1/2」はミカがボーカル。
 4曲目は、マイの弾き語りで「愛の才能」。東京でも時々練習していたらしく、腕が鈍っているどころか、さらに磨きがかかっているようです。
 5曲目は、ミカのボーカルで「あなたがいま、いる」。みんな、しんみりとします。
 6曲目は「Diamonds」。本当に久しぶりのミクとヨッシーの2声の掛け合いです。
 そして最後の曲、「どぅ?」。ミカとミクがいっしょにボーカルをします。

「ソヌス」オーナーの戸松さんにとって、「ミクッツ」は、自分の娘のような存在でした。よちよち歩きの状態からワンマンライブをやれるようになるまで、その成長をライブで、そしてなによりもこのスタジオで見守ってきたからです。
 久しぶりに「娘たち」が帰省して、懐かしい演奏を聞かせてくれました。

「ミクがこちらにいるうちに、もう一度会おうよ」とスタジオを出たところでマイ。
「そうだね。みんなで海にでも行こっか?」とミク。
「賛成」とヨッシー。
「じゃまた、LINEで」とマイ。

 みんなと別れると、ミカはかつてノエルと待ち合わせしたことのある、駅前の大型書店に向かいました。

 大学に入学してから、ミカはときどき、背中に不思議な感覚を覚えるようになりました。決して不快な感じではありません。逆に、嬉しいような、懐かしいような気持ちにさせられます。

 書店に入ります。医学書のコーナーにタイシくんの姿が見えました。

 ミカの背中の肩甲骨のあたりがムズムズしたような気がしました。


<完>

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