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1章 死亡

 私の名前は斎藤茜。昨日まではごくごく普通のOLだった。

 どうして昨日までがついているかというと、私は死んでしまったのだ。死亡理由は過労死。一日20時間にも及ぶ労働を年中無休で続けていたため、勤務中に倒れることとなる。

 どんなにタフな体であったとしても、20*365=7300時間はさすがに働きすぎである。社内で超人選手権大会を開催しているかのようだ。

 ブラック企業に有給などというものは存在しない。社員は半年経過後も、1日20時間労働を続けることとなった。

 人間の感覚というのは、時間の経過とともにくるってくる。最初は1日20時間勤務をおかしいと感じていても、続けているうちに標準であると感じるようになる。人間の脳の補正というのは、恐ろしさすら感じる。痛さを感じているうちが、華なのかもしれない。

 人間の限界を突破した労働環境ゆえに、過労で倒れるものが続出。誰一人として助かることはなく、あの世に旅立っていくこととなった。茜の会社では過労で倒れる=あの世への旅立ちとなっていた。

 誰一人として助からなかったのには、大きな理由がある。茜の勤めていた会社は命令系統が5つもあり、トップに伝わるまでに二時間以上を要する。命令はトップダウン方式であるため、トップの許可を得なければ動けないシステムなのである。

 個人で勝手に動いたものについては、24時間勤務というペナルティーを課される。一日に与えられているわずかな休憩時間すら、失われることになる。

 24時間勤務を命じられた社員は、数日としないうちにあの世に旅立った。わずか4時間であったとしても、休憩を取ることは重要なのかもしれない。

 理不尽ともいえるシステムを採用しているのは、過労で倒れたことをペラペラとしゃべらせないためだといわれている。近年は労働基準所がうるさいので、社員の口封じをする必要がある。病気にかかった社員は必ず殺せと、トップから命令されていると考えるのが自然だ。

 社員はいかされていたとしても、自分の口からいうものはいないと思われる。仕事時間は完全にブラックであるものの、待遇面は非常に優れているからだ。人間という生き物は、待遇さえよければ、多少の理不尽は我慢できる生き物なのである。

 茜の勤めていた企業の給料は手取りで500万円。年収だと思う人もいるだろうけど、これは月収である。平社員に一カ月で500万の給料を払う会社は、どこを探しても見当たらない。

 500万円というのは雇用保険、社会保険、厚生年金などを差し引かれた後の金額であり、実際の収入はさらに多かった。税金などを考慮すると、600万以上になるのではなかろうか。

 継続年数による昇給も実施されており、1年間ごとに手取り額が15万円ずつアップする。1年あたりの昇給額は、高卒の給料を上回っている。

 高額な給料に加えて、賞与が年に2回支給される。合計金額は手取りで2000万近くもあった。控除されている金額を踏まえると、実金額は2500万くらいになるのではなかろうか。

 ボーナスは1年につき、200万円ずつ増えていった。月収と合わせると、1年間で380万円も昇級していたことになる。非正規雇用の数年分の給料が、一年ごとに昇給していたことになる。

 アカネの勤めていた会社は、時間は完全にブラックであったものの、給与については、完全にホワイトだった。20代の社員に手取りで、8000万以上を払う企業なんて、どこを探してもない。お金だけでいうならナンバーワン企業といえよう。

 これだけの給料を出せるのは、社長の手腕によるところが大きい。いろいろなものに投資しては、大儲けしていた。成率があまりに高いからか、社内では未来からやってきた、宇宙人ではないかといわれるほどだった。

 一回当たりの金額も非常に大きく、一兆円以上になることも珍しくなかった。ギャンブルだけで生計を立てられる数少ない人間といえるのではなかろうか。

 ギャンブルだけで十分に生きていけるのに、会社を経営しようと思ったのはどうしてなのだろうか。他人を奴隷のように扱う、趣味があったのかもしれない。

 給料だけでなく福利厚生も優れていた。社内には大浴場、睡眠室などが設置されていた。旅館を思わせるような豪華さで、しばしの休憩を取ることができた。

 社員食堂もあり、高級肉やフォアグラなどをタダで食べることができた。生きているうちにおいしいものを食べておけよ、といわんばかりのメニューがずらりと並べられていた。

 社員食堂は完全無料。どんなに食べたとしても、費用は会社負担となるシステムだった。これ
についても優遇されているといえる。

 20時間勤務の負担を軽減するための、ドリンクが支給された。こちらについても、会社の負担となっていた。

 年間に8000万円以上をもらっていたものの、仕事は1日で20時間勤務。買い物に行く時間は皆無なので、残高だけが増え続けていた。通帳を確認していないものの、残高は3億8000万円ほどあると思われる。

 残金はどこにいくのかはわからないけど、親元に行く確率が非常に高い。娘の命を奪った、慰謝料としては十分な金額といえるのではなかろうか。

 あの世に旅立ってしまった女性は、天から地上を見つめる。地球界では目まぐるしく人が行き来した。その様子を見て、自分もあの中にいられたらいいのにと思った。お金のために、命を犠牲にしたことを悔やんだ。どんなに高い給料をもらっていたとしても、あの世に旅立ってしまえ
ばどうしようもない。

 あの世に旅立ってしまったことで、デザイナーになる夢も潰えてしまった。夢をかなえられなかったとしても、一度くらいは挑戦してみたかった。夢をかなえることはできなくても、挑戦する権利は誰にもある。

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