魔道船狂想曲 その1
「店長様、この度は急にお休みを頂きまして本当に申し訳ありませんでした」
魔王ビナスさんが笑顔で職場復帰しました。
「あ、これお土産ですわ。ドリタニア城下街名産のメリカーナ饅頭でございます。ご家族の皆様でお召し上がりくださいませ」
「あ、こりゃどうもご丁寧に」
僕は、魔王ビナスさんが風呂敷包みから取り出した箱入りのお菓子を受け取り、頭をさげていった。
いや、しかし正直ホント助かりました。
居なくなってわかる……ってやつですかね?
魔王ビナスさんがいないと、いかにウチの店がまわらないかってことです。
支店も含めたコンビニおもてなし全店とおもてなし商会2店舗で販売している惣菜やお弁当・ホットデリカなんかを全て本店で作っているわけですし、すでに僕1人では無理っていうか、魔王ビナスさんが居てやっとどうにかなっていた事を今回の件で深く自覚した次第です、はい。
これはあれです。今後も魔王ビナスさんが内縁の旦那さんの仕事の関係でお休みすることがありうるわけでうし、そういう事態を想定してもう少し人員を増やしておいた方が……
僕がそんなことを考えていると、いつのまにか僕の視界の端にメイデンの姿が……
いや、メイデンはない。
確かに、魔王ビナスさん不在の間、その穴を本当によく埋めてくれた。
よく頑張った! 感動した!
「と、言うわけでゴルア、引き取ってくれ」
僕は、スアビールを買いに来たゴルアの前にメイデンを突き出しました。
するとゴルアはですね
「店長殿、メイデンはいかがでしたか? しっかり働きましたか?」
「あぁ、確かに思った以上にやってくれたよ。でも連れて帰ってくれ」
「そうですか! ならいっそのこともうしばらくこの店であれこれさせてやってはいかがでしょう?試用期間といいますか、社会貢献活動従事期間の給料はすべて辺境駐屯地で負担いたしますので」
「ありがたい話しだけど、とにかくもういいから連れて帰ってくれ」
「ご無理には申しませんが、出来ることならあと364日と18時間ほどメイデンをこの店でお使いいただけるとこちらとしても助かるのですが」
「ゴルア、お前それって、メイデンの社会貢献活動従事期間を全部コンビニおもてなしでやらせようって魂胆だろう? マジで勘弁してくれ」
と、まぁ、オレとゴルアはそんなやりとりを延々繰り返していったわけです。
いえね、メイデンはですね、元々闇の嬌声っていう隠れてあくどい商売をやっている集団に所属していたリッチっていう死人の魔法使いなんです。
そんな彼女を捕まえた僕達は、その身柄をゴルアに引き渡したわけです。
本来でしたら王都に送られてそこで処罰されるはずだったんですが……メイデンはですね、ゴルアの取り調べに対して聞かれてもいないことまでベラベラしゃべったらしいんですよ。
で、その情報がかなり有益なものだったらしくて、なんでも闇の嬌声の拠点が3つくらい壊滅したらしいんですよ。
とはいえ、その情報を聞き出したゴルアの苦労も相当だったらしいんです。
*以下、ゴルアがおもてなし酒場で愚痴っていた内容から推測した内容でお送りします*
「あぁ、こんな取り調べ室に連れ込まれて……私はここで初めてを迎えてしまうのですね。その上であんなことやこんなことやそんなことやいろんなことを仕込まれて、死ぬまで陵辱の限りを尽くされながら奴隷としての生活を強いられるのですね……」
「そんなことはしない、とにかく闇の嬌声に関して知っていることを洗いざらい喋ってもらおう」
「そんなこと出来ません。これでも闇の嬌声様のおかげで糊口を凌ぐ事が出来ていたのです。一宿一飯の音を仇で返すわけにはいきませんわ……ですが、もしここで私が鞭打ちにでも処されれば、知っていることの5%くらいはお話してしまうかもしれませんが、そうでもされない限り私は絶対に何もお話いたしませんわ」
(しばらくの間)
「……で、どうだ、これで満足して全部話してくれる気になったか?」
「あぁ……なんという鞭裁き……こんな攻め苦を受けてしまった私は、本意ではないのに知っていることの10%まで話してしまうしかありませんわ……この上***を***されたら、さらに知っていることの10%を……」
(しばらくの間)
「はぁはぁ……こ、これでどうだ? 満足して全部話してくれる気になったか?」
「あぁ……なんという***で***だったのでしょう……ここまでされた私は、本意ではないのに知っていることの30%まで話してしまうしかありませんわ……この上さらに++++を+++++++されたら、さらに知っていることの……」
……と、まぁ、そんな感じで、ゴルア自身したくもないことをさせられまくった挙げ句、ようやく聞き出したみたいなんですよね。
この世界では体罰的な取り調べも一応合法らしいので、ゴルアも違法な取り調べをしていたわけではないんでしょうけど、どんどんエスカレートするメイデンの要求に応え続けていくのは、結構精神的に辛かったらしくて、連日おもてなし酒場で「なんであんなことを……この私がしなければならんのっだ」とまぁ、そんな愚痴をこぼしまくっているゴルアの姿が頻繁に目撃されていたわけです、はい。
とはいえ、魔王ビナスさんも戻って来たことだし、補充用の人材は別に探すとして……メイデンは是が非でも引き取ってもらいたいわけです。
何かあるとすぐに「私はここで初めてを……」とか「陵辱の限りを……」とか口にする女が店に居座っていたら、お客さんの反応もあれですし、万が一パラナミオ達がメイデンを見たら教育上よくないとの思うわけです。
と、言うわけで、僕は
「どうか助けると思って!」
と、最後まで食い下がってきたゴルアに、根性でメイデンを押しつけてお引き取り願った次第です、はい。
◇◇
ほどなくして、再びゴルアがコンビニおもてなしにやってきました。
「店長殿、今日はいいお知らせですよ」
そう言って、ゴルアが、身構えまくっている僕に手渡してくれたのは王都からの感謝状でした。
あれです、闇の嬌声の幹部……って、ジルルって幹部だったのか……と、メイデンを捕まえたことに関する物なんですよ。
ちなみに、ジルルを捕らえたことに関して感謝状をもらうのって、これで2回目です。
なんか、ジルルのおかげで僕やコンビニおもてなしの名声がどんどん高まっている気がしないでもないんですけど……まぁ、そのことは置いといて。
で、今回の恩賞としまして、証拠物件として押収した魔道船を払い下げてもらうことを申請していたのですが、無事それにも許可が下りていまして、その書状も感謝状に同封されていた次第です。
ゴルアが「この魔道船は、かつて魔道船であった残骸なので、屑程度の価値しかない」って報告してくれたのも大きかったんじゃないかと思います。
しかしまぁ、これで以前から計画していました、コンビニおもてなしによる魔道船の定期便就航の目処が立つことになりました。
魔道船は、スアが修理を重ねてくれていて、そのおかげですでにいつでも飛び立てる状態になっています。
「ありがとうゴルア。これで計画していたことが実施出来るよ」
「いえいえ、それはこちらも同じです。むしろ厚く御礼を申し上げたい」
なんかゴルアは、すっごくいい笑顔でそう言ったんですけど……まぁいいか。
「とにかくありがとうゴルア、じゃあこれで……」
そう言いかけた僕の目の前に……メイデンがいました。
メイデンは手足だけでなく口まで拘束された状態で僕の目の前にいます。
「ゴルア……これはどういうことかな?」
「あぁ、気にしないでくれ店長殿。口まで拘束しているのはだな、すぐに「私はここで初めてを」とか「死ぬまで陵辱の限りを」などと口走るのを防止するために本人の承諾を得て……」
「じゃなくて、なんでまたここにメイデンがいるんだって聞いてるんだけど?」
「あぁ、書状をよくご覧ください。店長殿に恩賞として下賜されたのは魔道船一式です。メイデンもその中に含まれているのですよ。あぁ、ご安心ください。メイデンは、罰として課されている社会貢献活動従事時間をこなし終えた後は無罪放免になりますので……」
ゴルアはそう言いながら満面の笑みを浮かべ続けています。
そんなゴルアの目の前で、僕は口をあんぐりと開けたまま、呆然としていました。