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【姉の役目】

【姉の役目】

(成長したなぁ···レイフきゅん···)

 ユキは力強い弟の手を、握り直す。自分の手を強く握る弟の手は、今まで以上に温かく感じられた。

(すごいなぁ~、きっと、もっと強くなるんだろうなぁ~レイフきゅんは)

 レイフは自分の弱さを必要以上に感じ、自責しているようだが、ユキはレイフのようには思わない。彼は人一倍努力し、そしてこの場でも瞬時に頭を動かして判断している。

 それがどれほど凄いことか、本人に自覚はないのだろう。

「レイフきゅんっ!そこ曲がると、管理ルーム!!」

 ユキはラルを起動し、地図データを見て叫んだ。

 2人は同時に管理ルームの自動扉にぶつかった。走り抜けたせいで、立ち止まることができなかったのだ。自動扉は開かなかったため、レイフは自らのラルをかざした。

「母さんっ!管理ルームまで来た!」

「はぃはぁい!」

 コナツがどこからともなく宙に出現し、自動扉に手をかざす。

「コナツちゃんでぇす!イングリッドぉ、開けるわよぉ!!」

 コナツが言うと、自動扉は音もなく開いてくれた。扉にもたれかかっていたレイフとユキは自動的に扉が開かれ、管理ルームの中になだれこむように入室する。

「あら、ここは昔と変わんないわねぇ?すっごぉい懐かしぃ」

 コナツが宙に浮いたまま、管理ルームに入っていく。

 巨大な機械が、部屋の中に鎮座していた。誰一人としていない部屋の中は静かで、冷たい雰囲気が充満している。

 まるでそれは、パイプオルガンのような機械だった。何百もの色とりどりのコードが天高い天井に繋がり、この人工惑星を管理する要だと言わんばかりだ。

 コナツは天井高くまで浮き、自らが管理画面を開き始めた。

「イングリッドシステムから、コナツに、現在のアシス本部の地図データを転送させてもらうわよぉ。レイフ、ユキ、パパゴロドンに地図データを共有」

「お母さん···」

 ユキは荒くした息を整えながら、更新された地図データを開く。

 今まで表示されていた地図データと異なり、どこに誰がいるかまで表示されている地図データがラルから表示される。先ほどパパゴロドンと別れた広場には、チンや軍用機械人形が配置されているなど、アシスの軍人もどこに誰がいるか、把握することができるようになった。

(すごい、お母さんってやっぱり凄い機械なんだ~)

 アシス本部の管理システムに入り込み、データを盗むことなど、普通の機械人形にはできないだろう。彼女が名のある科学者に作られたからこそなのかもしれない。

「ガリちゃんは···」

 ユキは地図データを目で追い、ガリーナの姿を探す。しかし、表示されている名前にガリーナいう名前はない。

「ガリーナはいないけど――リーシャはあるわねぇ」

「え?」

 レイフもユキも、宙に浮くコナツを見上げた。その名前が存在することは、ありえない。

「リーシャの映像を映すわね」

 コナツは大きな映像を、指先を振って表示する。

 映像に映ったのは、輝かしい金髪を揺らし、廊下を走るのは――ガリーナだった。

「ガリーナちゃん!!」

 レイフは思わず声を張り上げ、映像を凝視する。苦しそうな顔つきで、必死に走るガリーナの姿を見て、レイフも苦し気な顔をして見せる。

「何かのバグかしらぁ···?セプティミア・バーンに追いかけられて、空中庭園に向かっているみたいだけどぉ」

「空中庭園?」

「この管理ルームの上ね。ここの階段を上っていけば良いだけよぉ」

 コナツは宙に浮きながら、階段を指し示す。螺旋階段があり、駆けあがるのも億劫になるほどの長さだ。

「そもそも何でセプティミア・バーンに追いかけられてるのかしら~?」

(ガリちゃんが逃げてるっていう状況もよくわからない。ガリちゃん囚われてるんだよね)

 彼女は何の武器も持っていないはずなのに、運よく逃げることができたのだろうか。状況がわからないだけに、疑問は多い。

 ユキは地図データをもう一度見る。

 確認のために地図データを見たユキは、ハッとした。

「何にせよ向かおうぜ!ユキ!ガリーナちゃんを助けなきゃ···!」

 ユキはレイフの肩を力いっぱい押し、床に倒した。大きな音をたててレイフが倒れた一方で、ユキは入ってきた自動扉を鋭く睨み、6JLを向けた。

 レーザー銃の発砲と、レイフが今まで立っていた床を、ヒビが割れるほどの打撃が襲ったのは、ほぼ同時だった。

 ユキのすぐ横の床を叩きつけたのは、石のように硬い髪だった。

「こういう時、何テ言うんだっケ?虫?鼠?まぁ害虫が入り込んダと言えば良いのカシラ」
 褐色の女性が、悠然と部屋に入ってくる。威嚇するように硬化した長い髪を伸び縮みさせ、歯を見せて笑う。

「おいおい、こいつ出てくんのかよ···」

 床に倒れたレイフは、引き気味に笑っていた。彼女は惑星ニューカルーでパパゴロドンに大きな傷を与えたほどの軍人だ。倒れたレイフをコナツが助け起こすが、彼女は不安気な顔でシャワナを見つめた。

「アシス本部に来てくれて、ありがトウ。あんた達とはずっと中途半端だったから、決着をつけられそうで嬉しィ」
 彼女ははしゃぐ子供のように、高らかに言った。興奮しているようで、きらきらと彼女の目は輝いている。

 ユキは6JLを彼女に向けながらも、視線の端で、コナツを見ていた。

(お母さん···)

 コナツの姿を見ると、ちりりと焼けるような痛みが、ユキの胸を襲う。 

「アラ、そっちの黒い髪の子って···惑星トナパで壊さなかったっケ?」

「ぇ?」

 コナツが小さな声音を発する。ショックを受けたかのような顔で、レイフの肩を掴んでいる。

「お前っ···!!」

「レイフっ!!!」

 レイフが怒りに吠えかけた時、ユキはレイフよりも覆いかぶさるように彼を怒鳴りつけた。レイフは目を見開き、ユキに怒鳴られたことに驚愕する。

「上にいっとけっ!!こんな女に構ってる余裕ないだろうがよっ!!」

 ユキは喉が痛くなるほど、大きな声でレイフに向かって怒鳴る。

 半分以上、八つ当たりもあったと思う。自分はレイフに向かって怒っているのではない。
 シャワナに対し、猛烈な怒りを感じていたからだ。

(レイフきゅんの言いたいことは、凄くわかる。私だって、気持ちは同じなんだから)

 彼女に対して怒りを感じないという方が嘘になる。

(この女は、私達の母さんを壊した敵なんだから···!!)

 母を壊されたショックを、忘れられるはずがないだろう。

 コナツは、母のサクラではない。母のサクラは、自分達の元に二度と戻ってこないのだ。

「ユキ、でも」

「ガリちゃんを追ってるのはテゾーロだろ?お前が助けて来い!アシス軍人に合流される前に!!」

 ユキは声を張り上げる。レイフの躊躇する瞳と目を合わせれば、彼はすぐに意を決した顔つきになる。シャワナを見なくなった彼の顔に、ユキはホッとした。

「ありがとな、ユキ···!」

 レイフは声を張り上げる。

(そう、それでいい)

 判断が早くなって助かる。螺旋階段を駆けていく足音をフォローするように、ユキはシャワナに向かって発砲する。硬化した髪は、レーザー銃を弾く。

「あラ?弟を行かせルノ?お姉ちゃんは大変ネェ」

「姉だから、弟を守るのは当然だろ?――てめぇは、私の妹もひどい目に遭わせてくれたようだからな。ぜってえ許さねぇ」

 シャワナには、惑星ニューカルーでガリーナにも酷いことをされたとレイフから聞いた。
そういう意味では、人一倍ユキはシャワナを敵視していた。ここで対峙することになって、むしろ幸運だと思わざる得なかった。

 シャワナを睨み据えると、彼女は「きゃハっ!」と甲高い声をあげた。

「良いわネェ!捕獲って命令だけど、間違って殺しちゃってもイイカナ?最近コロシの仕事も少なくて、寂しかっノォ!」

 舌なめずりせんばかりに、シャワナはうっとりとした顔で自分を眺めた。足のつま先から、頭の先まで吟味するような視線に、薄気味悪さを覚える。

「てめぇ···!」

 彼女の硬化した髪が、床に容赦なく叩きつけられた。飛びのけようとした時、ユキは自らの頭が振動したことに、どうしようもないほどの吐き気を覚えた。

 背後から、後頭部に対して硬化した髪が襲い掛かったのを避けることができなかったのだ。

「がっ···!」

 頭に対しての振動と、喉から水分が押し出される感覚に、ユキは思わずむせてしまった。6JLの照準から外れたことをシャワナはすぐに気が付き、無数の彼女の髪によってユキは殴りつけられる。腹部に、胸に、またも後頭部に容赦なく叩きつけられる髪に、ユキは床に伏すしかなかった。

(痛い痛い痛い···っ!!)

 叫び声をあげず、ユキは頭を腕で庇い、攻撃に耐えるしかなかった。

 シャワナは高らかに笑い、ユキのことを眺めた。

「田舎者の軍人お姉サンっ!!せっかくだから弟や妹の前で殺したかったナァ!強いって聞いてたけど、ぜんぜんっじゃナイ!」

 自分のことを見下すように、彼女は叫んだ。痛みは絶え間なく、自分の身体を襲う。それでも、ユキは6JLだけを離すことはしなかった。

「アシス軍人と、惑星トナパの軍人を比べるのが可哀想カナ?私達はエリート、あんタは田舎者。弱いよねぇ?弱イ弱イ!」

 嘲るように、シャワナは言った。彼女の顔を見る余裕なく、ユキは痛みに身を縮ませる。頭はぐらぐらする。

(弱いなんて言われたの、いつぶりだろう?)

 壮絶な痛みを感じながらも、ユキはぼんやりと考えた。

(レイフきゅん、よく弱いって言われてるみたいだけど、クソ悔しいよね)

 彼は弱いと周囲から言われているのだ。シャワナのように嘲りながらではないかもしれないが、軍人を目指す者が弱いなんて言われたら、くじけそうにだってなるだろう。誰かに八つ当たりをしたくだってなるだろう。

(最近は言われたことないけど···私のことを弱いと言ったのは、あの人だ)

 自分を弱いと言った人とは、父であるシオンだ。

 それも遥か昔のことではある。彼に銃を教えてもらったのは、軍学校に入学する前だ。銃
を教えてほしいと言う娘に対しても、父シオンは厳しかった。

『ユキ、どうしておめぇは銃を扱いたいんだ?』

『だって、格好良いんだもん~』

 初めはそんな理由だった。銃を扱うことが恰好良いと言われ、シオンも満更ではないようだった。だが、厳しい顔つきは崩さなかった。

『これは俺の持論だが、明確な目的がある奴の方が強くなる。生き残るために銃を使いたいだとか、好きな奴のために強くなりたいとかいう奴の方が、必死こくからな』

 それじゃ、シオンは、どうして銃を武器に選んだのか。

 昔から使っている6JLという銃を大事にしているのは何故なのか。

 疑問は湧いて出たが、ユキは不安気に訪ねた。

『···それって、私じゃ強くなれないってこと?』

 ユキは幼いながら、不安になってつい訊いてしまった。

 折角、銃を習うのだ。だったら強くなりたい。初めから強くなれないと決められているのかと、不安がユキの小さな胸に募った。

 そんなユキを、シオンは苦笑して眺めていた。

『今は、弱っちいままだ。目的がなけりゃ銃を始めちゃならない訳じゃねぇよ。強くなりたきゃ、これから目的を探せば良いだけだ』

 彼の重みある手が、ユキの頭を撫でる。乱暴だが、優しい手つきに、安心感を覚える。

(お父さんは、どうして強くなれたんだろう)

 ユキは考える。シオンが強くなった理由。

(リーシャさんのためだったのかな···)

 同じアシスで働くリーシャの復讐を止めたいと思い、強くなったのだろうか。

(私が今まで鍛錬してきたのは、軍に入ったのは···喰いぶちを稼ぐためだった)

 レイフの言うように、”才能に恵まれている”と過信をしていた。金を稼ぐための手段として軍人を選び、今まで父シオンから譲り受けた銃を扱っていた。

(でも今は、今は···ただ···)

 自分の手に、6JLがある理由。父シオンから譲り受けた銃を、握り続ける訳。

(お母さんや、ガリちゃんや、レイフきゅんのために···こいつに勝ちたいよ···っ!)

 シオンは、たった1人のために銃を握っていたのかもしれない。

 家族全員を助けたい、彼等のために勝ちたいというのは1種の驕りなのかもしれない。
 母サクラを壊され、妹であるガリーナを虐められた怨み。

 この後レイフの元に、シャワナを行かせたくないという強い気持ち。
 ユキは複数の気持ちを抱えながら、シャワナの攻撃に起き上がることができず、打撃に耐えるしかなかった。

しおり