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描かない絵師

「お悩み相談……?」

「ええ、幾分生徒個々のパーソナルな部分に踏み込むことになるかとは思いますが、いきなり大きなことを行うよりも小さなこと、細かいことの相談に乗ってあげるのが良いかと思われます」

「うんうん」

「まあ、小さい、細かいというのは些か言い方が悪いかもしれません。それぞれにとっては大きな問題でしょうしね。要は将愉会という会が、生徒に寄り添う会であるということを前面にアピールすることが出来ればと思いまして……」

「分かった。そういうことなら『学園生活のこと、何でも気軽にご相談下さい』って文言をサイトに加えてもらって構わないよ」

「分かりました。ではそのようにすすめます」

 葵からの了承を得た爽は自分の座席に戻った。サイトとは、爽が立ち上げた『将軍と愉快な仲間たちが学園生活を大いに盛り上げる会』、通称『将愉会』のウェブサイトである。学内ネットの瓦版や、各掲示板に張り出したチラシだけでは会の宣伝が不十分ではないかという話になり、サイトを立ち上げることとなった。

「超のつく問題児、赤宿進之助をまともに登校させるということに将愉会が関わっていたということはそれなりの宣伝材料になったかと思ったが、やはりまだまだ地道な宣伝活動は欠かせないか」

「そうですね、毎日そうそう依頼があるという訳でもありませんし……」

景元の何気ない呟きに、情報端末を手際良く操作しながら爽が反応した。

「わたくしとしては、活動の拠点となる場所が欲しいですわね。教室での活動というのもやや味気ないですし。若下野さんもそう思いませんこと?」

「ああ、まあ正直それは少し思うかな」

 小霧の問いかけに葵は苦笑気味に答えた。

「……一応、学園の方にも掛け合ってみましたが、空いている教室は今の所無いようですね。ただ、当てはない訳ではないのでその点に関してはもう少しお待ち下さい」

「サワっち、当てがあるんだ?」

「過度の期待はしないで頂きたい所ではありますが……」

 爽は片手で眼鏡を直しながら、葵に返事した。そこに秀吾郎が戻ってきた。

「只今戻りました」

「ご苦労さま。本日は何かご依頼はあった?」

「……一通ありました」

 秀吾郎が折りたたまれた紙を掲げた。

「お、どれどれ見せて」

葵は秀吾郎から受け取った紙を広げ、その内容に目を通す。

「う、う~ん」

「如何しました? どのような内容でしたか?」

 爽が葵に問いかける。葵は紙を彼女に手渡す。

「これは……」

「それも個人的なお悩み相談……なのかな?」

 葵は首を傾げる。



 約十分後、葵と爽と小霧の三人は美術室に来ていた。

「ま、まさか上様にわざわざご足労頂くとは……」

「いや、全然大丈夫ですからそんなにお気になさらず。本題に入りましょう」

 ひたすら恐縮しきりの男子生徒を葵が落ち着かせる。話が前に進まないためだ。ようやく落ち着いたところを見計らって、爽が切り出す。

「では美術部部長、三年生の川村さん……改めて御相談の内容をお聞かせ頂いても宜しいでしょうか?」

「は、はい……『描かない絵師に絵を描かせて欲しい』のです!」

 懇願するような川村の物言いに小霧が訝しげな視線を送りながら答える。

「それは我が学園に関係のあることなんですの?」

「え、ええ! それは勿論です!」

「この学園で絵師というと……この方のことですか?」

 爽が端末を操作し、ある男子生徒の画像を表示する。橙色の髪の色をした派手な男である。学園の登録データ用写真の為か、一応制服を着て映ってはいるが、不遜な雰囲気は隠し切れてはいない。

「そ、そうです! 彼です!」

「橙谷弾七(とうやだんしち)……三年へ組。『天才高校生浮世絵師』として、数年前華々しく画壇にデビューし、この数年間で多くの傑作を世に送り出しました。例えば……こちらの『山手線三十景』などの風景画や、『涼紫獅源』など役者絵が有名ですね」

 端末を葵たちに見せながら、爽が簡単に説明を加える。

「うわぁ、当たり前だけどすごく上手だね。色使いも大胆かつ繊細というか……このアキバのメイドさんの浮世絵は私も見たことあるよ。」

「そういえばこの学園の生徒でしたわね。……でも話をよく聞いたのはわたくしが中等部の頃だったかと思うのですが?」

「今年で三年生三年目……所謂「トリプる」ってやつですね」

「二年後輩の僕が同級生になっちゃいました……ははは……」

「というか部活に入っていたんですのね。少々意外でしたわ」

「部の宣伝になるということで当時の部長が熱心に勧誘したと聞いています」

「『描かない』というのは……?」

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