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第二十七話『行方不明届けと届かぬ思い』

 代々木家との交流会は、午後二時を目途に終了となった。
 前回とは違いたっぷり遊べたからか、ルインも鈴花も笑顔でお別れをすることができた。二人は互いの姿が見えなくなるまで手を振り合い、最後は大きな声で「またね」と言い合っていた。

 喫茶店へと向かう道中もルインは楽しそうで、ニコニコとスキップしていた。
 「ルイン、楽しかったか?」
 「うん! パパもママも、ありがとう!」
 「私も楓さんと仲良くなれましたし、また皆で遊びたいですね」
 魔王探しがどれほど掛かるかは分からないが、ここから数日はルインのお留守番が増える。今回のことがその埋め合わせになるならお安い御用だ。

 「……エリシャ、留守のことはいつ話そう?」
 「喫茶店を出て、家に戻ってからがいいかと。せっかく楽しい気分になってますから、せめて帰るまでは悲しませないようにしましょう」
 「…………だな」
 こっそり耳打ちしていると、ルインがキョトンとした顔で俺たちを見上げた。話の内容は聞こえなかったようで、無邪気に笑みを浮かべてまたスキップし始めた。

 三人で手を繋ぎ歩いていると、通りの先に喫茶店が見えてきた。だが今日はいつも外に出ているおすすめメニューの板が無く、ガラス窓にはカーテンが引かれていた。入り口には張り紙があり、そこには臨時休業と書かれていた。
 「臨時休業……、何かあったのかな?」
 「パパ、りんじきゅうぎょうってなに?」
 「簡単に言うと、急な用事ができてお店をお休みするってことだよ。残念だけど、今日のところは別のとこにしようか」
 「むぅ……、ざんねん」
 仕方ないと歩き出すと、カランと音を立てて喫茶店の入り口が開いた。そこから出てきたのは店のマスターで、張り紙に使うような紙束を持っていた。まだ俺たちに気づいていないようだったので挨拶すると、ハッと顔を上げて挨拶を返してくれた。

 「あぁ、煉太君たちか。こんにちは」
 「マスター、今日はお休みみたいですけど、何かあったんですか?」
 「……まぁそうだね。ちょっと言いづらいことなんだが、せっかくだし煉太君たちには事情を話しておこうか」
 そう言うとマスターは、手に持っていた紙を渡してくれた。一見してまず目に入り込んできたのは行方不明という物騒な文字で、すぐ下にはどこか見覚えのある女子高生の写真が載っていた。

 「その子は私の親友の孫娘でね。名前は未来って書いてミクルという。数日前から行方不明になっているそうで、私も今から探しに出るところだ」
 「この子が……ですか」
 「父と母が不仲らしくて、それが原因の家出じゃないかって話しだ。警察の方にも捜索をお願いしたそうなんだけど、まだ見つからないからこの張り紙を配ってるんだ」
 マスターは「せっかく来たのに悪いね」と言い、ポケットから車の鍵を取り出した。
 「ここら近辺の子じゃないから見たことないだろうけど、何か情報があれば教えて欲しい。連絡先はその紙に載っているから、どうかよろしく頼むよ」
 去っていくマスターを見送り、エリシャと張り紙の写真を見つめた。そして行方不明の女子高生が、俺たちの追っている人物だと再確認した。
 知り合いが巻き込まれたせいか、事態のひっ迫感がより迫ってくるようだった。

 俺は急いで帰ることに決め、ルインの手を引いて帰路を目指した。
 「あっ、あれ? パパ、ほかのおみせによるんじゃないの?」
 「また今度にしよう。その時は、ルインが好きな物を食べさせてあげるから」
 「う……うん、わかった」
 そうしてアパートへとだいぶ近づいたころ、ハラハラと雪が降ってきた。ついさっきまで晴れ間が広がっていたので、ずいぶんと急な天候の変化だ。朝に見た予報でも、今日一日はずっと晴れだったはずだ。
 (……この前も降ったのに、今年はずいぶんと雪が多いな)
 まるで天気が魔王の味方をし、俺たちの行動を邪魔しているようだった。

 無事アパートへ帰宅すると、ルインは防寒着を脱いでリビングのソファへと走っていった。そしてその上にピョンと乗り、クッションをポンポンと叩いて俺たちを呼んだ。
 「パパ、ママ。いっしょにごほんよもう!」
 普段は疲れて寝ている頃合いなのに、今日はやけに元気だった。もちろん俺としても付き合いたかったが、今日はすぐに出かけなければいけない。俺はジャンバーを脱がずリビングを歩き、しゃがんでルインと目線を合わせた。
 「ルイン、ごめん。実は今から俺たち、大事な用があるから外に出るんだ」
 「…………え? ルインは?」
 「ごめんなさい、ルイン。ほんの少しの間だけだから、ちゃんとお留守番できるよね」
 エリシャもルインの傍に寄り、優しい声音で言い聞かせていた。

 最初の頃とは違い、今のルインなら留守番もできるはずだ。俺たち以外の人が来ても外に出てはいけないとか、キッチンの物に触っていけないとか色々と言い聞かせた。
 「パパ、ママ。どれぐらいでかえってくるの? ……おそくないよね」
 「大体二時間ぐらいかな。長くてもそれぐらいで切り上げるし、帰りには美味しいおやつを買ってきてあげるぞ」
 「…………うん、……うん。わかった、ルインまってる」
 ルインはしゅんとし、俺は罪悪感で胸が痛かった。けれど今回の件に関りがある以上放っておけることではない。

 俺はうつむいたままのルインの頭をポンと撫でて立ち上がった。
 「よし、良い子だ。それじゃあ、エリシャ。まずはどこから探して行く?」
 「やはり昨夜行った自然公園でしょうか。あそこなら新しい手掛かりもあるでしょうし、人目につきづらいので探知魔法を使って探しやすいです」
 「よし、なら途中でタクシーを拾おう。その方が捜索範囲を広げられる」
 「……前回は不覚を取られましたが、今回は頑張ります」
 そんな話をしつつ玄関口へ向かうと、ルインが「あっ」と普段出さない大きい声を上げた。俺たちが振り返ると、ルインは不安そうな表情でわずかに手を伸ばした。

 「パパ、ママ。えっと、えっとね」
 「どうした、ルイン?」
 「…………ううん、なんでもない。それじゃあ、いってらっしゃい」
 ルインはどこか儚げに微笑み、寂しげに手を振って俺たちを見送ってくれた。

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