バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

5号店と食堂と高級食堂 その5

 この日、ファラさんとの仕入交渉を敗北で終えたドンタコスゥコですが、
「まぁ、それはそれとしてですねぇ、プレオープンのお祝いをさせていただきたいのですよねぇ」
 そう言って、僕達を夕食に誘ってくれました。
 事前にスアに言ってなかったなぁ、と思った僕なのですがそれを察したドンタコスゥコが
「なんでしたらご家族もご一緒してくださって構わないですねぇ」
 そう言ってくれまして、急ぎスアに思念波で連絡をしてみたところ、数分もたたないうちにスアをはじめとした僕の家族全員が転移ドアをくぐってナカンコンベへとやってきました。
 5号店の店員みんなにも声をかけたところ、シャルンエッセンス・トルソナ達3姉妹・グリアーナ・ジナバレアの5号店勢6人に加えておもてなし商会のファラさんも参加しました。
 パン工房のテンテンコウは、ブラコンベにあるおもてなし食堂エンテン亭の仕事があるのでそちらへ。
 ルービアスは、食事会の会場で出される酒がスアビールでないとわかるやいなや
「あ、私ちょっと用事を思い出しましてぇ……」
 そう言いながらガタコンベへと戻っていきました。
 まぁ、スアビールが好き過ぎるもんですから、名前をスアビールを逆から読んだルービアスって僕が命名したんですけど、その名前を喜びまくるくらいにスアビールを愛して止まない、一日一度はスアビールを飲まないと死んでしまう~自己申告~ほど、スアビールが大好きなルービアスですから、まぁ仕方ありません。恐らく今日もガタコンベのおもてなし酒場で1人スアビールを堪能していることでしょう。

 とまぁ、そんなわけでドンタコスゥコに案内されて僕達は近くの酒場へと移動していきました。
 この酒場は店内が非常に明るくなっていて店内の雰囲気が非常によく、治安がいいためか女性冒険者だけのグループも結構多いです。
 ドンタコスゥコは、ワイワイ楽しげな話し声が飛び交っている店内のど真ん中の席に僕達を案内してくれました。
「さぁさぁ、今日はコンビニおもてなし5号店の連日大盛況のお祝いですからねぇ、みんなでしっかり食べて飲んでくださいですねぇ」
 僕達が席に着くなり、ドンタコスゥコは椅子の上に立ちあがり店内全てに聞こえるように大きな声でそう言いました。
「おいおいドンタコスゥコ、そんなに大きな声をださなくても……」
 僕は苦笑しながらドンタコスゥコの服を引っ張りました。
 ドンタコスゥコは、そんな僕に『いいからいいから』と言わんばかりにクスクス笑っています。
 すると程なくして酒場の中がざわつき始めました。
「ほぉ……あそこにいるのが噂のコンビニおもてなしの店員達か……」
「へぇ……大盛況なんだ……なかなかやるねぇ」
「こりゃ一度覗いてみないといかんですなぁ」
 そんな声が店内のいたるところから聞こえて来ます。
 どうやらドンタコスゥコは、これを狙ってわざと大きな声をあげたのでしょう。

 この世界で、一番の情報伝達手段は口コミです。
 今のコンビニおもてなしが盛況なのも、事前販売の噂が口コミで広がったおかげでもあります。
 そして、この世界で一番情報が集まる場所というのは、こういった酒場であると言っても過言ではありません。冒険者組合や商店街組合にも情報が集まってはいますが、それらの組合には組合員しか立ち入ることが出来ないなどの制約があるため情報の伝達が偏ってしまいます。
 ですが、酒場は違います。
 誰でも出入り出来ますし、誰でも話をすることが出来ます。
 そのため、色んな情報が飛び交うわけです。
 当然、真贋謀りかねる噂が飛び交うわけですけど、それらの情報はあっという間に口コミで街中に広がっていきます。
 おもてなし酒場を運営しているコンビニおもてなしですが、おもてなし酒場のあるガタコンベとブラコンベでは街中の情報をかなり手広く収集することが出来ていますしね。
 ブラコンベの酒場では元シャルンエッセンス家のメイド達が、ガタコンベの酒場ではイエロとセーテンが、お客さん達と酒を酌み交わしながらあれこれ話を聞き出してくれているおかげです。
 その情報を元にして商品展開を考えたり、逆にコンビニおもてなしのセールの情報を流してもらったり、と、あれこれ活用させてもらっている次第です。

 この後も、ドンタコスゥコは
「いやぁ、この店の酒も美味しいですけどねぇ、コンビニおもてなしのスアビールはまた格別なんですよねぇ」
「いやぁ、この店の料理も美味しいですけどねぇ、コンビニおもてなしの弁当はまた格別なんですよねぇ」
 と、事あるごとに椅子の上に立って、コンビニおもてなしを褒め称えてくれました。
 さすがに店の飲み物や食べ物のことまであれこれ言っちゃったら、店の人に怒られるんじゃないかと思ったりしたのですが……あとでわかったのですが、このお店、ドンタコスゥコ商会の系列店だったんですよね。
「ウチの店がですねぇ、儲けと情報収集のために経営しているお店なんですよねぇ」
 ドンタコスゥコは、こそっと小声でそう教えてくれました。
 おそらくですが、ドンタコスゥコ的な開店祝いもかねて酒場でこうやって宣伝をしてくれているってことなんでしょう。
 そんなドンタコスゥコに心の中で感謝していた僕なんですけど、
「ところで店長さん、物は相談なのですがねぇ……この店にスアビールをですねぇ……」
 そんな僕にドンタコスゥコが揉み手をしながら話しかけてきました。
 で、そこにすかさずファラさんが割り込んできまして、
「はいはいドンちゃん、卸売りの相談はこのファラを通してもらわないとねぇ」
 そう言いながら、ドンタコスゥコの顔に自らの顔を押し当てていきました。
 うん、こういったところはさすがファラさんといいますか……
 その後、ドンタコスゥコとファラさんが本日2回目の卸売り値段交渉を突発的に始めてしまったのですが、
「あとこれくらいは値引きしていただきたいもんですねぇ」
「いいえ、人気のスアビールだけにむしろこれくらい上乗せさせていただきますよ」
 顔をつきあわせながら大声で言い合いをするドンタコスゥコとファラさんを、いつのまにか店のお客さん達が取り囲んでやんややんやの大歓声を送っていました。
 で、僕達はその光景を横目に見ながら美味しい料理を頂きました、はい。

◇◇

 翌朝。
 僕は、この世界での一番の情報伝達手段が口コミだということを改めて実感していました。
 ピアーグで弁当作成を終えて5号店へと戻った僕とライへの前には、昨日の2倍どころか、軽く5倍を越える大量のお客さんが開店前の店の入り口前に列を成している光景が飛び込んできました。
 昨日来店した人達からの噂を聞きつけた人々が集まっているにしては多すぎな気がします。
 これはやはり、昨夜の酒場での出来事によって広まった噂を聞きつけた皆さんが店に集まった結果なのでしょう。
 店内に戻った僕は、
「みんな、少し早いけど開店するから、急いで準備してくれるかい?」
 そう店内で作業をしているみんなに向かって声をかけました。
 すると、外の様子からそうなることを推測していた店長補佐のシャルンエッセンスが、すでにその方向で準備を進めてくれていたおかげで、店内は弁当さえ陳列してしまえばすぐにでも開店出来るように準備が整っていました。
「ありがとうシャルンエッセンス、助かるよ」
「そんな、リョウイチお兄さ……あ、いえ、店長様のためでしたらこれくらいなんでもありませんわ」
 勤務時間のため、僕の呼称を言い直したシャルンエッセンスは、にっこり笑いながら弁当の陳列を手伝ってくれました。
 入り口前には、今日のお客さん誘導係のグリアーナが誘導灯片手に腕組みをしていまして、早くも臨戦態勢に入っています。
 そんな中、弁当を陳列し終えた僕は、シャルンエッセンスと一緒に開店前の店内を再点検してまわりました。
「……よし、問題なし。じゃ、開店しよう!」
「「「はい!」」」
 僕の声に、店内の皆が元気に返事をしてくれました。
 同時にグリアーナが店の扉に手をかけ、
「よっしゃ、開けるぜぇ!」
 気合いを入れながら戸を開けていきました。
 同時に、大量のお客さんが店内に入ってきます。
 グリアーナは、そんなお客さん達にすかさず誘導灯を振っていき、
「はい、走らないで、慌てないで、一列になってお入りくださいよぉ」
 そう、声をかけています。
 店の前には、昨日に引き続きジナバレアがリヤカー屋台で弁当販売を行っていまして、そっちにも列が出来始めていました。ちなみに、今日のシャツには『商売繁盛金もってっこい』と書かれています。
 こうして今日も、コンビニおもてなし5号店は大勢のお客様の来店とともに営業を開始していきました。

 そんな中、
「て、店長さん、た、大変なんです!」
 そう言いながら店に一人の女の子が駆け込んできました。
 よく見ると、それはピアーグのマーリアです。
「ど、どうしたんだいマーリア?」
「そ、それがですね……ぴ、ピアーグが大変なんです」
 マーリアは、今にも泣きそうな顔をしながら僕の前に駆け寄ってきました。

しおり