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【真の勇者】

分かっていた、どこかで。うすうす勘づいていたのだ。コーホーのような強い魔族が魔族軍にいるという事は魔王が復活しているという事だ。そして、【真の勇者】がいないエイ王国には魔王の指揮による魔族軍を止める力はないという事を。
「とっ、とにかく喪に服すぞ」
俺はセバスチャンにそう言った。どの道落第勇者な俺には、父に比肩する力はない。【真の勇者】が現れるまで大人しく待っておこう。
「それはなりませんカラードさま。ご主人様が亡くなられた今、トット家当主は、ボクヨーの門番は、紛れもない。あなた様なのです。」
セバスチャンは真摯な目で俺を見つめる。俺は困惑した。この俺に、ボクヨーの村人たちなど守れるわけがない。
「そんな事……。出来るわけないだろ?」
「いいえ。あなた様が国を守る勇者なのです。」
セバスチャンの言葉に、俺は刮目する。国を守る勇者?俺が?何がどうしてそうなった?
「じい。それは真か?」
俺はセバスチャンに恐る恐る訊く。これ以上訊けば、もしかしたらもう後戻りが出来なくなるのではないかという怖さとともに。
「はい。レンリン様が申されておりました。」
セバスチャンはそういうと、ある事について語り始めた。


レンリンの今際の際。彼は従順な家人であるセバスチャンを枕元へ呼んだ。そして彼が来ると、それまで侍らせていた魔族の女どもを去らせた。そうして二人きりにした後、
「セバスチャン。わしはもう長くない。」
レンリンは弱々しい、しがれた声で切り出した。
「何をおっしゃいますか。あなた様にはまだまだ生きてもらわねばなりませんぞ。」
彼は、自分の主の死が近いことを認めたくなくて、あえて冗談めかした明るい声でそう答える。
「最後に、一つだけ頼みたいことがある」
しかしレンリンの声に昔のような生気がないことを見せつけられ、彼は泣きそうな顔になった。
「何なりと、お申し付けください。」
彼が柔らかく言うと、レンリンは安心したように

「孫の、カラードの事じゃ。」
と言った。
「カラード様……?」
彼の中で当時のカラードはまだ5つにもなっていない幼児だ。
「ああ。カラードじゃ。」
レンリンは寝たままで肯定するように頷くと、続けて
「村の伝承に、こうある。
【……勇者の死にし十五年の後、魔王は勇者に憑きて復活す……】と。
これは勇者、つまりわしの死骸に魔王の魂が取り憑き復活するという意味だ。わしは息子に親殺しをさせたくない。しかし、カラードなら。わしの顔は分かるまい。村の伝承にこうもある。
【勇者は死して後、次の勇者を選べる】と。
だからわしはカラードを勇者に選ぶ。あいつは慈しみ深い。セバスチャン。人の性格は幼児から死ぬまで、変わらないものだ。あいつが勇者となってわしを倒しに来ても、わしは本望じゃ。時が来たら、カラードに伝えてやってくれ。頼んだぞ……。」


「そうか……。そんなことを……。」
セバスチャンから話を聞いた俺は身震いを覚えた。まさか、そんなことがあったなんて……。
「カラードさま。《《あなたが》》【真の勇者】なのです。」
セバスチャンは涙をおさめ、温和にそう言った。

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