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5.奴隷として売られそうですっ!?

「あのかた? なによ、一体誰が……」

 凜が男たちに左右を挟まれ、ズルズルと連れていかれる間も、誰ひとり助けてくれそうになかった。

 それどころか、薄ら笑いを浮かべ、ヒソヒソと話しあっている。

「あの娘、バカだねえ。人買いに捕まったよ」

「鈍くさいなあ。ま、おれたちには関係ないけどね」

(嘘っ……そんなのって……)

 叫んでも誰も助けてくれないとわかっていたが、それでも声をあげるしかなかった。

「誰かっ! 助けて!」

「お願い、誰かっ!!」

 周囲のひとびとは、興味がなさそうに
 凛の叫びも、存在も、なにもかもが聞こえなかったように――


 §§§


 風体の悪い男たちに連れ去られていく凛を、遠くから眺める男がいた。

 腰まで流れる銀の髪を、うなじでひとくくりにしている。
 瞳はルビーのように赤く、鼻梁は高く、唇は色気があり形もよい。
 長躯で、そこそこに屈強。さらにはたいそうな美形であることから、周囲の女性がチラチラと伺っていた。

 彼はまったく興味がないようで、視線は凛が連れていかれた方向に向けられていた。

 目の前を少年が通り過ぎると、ぬっと手を出して襟首を摘まむ。

「なんでぇ! やめろ!」

「おまえ、さっきの女の子の荷物をひったくっただろう」

「それがどうした! マヌケな女が悪いんだろ!」

 男の手をふりほどこうと身を捩るが、がっちりと捕まえられ逃げられそうにもない。
 幼いながらに、すさんだ生活を送ってきたのだろう。
 相手が一筋縄ではいかないとすぐに悟ったようで、戦法をあっさり変更してきた。

「なあ、兄ちゃん。なんだったら、分け前を半分こにしねえか?」

「なに?」

「マヌケな女は、そこそこ金を持ってたみたいだぜ。服はさっき売っちまったけど、まだここに……」

 ジャラリと音を立てて、革袋を持ち上げてきた。
 男はそれを取り上げると、掴んでいた手をパッと話す。

 ドスンッと地面に尻をしたたかにうちつけたようで、少年は泣きそうな顔をした。

「いてぇ、いてぇよお! 大人がおれにひどいことするよぉ!」

 わざとらしく大声で叫ぶものだから、男はふんと鼻を鳴らした。

「誰も助けになどこないとわかっているだろう? おまえがこの金をひったくったときと同じだ」

 冷ややかにそう返され、少年はちっと舌打ちした。
 そして、そのまま走って逃げてしまったのである。

「逃げ足の速いことだ」

 もとから捕まえておくつもりはない。
 この国は、すでに破綻している。
 表面的には、この城下町は栄えているし、なんでも手に入る。
 しかし人々の内面は、たいそう病んでいるといえた。

 自分の身さえよければいい。そんな連中ばかりだ。

「邪神族のせい……といえばそうかもしれない」

 青年はひとり呟いた。

「しかし邪神族がなぜこの国に巣くうようになったのか……やはり王家がふがいないからだろうな。残念なことだが」

 青年は金の入った革袋をどうするかと、ひとしきり思案した。
 黒髪の少女のことが、やけに気にかかる。

「人買いが連れていったか……この近くに確か奴隷市が立っていた。そこか」

 青年はふうと息を吐くと、気だるげに銀の髪をかき上げた。

「私の知ったことではないな」

 踵を返し、そのまま雑踏に紛れようと一歩踏み出すが、すぐに足が止まった。

(鈍くさそうな娘が心配だ。なんだ、この感情は……)

 青年は振り向くと、足早に建物の裏側へと入り込んだ。

(胸がモヤモヤする。こんなときは、直感と本能に従うしかない!)

 そして奴隷市が立っていると思わしき場所へと、急ぎ駆けていった。


§§§


 凜の頭は朦朧としていた。
 視界は揺れ、身体は重い。

(あ……れ……? 私、どうなったんだろ……?)

 確か、男の子にバッグを取られ、ヘンな男のひとたちに、強引に引っ張られ。
 そのあとの記憶が、ぼやけている。

(ううん、その前に、もっと大事なことがあった……)

 そうだ。焼きそばだ。

 スパイシーな香りのする焼きそばを食べ損ねた。
 これが一番、重要で残念なことだ。

(捨てられちゃったかなあ……温かいうちに、誰か食べてくれたら、食材ももったいなくないよね。うん)

 そんなことを考えていたら、どこからか野太い声が聞こえてきた。

「10万ルピ出すぞ!」

「こっちは12万さ」

 ルピというのはなんだろう。

(お金の単位かな? なんだか競り合ってるみたい……)

「12万? バカ言っちゃいけませんよ。もっと価値があります」

 誰かがそう言うと、今度は20万ルピという言葉が飛んできた。

(骨董品かな? それにしても、なんで身体が動かないんだろ?)

「まだ少女です。これから好きな色に染めることができますよ。昼は召使い、夜は性奴隷としていかがですか?」

 召使いに性奴隷―――――?

 競りにかけられているのは人間なのか?
 驚きで凜の意識が、少しだけ明瞭になる。

 首だけ捻って状況を窺うと、鉄の棒が並んでいるのが見えた。
 向こう側には多くの人がいて、凜を覗き込んでいる。
 凜は四肢が弛緩しており、冷たい鉄の床に倒れこんでいるようだ。

(私、鉄格子の中にいる? ええ? どういうこと?)

「黒い髪に黒い目。顔つきからも、異国の娘だとわかるでしょう。そのへんにゴロゴロいる娘ではありません」

 すると、35万ルピと誰かが言った。

 意識がはっきりしないままだが、わかったことがひとつだけある。
 鉄格子の檻の中に入れられ、競りにかけられているのは、凜自身であった。

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