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第63話 「俺の」「あたしの」

 ゆっくりと弓を引き、放つ。
強力な2張りの弓から放たれた矢は狙い違わず、キュクロプスアンデッドの頭部へ突き刺さりダメージを与えた。しかし、さすがは下位王種相当の魔獣。それだけで倒れることはなかった。僕たちはすぐに弓を魔法の鞄にしまい、両の手に剣を持って迎え撃つ体勢をとる。
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃあぁぁ」
キュクロプスアンデッドが叫びながら突進してくる。ただでさえ威圧感のある5メルド近い巨体が突進してくるのだ。僕たちは背中に這い上がってくる恐怖を抑え込み身構える。あと10メルド。8メルド、5メルド、3、2、1今。バッと左右に散った僕とミューは左右から剣を振るう。粘るような手ごたえに剣を持っていかれそうになりながらもどうにか振りぬき、振り返る。相当の傷を与えたはずなのだけれど、キュクロプスアンデッドは更に怒り狂い突進してくる。再びすれ違いざまに剣を振るうがやはり手ごたえが重い。
「ち、やっかいだな。さすがは下位王種相当だ」
王種そのものと違い僕たちの剣で間違いなくダメージを与えられてはいるけれど、その巨体に見合った体力がある。対してこちらは1撃もらったら致命傷に近いだろう。今のところ対応はできているけれど、いつ均衡がくずれるか分かったものではない。それにもとのキュクロプスは魔法を使えたはず。アンデッドになった後も使えるかどうかは分からないけれど、もし使えた場合、僕に対して使うのなら良い。ミューにしても十分な体勢でなら剣で散らせるだろうけれど……
 さすがは低位王種相当、やはり討伐には時間がかかる。昼すぎに始まった戦闘は既に空が茜色にそまっている。確実にダメージは与えているが、未だ討伐に至っていない。通常の上位魔獣であれば、僕たちは1刀のもととまでは言わずとも5手もあれば簡単に首を飛ばせる。それがアンデッドになるだけでここまで頑丈になるとは予想を上回っていた。それでも動きや攻撃力は予想の範囲内。今のところ、どうにか抑えきれている。そこにキュクロプスアンデッドの手に光が灯った。魔法だ。ミューを狙っている。とっさに僕はミューの前に回り込む。キュクロプスアンデッドの魔法の発動が速い、弾速も人間の魔術師の比ではなかった。かろうじて両の手の剣を差し込むのが精いっぱい。2本の剣により減衰した魔法による火の玉が僕を直撃した。
 良かった。その後の僕の最初の思いはそれだった。直撃を受けたのが僕ならミューは無事なはずだから。しかし、周りをちらりと確認したときに悪寒が走った。なんだこの周囲への被害は。間違いなく直撃は僕へだった。その余波だけで周囲の木の枝が折れ、地面が抉れている。ミューへの余波は僕が遮っていた分、今見えているよりは小さいはずだけれど。しかし、今は確認している余裕が無い。キュクロプスアンデッドが追撃を掛けてきている。捌き、切り上げ、突き刺す。そうして僕に敵意を誘導しつつ移動する。横目で確認できた。ミューが地に突っ伏している。僕の心に一瞬絶望が押し寄せる。そのときミューが身じろぎをした。よかった生きている。胸をなでおろすと同時に怒りが込み上げてきた。
「”俺の”ミーアになにしやがる」
”俺”の中の何かが変わったのが分かった。いや、何かが目を覚ましたのかもしれない。力が湧いてきた、今までいなすか避けるしかなかったキュクロプスアンデッドの攻撃を正面から受け止めかち上げた。今までは両断しきれなかったキュクロプスアンデッドの6本ある腕の1本を切り飛ばした。激情が身体を動かす。いつもより速く、いつもより強く、いつもより精密に……。
「これで止めだ」
俺は2本の剣をキュクロプスアンデッドに叩き込んだ。息が切れる、心臓の鼓動が激しい。限界を超えた動きに身体が悲鳴を上げているのだろう。それもここまでだ、キュクロプスアンデッドの巨体が力なく膝をつき、その目からは光が消えたと見えた。その時キュクロプスアンデッドの残った5本の腕のうち2本が俺の剣を抱き込み、残りの3本が俺に襲い掛かった。止めをさしたつもりの1撃にわずかに油断があったのかもしれない。俺はどうにか飛び退ろうとするも剣を手放すタイミングで一瞬遅れた。キュクロプスアンデッドの巨大な3本の腕が俺に襲い掛かり、しかしそれに掴まれることはなかった。見るとキュクロプスアンデッドの首に2本の短剣が生えていた。
「あたしのフェイにそんな汚い手を触れさせるものですか」
おぼつかない足元にふらつきながら、キュクロプスアンデッドに本当の止めを刺した”僕の”愛しい妻の姿がそこにあった。

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