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5号店開店 その3

 その夜……
「……むぅ……」
 巨木の家のスアの研究室の中にあります簡易ベッドの上で、スアはぷぅっと頬を膨らませていました。
 で、ベッドに腰掛けている僕の脇腹を人差し指でグリグリ押し続けています。
「だからスア、トルソナ達は深い意味があって言ってたわけじゃないんだからさ。あの『末永く』っていうのはあくまでも店で長く働かせてくださいって意味しかないんだからさ」
 僕がそう言いながらスアの頭を撫でていると、スアは僕に抱きついて来ました。
「……旦那様……そういうの鈍い、の」
「鈍いも何も、僕はスア以外の人を好きになることなんてないって、わかってるだろ?」
 僕はそう言うと、スアを優しく抱きしめました。
 スアも、僕を抱き返してきたのですが、
「……シャルンエッセンスも……セーテンも……ルービアスも……みんな、旦那様のこと、好き、よ?」
「あはは、そりゃ色々してあげたしね。そういうのを恩義に思ってくれてるだけだろ?」
「……むぅ」
 なんか、今日はやたらとご機嫌斜めのスアです。
 僕がどう言っても、頬を膨らませ続けていたのですが……

 1時間後。

「……旦那様のこと、一番好きなのは私、よ」
 僕がスアをどれほど愛しているのかを全身全霊をもって伝えたところ、今のスアはすっかり機嫌が良くなっていまして、僕の首に抱きついて何度も何度も僕の頬に口づけをしてくれています。
「わかってるよスア。愛してる」
「……わたし、も……」
 そう言って、僕達は口づけを交わしていきました。
 ようやくスアのご機嫌も直ったようです、はい。

◇◇◇

 翌日。
 本店ではトルソナ達が研修に入っています。
 パン作りのトレイナとトラーナは夜明と同時に勤務開始で、お昼あがりです。
 で、トルソナは開店前に店に来て閉店までの勤務なのですが、
「あ、店長様おはようございます!」
 巨木の家から本店に続いている廊下を抜けると、店内を掃除しているトルソナの姿がありました。
「トルソナ、こんなに早くこなくても……」
「いえ! 妹達を起こすついでですのでお気遣いなくです!」
 元気な声でそう言うと、トルソナは僕に向かってにっこり微笑みました。
「店長さんのおかげで、こうして姉妹みんなで楽しく働く事が出来そうなんですもん。もう、わたし、目一杯頑張りますからね! 末永くよろしくお願いします!」
 そう言うと、トルソナは深々と頭をさげ、
「じゃ、今度は店の前を掃除してきます!」
 すごい勢いで駆け出していきました。
 ……うん、その気合いはありがたいんだけど……今度きちんと『末永く』ってつけるのを辞めるようにお願いしないとな、と思った僕です、はい。
 すると、そんな僕の後方にいつのまにかルービアスが姿を現していました。
「むぅ……先輩を差し置いてまったくもう!」
 ルービアスはそう言いながら店の外に向かって早足で進んで行きます。
「店長さん、このルービアスも新人に負けず劣らず役に立つんですからね!そこんとこよろしくですよ!」
 僕に向かって笑顔でそう言うルービアスなんですが……僕の方を向きすぎたせいで前方不注意だったルービアスは、見事に店のガラス窓にぶつかって
「んがっくっく……」
 悲鳴をあげながら倒れ込んでいきました。
 なんというか、こういうところは相変わらずなルービアスです、はい。

 慌てて起きたルービアスが照れ笑いを浮かべながら店の外へ出て行くのを見送ってから、僕は厨房へ移動していきました。
「店長様、おはようございますですわ」
 そこには、いつものように魔王ビナスさんが一番のりしていまして、すでに食材の切り分けをはじめています。
 切り分けと言いましても、魔王のビナスさんが魔法を使ってやっているわけですので、普通の切り分けではありません。
 地下の冷凍庫に保管してある肉の塊を魔法で転移させ、厨房のまな板の上で静止させるとその肉の塊の前で指をちょちょいのちょいっと動かします。
 すると、その指の動きに沿って肉の塊が切り分けられていくんです。
 以前は、僕が大鉈まで持ち出して切り分けしていたのですが、魔王ビナスさんがこの作業を受け持ってくれてからというもの、本当に助かっている次第です。
 僕としては、魔王ビナスさんには是非ともこのままコンビニおもてなしの社員になってほしいと思っているんですけど、
「私、あくまでも私の旦那様のお側にお仕えすることが第一でございますので」
 そう言ってやんわりと断られ続けているんですよね。
 魔王ビナスさんは、内縁の旦那さんの事を溺愛してますからねぇ……こればかりは仕方ありません。

 僕と魔王ビナスさんが弁当の調理作業を始めていると、その向かいではヤルメキスと、その助手……じゃなかった、ゴージャスサポーティングメンバーのキョルンさんとミュカンさん……なぜかこう言わないと機嫌悪いんだよなぁ、あの2人……とまぁ、この3人がスイーツ作りを行っていまして、その横ではテンテンコウ♂と、トレイナとトラーナ姉妹の3人がパン作りをはじめています。
 さすがにこの人数で作業をこなしていると、この厨房では手狭な感じです。
 まぁ、かなり大きなパン釜などを備えたパン工房がもうじき5号店に出来ますしね。さしあたってそれまでの辛抱です。
 このパンについてですが……
 5号店の地下にパン工房が出来ることになったもんですからオトの街のラテスさん達にパンを作ってもらう必要はなくなったんですよね。
 ですが、せっかくですので『オトの街のパン』って銘柄を作ってラテスさん達の作ったパンも陳列する方向で検討しているところです。
 この話をラテスさんにしたところ、
「うわぁ、楽しそう! すっごく頑張っちゃいますよ!」
 そう言って、笑顔でガッツポーズをしてくれたんですよ。
 こんな感じで、5号店には、ルシクコンベの布を使って、テトテ集落の皆さんが作成してくれた服。
 同じテトテ集落の皆さんが作ったイルチーゴの実を使用して、ヤルメキスが作成するスイーツ。
 各地のみんなが頑張って5号店に並べる品物を作ってくれる流れが出来始めている次第です。
 
◇◇◇

 まだ店舗の方は改装の真っ只中なのですが、僕は5号店の宣伝をかねてナカンコンベの街中で屋台を出してみることにしました。
 みんな張り切ってあれこれ準備してくれているわけです。
 僕も店長として少しでも出来ることをやりたいな、と思った次第なんですよ。

 ナカンコンベの宣伝に使うのはコンビニおもてなしの店頭販売用として倉庫にしまってあるリアカー屋台です。
 これ、この世界に飛ばされてきた僕が右も左もわからない中、試験販売をした際に使用した屋台です。
「ナカンコンベで初めての商売をこいつでするっていうのも、なんか縁起いい気がするな」
 僕は、引っ張り出してきたリヤカー屋台を濡れ雑巾で拭きながら思わず笑顔になっていました。
 何しろ、この屋台で弁当を販売したのがこの世界におけるコンビニおもてなしの第一歩だったわけですからね。
 その試験販売が大成功して、そのおかげでその後、この世界でリニューアルオープンしたコンビニおもてなしも成功していき、今につながっているわけです。ある意味、コンビニおもてなしの原点といえなくもないわけです。
 この日、開店準備を終えた僕は、リヤカー屋台を魔法袋に詰めてナカンコンベへと移動しました。
 品物も、同じ魔法袋に詰めています。
 今日、試験販売するのは、弁当とパン、サンドイッチとスイーツ。そして、スアビールとパラナミオサイダーです。
 本当ならタクラ酒なんかも置きたかったんですけど、リヤカー屋台ではそこまで品物を陳列出来ません。
 この日も5号店で作業を行っているルア達に差し入れとして、持って来ていたパンやサンドイッチを人数分渡した僕は、店の前にリヤカー屋台を出し、そこに品物を陳列していきました。

「さて、こんなもんか」
 陳列を終え、リヤカー屋台を見回した僕は、その並び具合に満足して頷きまして、そのままリヤカー屋台を引っ張って、街の中心近くにあるはずの公園に向かおうとしたのですが……

 ……なんか、振り向いたらそこにはすごい人集りが出来ていたんです。
 この方々、たまたまここを通りがかった人達らしいのですが、街道の端にリヤカー屋台を置いて品物を陳列している僕の方から漂ってきた品物~弁当やパンの香ばしい匂いに釣られてこうして集まってきていたみたいなんですよね。
「なぁなぁ兄さん、その食べ物、売り物かい?」
「さっきから良い匂いしててさぁ、気になって仕方ないんだけど」
「出来たらさ、売ってよ、ねぇ」
 皆さん、僕の作業が終わったとみるや口々にそう言ってきました。
 手には、財布や硬貨をすでに握りしめています。
 その様子を苦笑しながら見回した僕は、
「わかりました、ではコンビニおもてなしの試験販売を開始させていただきますね」
 そう言いました。
 すると、皆さん一斉に屋台に群がっていきました。

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