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第1話(1) 焼きそばトンカツパンの悲劇

 「ボランチ」とは、サッカーにおいて、中盤の一番底に位置するポジションで、「舵取り」や「ハンドル」を意味するっポルトガル語の「volante」を語源とする。



「アタシをボランチしてくれ!」



 ある春の日の昼下がり、私、丸井桃(まるいもも)は、意味不明なセリフとともに、人生最初の“壁ドン”を体験しました。場所は“ピロティー”、現役、卒業生を問わず、恐らく誰に聞いても「最も意味不明な学校施設名称ランキング」の上位に入るであろう、あの場所です。私もこの春高校生になりました。もしかしたら、青春を送る中で、“壁ドン”の一つや二つ、したりされたりすることがあるかもしれないと、胸に淡い期待を抱いていたことは否定しません。しかし、その場所が、放課後の誰もいない教室や廊下、体育館裏などではなく、“ピロティー”って。もう一度言います、ピ、ピ、“ピロティー”って。どうして私が“壁ドン”ならぬ、“ピロドン”を体験することになったのか、少しばかり時を戻しましょう。



 私が宮城県の仙台和泉(せんだいいずみ)高校に入学し、数日が経ったある日のこと、私は笑顔満面で歩いていました。熾烈な競争を勝ち抜いて、学食屈指の人気メニュー「焼きそばトンカツパン」を買うことができたのです。はっきり言ってこのパンを食べる為にこの高校に入学したと言っても過言ではありません。学食のある校舎から自らのクラスがある校舎に続く渡り廊下近くの人気のないピロティーに差し掛かり、私はとうとう我慢が出来なくなって、そこで焼きそばトンカツパンを食すことにしました。立ち食いは少々はしたない行為ですが、育ち盛りの女子高生の食欲を抑えることなど出来ません。ビニール袋を開けると立ち込める、青のりとソースの匂い。数秒後には口の中で広がるであろう、麺とカツとパンのハーモニーに文字通り涎を垂らしつつ、いざパンを頬張ろうとした次の瞬間、私の顔面に何かが当たりました。突然の衝撃に数秒ほど天を仰ぎ、我に返って視線を手元に戻すと、愕然とする光景が広がっていました。そこには地面に無残に散乱した焼きそばトンカツパンとコロコロと転がるサッカーボールの姿。

「ああっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」

あっけにとられている私に対して、学校指定の小豆色のジャージを着た眼鏡のショートカットの女の子が慌てて駆け寄ってきて、しゃがみこんでハンカチを使ってパンの残骸を拾い集めようとしました。

「あーあ、勿体ないネ」

「っていうか拾ったっていらないでしょ、ウケるんだけど」

 声のする方を見てみると、三人の女の子の姿がありました。サッカーボールに片足を乗せて立っている長身の褐色の女の子。その隣に立つサイドテールの女の子。更にその二人の後ろでボールをイス代わりに腰掛け、退屈そうにスマートフォンをいじっているセミロングの女の子。

「言っとくけど、ボールをちゃんと止められなかったアンタのせいだからね」

サイドテールの女の子が髪の毛の毛先を指でくるくるとしながら言いました。

「ああ……ごめんなさい、ごめんなさい……何とお詫びすれば良いか……」

 ジャージ姿の女の子が跪くような姿で私に向かって謝り続けます。眼鏡と長めの前髪でよく見えませんが、瞳には涙を堪えている様に見えます。正直言って、詳しい事情は分かりませんが、現状から判断するに、これはいわゆるイジメの現場というやつではないか!そう思うやいなや、気が付けば、私の体はその三人組の前に立っていました。

「イ、イジメ……カッコ悪いでしゅ!」

「――――――ぷ、あははははは!」

 一瞬の静寂の後三人組の内の二人が笑い出しました。もう一人は相変わらず興味無さげにスマホをいじっています。

「いきなり喋ったと思ったら噛んでるし。マジウケるんだけど」

 三人組の中で一番小柄な女の子が笑いながらこちらに向き直りました。小柄と言っても、背丈は私と同じ位でしょうか。髪型は右側頭部のみアップにした、変則的なサイドテールで前髪は右側から左側にかけて長くなっているアシンメトリーというものでしょうか。制服は着崩しています、おしゃれといえば聞こえは良いですが、校則を守っているとは言い難いものです。スカート丈も短いですし。どちらかといえば不良さんです、間違いありません。私は若干気後れしつつも、彼女たちに、改めて言い放ちました。

「イジメは良くありません!」

 すると三人組の中で一番長身の女の子が体を折り曲げて、私の顔を覗き込み、嘲笑気味に、

「イジメ? どこがヨ?」

 と聞いてきました。私より頭一つ高い、大柄な褐色の女の子です。髪型はソフトなリーゼントで、髪色は金髪とまでは言いませんが、明るい色をしています。制服はカーディガンを腰に巻き、シャツの胸元のボタンも上から二つほど外しています。こちらは超ミニスカートです。人を見た目で判断するのは良くありませんが、こちらはわりとストレートな不良さんです。

「ボールを彼女にぶつけて遊んでいたでしょう!」

「ぶつけていたんじゃねえヨなあ、鳴実?」

 鳴実と呼ばれたサイドテールの女の子は、指で毛先をいじりながら、気怠そうに答えます。

「てゆーかウチらサッカーしてただけだし?」

「サ、サッカー……?」  

「そ、サッカー、だよねぇ、ヴァネ?」

 ヴァネと呼ばれた褐色リーゼントの女の子も笑いながら、

「アタシら流の練習ってやつヨ」

「練習……?」

「そ、近い距離でボールを止める練習、実戦的ってやつ――?」

「トラップって知らない? ぽっちゃりちゃん?」

 そういって、二人はまた大笑いをしました。

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