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結ばれるふたり

タクシーを降りてアパートの階段を駆け上がると、玄関扉の前には座り込んで頭を垂れた男性がいた。

「――猫塚くん!!」

私の声に反応して猫塚くんはパッと顔を持ち上げた。

猫塚くんの目が私の姿を捕えた瞬間、彼は勢いよく立ち上がった。

そして彼に駆け寄っていく私に腕を伸ばした。

ギュッと痛いぐらいに彼の腕の中で抱きしめられる。

「……遅いから心配したよ」

「ごめんね。ちょっとここに来るまでに色々あって」

「連絡できなくてごめん。スマホがなくなって」

「それなら大丈夫だよ。私が持ってるから」

「え?」

「とりあえず中に入ろう?ちゃんと話したい」

私の体から腕を解くと猫塚くんがそっと私の指に自分の指を絡めた。

「会いたかった。佐山さんに」

そのストレートな言葉に私も自然と答えていた。

「私も猫塚くんに会いたかった」


お腹が空いたと話した猫塚くんの為にリクエストされたオムライスを作る。

彼は何度も私の後ろにやってきて私が料理している姿を楽しそうに眺めていた。

「はい、どうぞ」

「ありがとう。いただきます」

フーッフーッと何度も息を吹きかけてからスプーンでオムライスを口に運ぶ。

私も続いてオムライスを口に含んだ。

うん。まあ、そこそこにはできたかな……?

「うまい!佐山さん、料理上手いんだね」

「うまくないよ。料理もだけど家事全般はあんまり得意じゃないの。片付けとか掃除とか。ほらっ、この部屋の様子を見てもらえばわかるでしょ?」

まさか猫塚くんが来るとは思ってもいなかったから部屋の中は正直目も当てられない状態だった。

はははっと苦笑いを浮かべることしかできない。

「猫塚くんは掃除とか片付けとか得意でしょ?いついっても部屋の中片付いてるもんね?」

「俺、料理は苦手。卵焼きすらうまく作れない」

「へぇー、意外だね。なんでも器用にこなせそうなのに」

「そうでもないよ。佐山さんは俺のことを買いかぶりすぎてるんだよ」

猫塚くんとこうやって何気ない会話をしながら一緒に食事できていることが幸せだ。

私と猫塚くんは終始穏やかな雰囲気で食事を終えた。

「片付け手伝てくれてありがとう」

片付けを終えた私たちは揃ってソファに座った。

私は思い切って猫塚くんに体を向けた。

「はい。これ」

一橋さんから受け取ったスマートフォンを猫塚くんに差し出す。

「どうしてスマホを佐山さんが……?昨日行った居酒屋で無くしたと思ってたんだけど……」

「今日、一橋さんが私の会社まで届けてくれたの」

「一橋が?えっ、なんで佐山さんの会社に?」

「まあ、とりあえずそういうことだから」

細かく話すことはしなかった。一橋さんは猫塚くんからスマホを盗ったことを気にしているようだったから。

それに、彼女は二度とこんな間違いを犯さないという確信があった。

彼女はきっと今後も猫塚くんにとって良き友達でいてくれるに違いない。

「それと昨日は……誤解させるようなことして本当にごめんなさい」

私は真っ直ぐ猫塚くんの目を見て謝った。

「ううん。俺もごめん。あの時、余裕なくて……。やっぱり佐山さんには流川さんみたいな人の方がいいのかもとか色々考えちゃって」

「私は猫塚くんがいいの」

私はぎゅっと猫塚くんの手を握った。

「猫塚くんは気付いてなかったけど、昨日猫塚くんが一橋さんに背中を支えられて歩いてるの見て……。私、ものすごいヤキモチやいたの」

「え……?そうなの?」

「昨日は2か月記念日だったから栃木からとんぼ返りしたの。でも、猫塚くんに送ったラインは全然既読にならなくて。なんでだろって思ってたら女の子に支えられて歩いてて。なんか猫塚くんとの距離を感じちゃって声かけられなくて……。そんな自分が嫌で……」

「佐山さん……」

「私、猫塚くんが好きなの。だから、嫌われたくない。全てをさらけ出して幻滅されちゃうのが怖い。猫塚くんが離れていったらって考えたら怖くて……それで……」

「俺もだよ。俺も佐山さんに嫌われたくないと思ってる。俺はまだ大学生だし、流川さんみたいに大人じゃない。あの人にいつか佐山さんをとられるかもしれないってずっと不安だった」

猫塚くんは苦し気に眉間にしわを寄せた。

「でも、佐山さんを好きな気持ちは誰にも負けない。今すぐとは言えない。でも、いつか必ず佐山さんを幸せにする。だから、俺とこれから先も一緒にいて欲しい」

「……うん。私も猫塚くんと一緒にいたい」

目が合った瞬間、私たちは引き寄せられるように唇を重ね合わせていた。

猫塚くんの舌が私の舌に絡みつく。それだけで私はいてもたってもいられなくなる。

「佐山さんが欲しい」

「……うん」

抱きあげられてベッドに体を横たえられる。

私の上に馬乗りになる猫塚くんを下から見上げる。

もう可愛いなんて言えないよ。猫塚くんは文句なしにカッコいい。

「好きだよ」

猫塚くんが私の首筋に顔を埋める。くすぐったいのとぞくぞくするのと色々な感覚に頭の中はパンク寸前だ。

6歳年下の猫塚くんにこの身をゆだねる。

うまくいかなかったらどうしようとかそんな考えは頭の中から吹き飛んでいた。

あんなに悩んでいたのが嘘みたい。今、私は確かに猫塚くんとひとつになることを望んでいる。

「あっ」

彼に刺激された部分が熱を帯びたように痺れていく。

唇で刺激された部分に全神経が集まっているみたい。

猫塚くんは私の反応を見ながら丁寧に私の体をほぐしていく。

ピンっと爪先が突っ張る。

「んんっ」

たまらず吐息のような声を漏らすと、私の髪を撫でつけ「可愛い」と言ってくれる。

「猫塚……くん……」

ギュッと彼の手を掴むと「ん?」と少し意地悪な笑みを浮かべながら猫塚くんが首を傾げる。

「どうしたの?」

「キス……して?」

ほんの少しだけ目を丸くした後、猫塚くんはフッと笑った。

「そんな潤んだ目で言われるとヤバい。止まんなくなるよ?」

そう言ってキスの雨を降らせる。

「佐山さんからもして?」

「わ、私から?」

「うん」

私は彼の首に腕を回してぎこちなくキスをした。

ほんの一瞬だけ唇が触れ合うだけの軽いキス。

「こ、こんなのでいいの?」

「うん。すげーいい」

猫塚くんは満足そうに言うと、再び私の唇を奪う。

私がしたみたいな軽いキスじゃなくて、脳を痺れさせるぐらい甘いキスで私の体を火照らせる。

「好きだよ、玲菜」

「っ……」

こんな時に名前を呼ぶなんてズルい。でも、そんなことを口にする余裕すら今の私には残っていない。

「私も……好きだよ」

「もう一回、聞かせて?」

「好きっ……。大好き……」

ギュッと猫塚くんの腕を掴むと、彼は熱っぽい瞳を私に向けた。

苦しい。こんなにも好きという気持ちが溢れ出してしまうなんて。

ずっと猫塚くんに任せっきりで私、何もしていない。

何をすればいいのか全然分かんないけど、でも――。 

「玲菜、俺に任せて?」

「でも――」

私の気持ちを悟ったかのように猫塚くんが優しく頭を撫でる。

「俺、されるよりしてあげたいタイプだから。玲菜の可愛いところ、もっと見せて?」

いつの間にか私達は生まれたままの姿でベッドの上にいた。

そして、そのときがついに来た。

「痛っ……」

思わず顔を歪めると、猫塚くんはハッとしたように私を見た。

「玲菜……?」

「ごめん。私……猫塚くんに隠し事してた」

「隠し事?」

「私ね、最後までできたことがないの……」

「え?」

「この年なのに重いと思うけど……経験がないの。私、処女なの」

私の言葉にほんの少しの間が空く。すると、猫塚くんは自分の髪の毛をクシャクシャっといじった。

「ごめんね。ずっと黙ってて。こんなこと言って猫塚くんに嫌われたくなくて……」

「なにそれ」

困ったように手のひらで目を覆う猫塚くんの姿に途端に不安がよぎる。


「だから、うまくいかなくても猫塚くんのせいとかじゃなくて。私の問題で。それで、えっと……」

やっぱり重かったよね……?どうしよう。私――。

「そんな嬉しい隠し事って初めてなんだけど」

「え!?」

予想外の彼の反応に目をぱちぱちとしばたく。

「そんなことで嫌うはずないから」

猫塚くんは私の髪を撫でながら優しくキスをする。

「玲菜の初めて、俺にくれる?」

そんなの答えは決まってる。

「もらってくれるの……?」

「もちろん。喜んで」

猫塚くんはそっと微笑んだ。

私は彼に抱かれながら永遠に続くかのように甘い時間に酔いしれた。

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