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第5話(1) 練習試合前日、ユニフォーム配布

「諦めないで下さい!」

雨の中、お団子頭がウチの後ろから大声で叫ぶ。「ウザい」、「アンタに何が分かるの?」、「ウチの勝手でしょ」とか何とか言い返そうかとも思ったが、出来なかった。一瞬だけ立ち止まって、次の言葉を待ってみた。その瞬間すぐにダサい、カッコ悪いとかマイナスのイメージがウチの頭をグルグルと回った。(ウチは今の自分が嫌い)(なんで嫌いなの?)(だってみっともないから)(どうしてそう感じるの?)(どうしてだろう……)心の中で自問自答しながら、やや強くなってくる雨の中、傘も差さずに、ウチはその場を歩き去っていた。



 雨の金曜日、私たちサッカー部は、視聴覚教室に集まっていました。

「あ~今日は練習なしかよ、ボール蹴りてぇな~」

「こんな雨の中、練習したら風邪引くでしょ……まあ竜乃にそんな心配は要らないか」

「アンだとぉ? 放電のし過ぎで感電の心配でもしてろよ、ピカ子」

「だから○カチュウ扱い止めなさいよ!」

 二人のじゃれ合いをのんびり眺めていると、キャプテン、マネージャーの美花さん、顧問の九十九先生が教室に入ってきました。美花さんと先生は段ボールの箱を持っています。二人が段ボールをテーブルに置いたことを確認すると、キャプテンが話しはじめます。

「お待たせしました。今日は生憎の雨ですし、ミーティングのみにします。まず、明日の試合に備えて早速ですが、ユニフォームをお配りします。名前を呼ばれた方は返事をして、前に来てマネージャーと先生からユニフォームを受け取って下さい」

 若干ではありますが、教室内に緊張感が走ります。まあ、人数的に全員貰えることは確定しているのですが、それでも多少ドキドキはします。キャプテンが手元の名簿を開き、メンバーの名前を読み上げます。

「では1番、GK、永江奈和」

「はい」

 永江さんが美花さんからユニフォームを受け取ります。GK用のユニフォームは他の選手、いわゆるフィールドプレーヤーとはデザインや色が違います。皆に促され、永江さんはその場でユニフォームを広げます。黒地に肩から袖にかけて太い赤のラインが入っています。胸には黄色で「IZUMI」の文字が入っています。背中にも黄色で『1』と大きく入っています。パンツもソックスも黒色です。皆から「おお~」と歓声が上がります。

「なんだ、そのおお~、ってのは」

 永江さんは少し呆れた様子で自分の座席に戻ります。ですが、心なしかどこか嬉しそうです。やはり“世界に一つの自分だけの”ユニフォームを貰う瞬間というのはいつだって心弾むものです。

「次、2番、DF、池田弥凪」

「はーい」

 気の抜けた返事をして、池田さんがユニフォームを受け取ります。またも皆に促され、ユニフォームを広げます。白と青色の細いストライプで、こちらにも胸には金色で『IZUMI』の文字が入っています。背中は白地で番号が黒色で入っています。ショーツは水色で、左下に白色で小さく番号が入っています。ソックスは白。これが私たち仙台和泉高校のフィールドプレーヤー用のファーストユニフォームです。またもや皆から「おお~」と声が上がります。

「何だか照れるなー」

 池田さんは頭を掻きながら席に戻ります。

「次、3番、DF、緑川美智、私ですね……ちなみにセカンドユニフォームはこちらです」

 キャプテンが九十九先生からセカンドユニフォームを受け取って広げてみせました。どのチームも対戦相手との色の被りを避けるため、最低2種のユニフォームを用意します。我らがチームのセカンドユニフォームは薄い黄色地に、肩から袖にかけて黒いラインが入っています。校名の部分は黒字になっています。背番号も黒色です。ショーツは黒色で、こちらも左下に白色で番号が入っています。ソックスは黒です。三度皆から「おお~」と声が上がります。

「デザインは前年度から変わってないのですから、上級生は知っているでしょう」

 キャプテンの言葉に軽く笑いがこぼれます。

「次ですね……6番、MF、桜庭美来」

「はい。……一桁番号かー嬉しいな~」

 桜庭さんがユニフォームを受け取ってニコニコと嬉しそうに席に戻ります。

「次は……9番、FW、龍波竜乃」

「お、おいっす」

 竜乃ちゃんが強張った顔つきでユニフォームを受け取ります。

「強烈なシュート、期待していますよ」

「う、うっす」

 キャプテンの言葉に軽く頭を下げ、ギクシャクした足取りで席に戻ってきました。そんな竜乃ちゃんの様子を見た聖良ちゃんがプッと噴き出して、茶々を入れます。

「なによ、竜乃。アンタひょっとして緊張してんの?」

「う、うっせーな、こういうの初めてなんだからしょうがねえだろ」

「次、10番、MF、丸井桃」

「えぇっ⁉ 私が10番ですかっ⁉」

 私は驚きながらも前に出て、ユニフォームを受け取ります。戸惑っている私に対してキャプテンがこう言います。

「ここまで約2週間の練習を見ても、このメンバーの中では10番を背負うのは貴方が妥当だと思います。異論がある人はいないと思いますよ。ねえ、皆さん?」

「異論ありません」

「頼むで、司令塔!」

「お団子ちゃん頑張れー」

 恐る恐る振り返った私に皆優しく声を掛けてくれます。サッカーという競技において、“10番”とはエースナンバーを意味するものだと私は考えます。その考えを古いという人もいるかもしれませんが、やはりフィールドの上で観る人の目を引くのは、10番をつけたプレーヤーではないかと思います。初めて背負うことになる番号ですが、期待の大きさをヒシヒシと感じます。私は思わず、

「この番号に恥じないプレーをしたいです。が、頑張ります!」

 そう言って、皆に頭を下げました。そんな私を見て、キャプテンが笑いながら、

「そんなに気負わなくても大丈夫ですよ」

 と声を掛けてくれました。私は軽く会釈をして席に戻りました。

「では次、11番、MF、姫藤聖良」

「はい」

「期待していますよ、『幕張の電光石火』のドリブル」

「……その呼び名あんまり好きじゃないんですけど……まあ、期待には応えたいです」

 戻ってきた聖良ちゃんに対して、今度は竜乃ちゃんが茶々を入れます。

「何だよ、『電光石火』気に入らないのかよ、カッコ良いじゃねーか」

「『幕張の』ってのが気に入らないのよ。せめて『千葉の』でしょ。ローカル過ぎるでしょ」

 そこが気に入らないんだ……人それぞれだなぁと私は思いました。

「次、12番、DF、脇中史代」

「はい」

「先日本人にはお伝えしましたが、史代さんはGKとしても登録する予定です。……負担を掛けることになりますが、宜しくお願いします」

「いえ……頑張ります」

 脇中さんは計四種類のユニフォームを受け取りました。ちなみにGKのセカンドユニフォームはシャツショーツともに水色です。

「次は……14番、MF、松内千尋」

「はい」

「ご希望に沿いましたが……一桁番号じゃなくていいのですね?」

「構わないよ、キャプテン。サッカーでは14番こそ至高の番号だからね」

 そう言って髪をかき上げる松内さん。考えは人によって違うものです。

「では次、15番、MF、趙莉沙」

「はい」

「一応MF登録ですが……サイドバックやウィングとして出てもらう時もあるかもしれません。正直、アテにしていますよ」

「任せて下さい」

 莉沙ちゃんの頼もしい返事にキャプテンも満足そうに頷きました。

「次、16番、FW、武秋魚」

「はい!」

 秋魚さんは勢い良く返事をして、ユニフォームを受け取り、席に戻ります。隣に座っていた池田さんが話しかけます。

「秋魚、一年のころからその番号だねー」

「子供のころから、16番だと調子ええねん! ラッキーナンバーや!」

 サッカーはメンタルスポーツの側面もありますからゲンを担ぐのも重要かもしれません。

「では最後に、17番、DF、白雲流」

「はいっす!」

「チーム一の俊足、頼みにしていますよ」

「は、はいっす!頑張ります」

「これで全員ですね……では次に先生、お願いします」

 先生がプリントを皆に配りました。

「これ、明日の試合会場の地図ね! 迷子になったとかもし何かあったら、下に載っている番号に電話頂戴! 車で迎えに行くから!」

「では、明日の相手についてですが……美花さん、お願いします」

「はい、お任せください! と、言いたいところなんですが……強豪チームと言っても、流石にCチーム辺りとなると個々の選手のデータが不足気味で……ただ他の強豪校にも言えることですが、Aチームから下の全てのチームに至るまで同じ戦術・システムを採用してくるはずです! よって明日は……」

 美花さんによる相手の対策についての説明が終わり、キャプテンが明日のスターティング(先発)メンバーとフォーメーションを発表しました。正直私にとっては、少し驚きの決定でしたが、キャプテンや美花さん……マネージャーの熟慮の結果なのだと思い、受け入れることにしました。

「雨も強くなってきそうです。今日は早めに帰って体を休め、明日に備えて下さい。では本日はこれで解散!」

 私も帰ろうと準備をしていると、キャプテンから声を掛けられました。後ろには段ボール箱を持ったマネージャーの姿があります。

「ちょっと付き合ってもらっていいですか?」

「は、はい」

 私は頷いて、二人についていくことにしました。

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