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第38話 チュートリアル

 僕とミーアは勇者様のパーティーに近づき
「随分と無茶をしますね」
僕の探知範囲には魔獣はいないので、少しは時間の余裕がある。魔法の鞄から水筒を取り出し、それぞれに渡した。
「フェイ……」
アーセルが呼ぶのに目だけで応え。
「勇者様、何を焦っているのですか」
「焦ってなど……」
「焦っていないですか。それならそれでも良いですが。今のやりかた続けると」
「続けるとなんだ」
「パーティーが全滅しますよ」
「そんなことは」
「いや、あなたも自覚があるはずです。先ほどでも、僕たちの援護が間に合わなければどうなったか。そして、こんなやり方を続けるパーティーに幼馴染を預けるわけにはいかないです。それに、あなたの今の装備は、ご自分の現状を把握したという事ではないのですか。行動がちぐはぐすぎます。」
僕の責める言葉に、それでも勇者様は、
「それでもやらないと、いけないんだ」
やはりそうなのだろうか。
「パーティーメンバーを死なせてでもですか」
「パーティーメンバーは我が命に代えても守る」
「それじゃダメなんですよ。あなたが戦力外になった瞬間そのパーティーの生存率は大幅に下がるんですから」
「しかし、やらねばならんのだ」
僕は溜息をひとつ吐いて
「魔獣を封じ込める結界でも壊しましたか」
僕のその言葉に勇者様だけでなく他のメンバーもハッとして僕の顔を見てきた。
「な、なぜそのような事を言われるのか理解に苦しむが」
勇者様が絞り出すように言葉を紡ぐけれど
「勇者様は以前勇者シリーズの装備をしていたにも関わらずケガをされましたよね、そしてその時討伐に失敗された。これは深層の魔獣を相手にされたことを示しています。そしてその直後から街道に魔獣が多く出没するようになりました。さらに今パーティーメンバーの一人が聖都で付与術師を探しておられます。付与術師の多くは教会の司祭様ですので中々見つからないでいるようですが。そしてスタンピード終息後にアーセルが僕の下を訪れた。表面は取り繕っていましたが思いつめていたのは付き合いの長い僕には隠しきれていませんでしたね。これだけ条件が揃えば、何があったか想像するに難しくはありませんでした」
そこまで指摘すると勇者様は非常に苦し気な表情になり
「言えなかったのだ。今やスタンピードの英雄となった、スタンピードのせいで様々なものを失った貴殿らには。聞いているぞ、スタンピードで貴殿らは両親を失ったと。村の皆も多くが亡くなったと。我のせいで。そんなもの言えるわけがなかろう」
やっぱり、しかし、これは訂正しておこう。
「勇者様、それは違いますよ」
「なにが違うというのだ。現にスタンピードは起きたではないか」
「昨日、僕たちはギルドに寄ってきたんですけどね。スタンピードの事後調査が終わってました。僕たちは立場上調査結果を確認させてもらえたんです。今回のスタンピードは自然発生型で間違いないそうですよ」
「し、自然発生型だと。それでは……」
「スタンピードは勇者様の責任ではないという事です。そこは安心してください」
「そうか、そうだったのか」
安心したのだろう、その場にへたり込む勇者様に僕は続けた
「ですが、結界の破壊は国に報告する必要があります。状態確認したいので案内してもらって良いですか」
「あ、ああ。フェイウェル殿、いや今はハモンド卿であったな貴君に一緒に行ってもらえるのならば頼もしい。こちらこそ頼む」
「ではまず、あのゴールデンファングの死骸を処理しましょう」
「処理とは。そのあたりに投げ捨てておけばほかの魔獣がきれいに食ってくれるのではないのか」
その言葉を聞いたとたんに、僕はアーセルの顔を見てしまった。僕と目があったアーセルは目を伏せた。そういうことなのかと僕は今更ながらに理解をした。アーセルは知っていたはず。しかし、勇者様に教えなかったのだ。処理の手間か、その作業が勇者にふさわしくない汚れ仕事だとでも思ったか。しかし、僕の目の前で魔獣の死骸を放置させるわけにはいかない。
「魔獣の死骸を放置した場合、確かにほとんどの場合、他の魔獣が食ってくれます。しかし、それは同時に魔獣を呼び集める行為でもあるのです。そしてもうひとつ、放置した死骸は稀にアンデッドモンスターになります。アンデッドモンスターは生前より強く、病の厄災を運びます。それを防ぐためにも倒した魔獣は必ず持ち帰るか、その場で地に埋めるなどして処理する必要があるのです」
僕の説明に勇者様は呆然としていた。
「では、我が今まで成したことは」
「無意味とは言いません。しかし不要のリスクを負ったやり方だったと言わざるを得ないでしょう。ただ、そちらにはアーセルがいます。ひょっとしたら、こっそり浄化の魔法でアンデッド化だけは防いでいたかもしれませんね。では僕は死骸を処理してきます。これからも冒険者として活動されるのであれば処理方法をお教えしますよ」
「頼む。我はこれ以上世界に弓引きたくはない」
「あたしがお教えします」
「アーセル」
僕としては意外な展開だった。
「本来であれば、あたしがギーゼに説明しておかなければいけなかったことよね。だから、あたしが説明している間、フェイとミーアには護衛をお願い」
「わかった、手順は覚えてるか」
「もちろん。何百回やったと思ってるの。忘れるわけないでしょ」
僕とミーアは少し離れ、探知を展開した。勇者様とそのパーティーメンバーが処理を終える頃、僕の探知に魔獣が引っかかる。僕はミーアに目配せをし、方向を指さす。僕とミーアが弓を準備するのを見た勇者様をパーティーメンバーが寄ってきた。
「何をしている」
「見てわかりませんか。迎撃準備です」
「魔獣が来るのか」
「分かりません。今あちらの方向、おおよそ800メルドにいます。もう死骸の処理は終わったようですので、できれば避けます」
僕の言葉を聞いた彼らはいきなり戦闘準備を始めてしまった。金属鎧のガチャガチャいう音が耳障りだ。思わず僕は低い声で、それでも鋭く注意を飛ばす。
「そんなガチャガチャと派手な音をさせては魔獣が寄ってきてしまいます。もう少し丁寧に動いてください」
「そんな器用なことができるか。こっちは金属鎧を着ているんだぞ」
途端に探知していた魔獣がこちらに移動を始めた。
「魔獣がこちらに向けて移動を始めました。気付かれた可能性が高いです」
僕は周囲を見回し
「あなた方は、その岩の横に身を潜めてください」
「な、何を。我らとて戦闘職だ。戦える」
そう主張する勇者様に僕は一言、言い切る
「邪魔です。そしてやかましい。無駄な戦闘をして消耗したくなければ森の中でそんなに騒ぐものではありません。ここは人の領域ではない。魔獣の領域なのです」
「フェイ、あたしの探知にも入った。まっすぐ来てる」
「わかった。僕の方の探知でもまっすぐ来てる。ここは木の間隔が狭い。ひきつけるよ」
普段なら言葉にしない打ち合わせ内容をあえて口にする。まったく素人か。その時更に気付いた。後続がいる。さすがに、もう勇者様のチュートリアルをしている時間は無い。僕とミーアは簡単に目を見合わせ意思を取り交わし頷き合う。
1頭目の魔獣が目視距離に入った。こちらは僕が射る。狙い違わず眉間を矢が貫き、そこから5歩6歩近寄ったところでドゥと倒れる上位魔獣。僕はすぐに弓を置きオリハルコンコートのブロードソードを右手に持ち構える。2頭目の魔獣が見えた。ミーアの狙い澄ました矢が眉間を射抜く。同時に僕が剣を右手に駆け出す。魔獣がその巨体を横たえた。それでも、僕はそのまま走り魔獣の首を落とす。僕が射た1頭目も同様に首を刎ねたところで僕は動きを緩やかにし、再度探知を展開。そのまま穴を掘り死骸2体を埋める。
 そこまで終わらせたところで振り返り
「では、行きましょう。その結界を壊してしまった場所に」

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