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結人と夜月の過去 ~小学校三年生⑦~



ここからの3人の会話は――――夜月と結人にとっては、知る由もない話である。

理玖、未来、悠斗は、今いる場所から30メートル程離れたところまで移動した。
先頭に立っていた理玖は身体の向きを180度回転させ、未来、悠斗に向き合う形をとる。 二人の後方には、夜月と結人の姿。
夜月はランドセルを地面に置き、桜の木にもたれながら俯き何か考え込んでいる。 
結人はそんな彼と二人きりでいることが気まずいのか、どこに目をやったらいいのか分からずそわそわとした態度をとっていた。
理玖は彼らに話し声が聞こえない距離だと確認すると、目の前にいる未来に向かって苦笑いをしながら口を開く。
「えっと・・・未来。 もっと僕のこと、怒ってもいいんだよ?」
その言葉を聞くと少し険しい表情を見せるが、すぐに目をそらした。
「・・・いいよ。 怒っても、意味がないんだし」
明らかに機嫌悪そうな未来を前にして理玖は思わず口を噤んでしまうが、これ以上気まずい空気を作らないようにと思ったのか、悠斗が二人の間に口を挟む。
「理玖は、横浜に戻ってくるの?」
それにはすぐさま頷き、自信あり気に大きめな声で答えを返した。
「当たり前! いつになるのかは分からないけど、絶対! ・・・大人になったら、戻ってくるつもりでいる。 もちろん、みんなに会いにね」
「「・・・」」
“大人になったら”というのは、おそらく成人してからのことだろう。 今はまだ9歳である未来と悠斗にとっては、それは10年以上先の言葉でしかない。
そんな明確でもない理玖の発言に、何という返事をしたらいいのか二人には分からなかった。 そして――――黙り込む彼らを前にして、続けて言葉を綴る。
「二人はさ。 本当に、仲がいいよね。 ・・・ずっと羨ましかったんだ、二人の関係が」
「俺たちの関係って、幼馴染のことか?」
未来の質問に、静かに首を横に振った。 そして二人のことを憧れるような目で交互に見つめながら、続きの言葉を口にしていく。

「ううん、違う。 自然と二人、揃うことが。 未来の隣にはいつの間にか悠斗がいて、悠斗の隣にはいつの間にか未来がいる。 そんな関係が・・・羨ましかった」

「でもそれは、理玖や夜月だって」
悠斗の発言に対しても、寂しそうな表情をしながらまたもや首を横に振ってきた。
「昔はね。 ・・・でも、今の僕たちは違う。 最近は僕ばかりが、夜月のところへ行っていたから」
「「・・・」」
“行っていたから”という言葉が、さり気なく過去形になっていることに、二人は何も言えなくなる。
「だから、羨ましかった。 憧れだった。 でも今更、僕と夜月が昔の関係に戻ったとしても・・・二人には勝てない」
「どうして・・・?」
「二人は凄いよ! よく些細なことで喧嘩しているのに、すぐに仲直りするし。 互いのこと、よく分かっているし。 ・・・だからさ」
「「?」」
そこで理玖は一度改め、二人と目を合わせた。 そして優しい表情を作り、自分の想いを紡いでいく。

「二人は僕と夜月の分まで、この先もずっと、仲よしのままでいて。 僕たちは、凄く仲がいい関係までにはいかなかった。 
 だから僕たちの分まで、二人はこれからもずっと一緒にいて!」

あまりにも優しい表情で言われた未来たちは、つい圧倒され小さく頷いた。 その行為を確認すると、次に理玖の表情は苦笑へと変わる。
「それとさ。 前に、二人に言ったこと・・・本当になりそうだね」
「え?」
悠斗が聞き返すと、涙が溢れ出すのを必死に堪えながら震える声で口にした。

「僕が夜月の隣にいるんじゃなくて、結人が夜月の隣にいた方が絶対にいいって、前まではずっと思っていた。 ・・・でもそれが、もう実現しちゃうんだよ」

それを聞いて、悠斗は自分の気持ちを素直に伝える。
「でも僕は、理玖と夜月が二人でいる方が見ていて楽しそうだし、好きだよ」
「ははっ・・・。 ありがとう、悠斗」
優しい気遣いに心が痛んだのか少し苦しそうな表情を浮かべると、今度は未来がある一つのことを尋ねてみた。
「理玖は夜月とユイが一緒にいるところを見て、どう思うんだよ?」
その質問を聞いた途端――――理玖は堪え切ることができず、ついに涙を流してしまう。 そして震える身体を抑え込むように、両手に力を入れて力強く言葉を返した。

「悔しいよ! 結人に夜月を取られること・・・凄く悔しいよ。 でもこの方が、夜月にとって・・・きっと幸せなんだよな」

「理玖・・・」
最後の言葉を眩しい程の笑顔で放ってきた理玖に、思わず何も言えなくなる未来。 彼は今きっと、相当無理をしているのだろう。 

だってその笑顔には――――悲しみや憎しみといった、悪い気持ちも込められていたからだ。

「二人にさ。 頼みたいことがあるんだ」
「何?」
そしてなおも涙を流し続けながら、二人に頼み事を告げていく。
「夜月と結人のこと、これからもずっと温かく見守っていてほしい。 二人の距離は、これからも今と変わらないのかもしれない。 見ていて苦しくなるのかもしれない。
 それでも最後まで、見守っていてほしい」
「うん、分かったよ」
「理玖!」
「何?」
頼みを笑顔で受け入れる悠斗に、名を大きな声で叫んだ未来。 未来は理玖が自分の方へ意識を向けたことを確認すると、力強い口調で言葉を発していく。
「また、横浜には戻ってくるんだよな!」
「うん、もちろん。 いつになるのかは分からないけど、絶対に戻ってくる」
「だったら」
「?」
ここで一度口を閉じその場で少し足を開いて、理玖に向かって人差し指を突き出した。 そして少し睨み付けながら、少し怒鳴り口調で続きの言葉を口にする。

「次理玖が俺たちの前に現れた時、見せ付けてやるよ! 
 俺と悠斗はどんな困難にぶつかっても一緒に立ち向かって、たとえどんな大きいことで喧嘩をしたとしてもずっと俺たちは一緒にいるっていうこと、
 理玖に見せ付けて証明してやる!」

「未来・・・」
「そして、もう一つ」
「?」
理玖がなおも涙を流し続けている中、未来は腕を下ろし涙が溢れ出るのを堪えたまま、自分の意志を告げていった。

「理玖が横浜に戻ってくるまでに、夜月とユイを和解させてやる! 
 夜月とユイの仲を、昔の理玖と夜月のような仲にさせて、二人がすっげぇ仲よくなったところを理玖に見せ付けて嫉妬させてやる! 
 これが今まで、俺たちに転校することを黙っていた罰だ!」

「ッ・・・。 ・・・いいよ。 これが、言わなかった罰だな」
未来に一方的に言われたのだが、これが罰だと言われたら何も反論ができなくなったのか、素直に受け入れる理玖。 
本当は嫌な気持ちでいっぱいなのに、ここは自分を抑え二人に向かって一つの嘘を口にした。
「確かに、夜月と結人が仲よくなってくれるのは本望だけど・・・すっごく嫌だ。 ・・・でもこれは罰として受け入れるから、ちゃんと二人を仲よくさせておけよ」
『ちゃんと仲よくさせておけよ』とは言ったものの――――本当は、仲よくなってほしくなかった。 だけどこれが罰だと言われれば、何も言うことができない。
「当たり前だ! これで逃げて、許されるとは思うなよ」
「おう」
そして――――理玖は二人に向かって堂々と涙を見せながら、最後に自分の気持ちを伝えた。

「未来、悠斗。 ・・・本当に、ありがとう。 二人のこと、大好きだぜ」


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