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17話

ライラ陛下と、リック君からジャムの納品(と言って間違いないはず)の仕事を受けて数日。
最初の日曜日がやってきた。
当初、日曜の朝にジャム用の瓶が送られてくる。という話だったが、最初の瓶はすでに預かってきているので届くことは無い。
その日も、特に日々のルーティーンから外れる予定はなく、急な予定が入ることもなく夜を迎えた。
タブレットの通知に気が付き確認すると、ライラ陛下からだった。内容を確認する。

「アプリコットかブルーベリーか…」

このチョイスは完全に気分なんだそうだ。
その時に食べたいと思うジャムを選択しているのだとか。
あの日、なぜその中から一つでいいのか、それでも聞いてみたところ、元々懇意にしているジャム農家もあるのだそう。
なので、急にそこに頼まなくなると軋轢が生じてしまわないかという懸念から、ココロから届いたジャム以外のジャムはそちらから購入するのだと。
という建前。本音はどちらも食べたいからに過ぎないと、語ってくれた。

ということで、今回はアプリコットを選択する。
ブルーベリーは前回使ったので、数はだいぶ減らせた。
けれどアプリコット、杏子は実はまだ1度も使っていないので貯まっていく一方だ。
それと、ライラ陛下とリックに渡す分以外で残ったのはそのままここで使うので、まだ残っているブルーベリーより…という理由もあるが。


翌日、月曜日。
予定通り、ジャム作りを始める。
杏子は種を取り除き、グラニュー糖と混ぜ暫く置いておく。
水気が出たら火にかけ、灰汁を取り除きつつ、途中でレモン汁を加えて煮詰めていく。
煮沸消毒した瓶にそれぞれ詰めて、鍋で沸騰させる。
蓋を締め直して、暫く置いておく。


「よし!じゃあこの間にオヤツを作っちゃおうかな」

せっかくだからジャムを使ったオヤツにしようか。昨日リックにご馳走してもらったからではな…いや、完全に触発されている。

「んー、やっぱりクッキーが妥当かな」

そう考えながら材料を取り出す。
任意加工の便利な機能として、状態を選べる所だ。
今回であればバター。クッキーを作る際、冷蔵庫から取り出すと冷えて固まっているので、常温で柔らかくなるまで待つ必要があるが、この場合「柔らかいバター」と選択すれば、すぐ使える物が出来上がる。

そのバターを使ってプレーン(甘さ控えめ)のクッキー生地を作って、薄く広げる。
その上にブルーベリージャムを薄く伸ばして端から丸めていく。
それを冷蔵庫で冷やしたあとで切って焼けばうずまきクッキーになる。

せっかくなのでもう1つ。
今度はプレーンの生地にジャムを混ぜて纏めずにスプーンで鉄板に落としていく。いわゆるドロップクッキーだ。
少し多めに作ったので、冷めたところで少し包んでおく。
その頃にはジャムを入れた瓶のフタもへこんでいたので、1つをライラ陛下に転送する。
直後、喜びの返信が来たので、少し驚いていた。

「じゃあ、少し出かけてくるね」
「はーい」
「行ってらっしゃいー」
「ンミー?」
「ユキー。良い子で待っててね」

そう言えば、ユキが起きている時に出掛けるのは初めてだ。いつもお昼寝タイムだったから。
どこかへ行ってしまうのかと不安な様子で足元に擦り寄ってくる。何このカワイイ生き物。
思わず抱き上げてしまった。

「大丈夫だよー。すぐ帰って来るから。ほら、皆と遊んでおいで」
「ユキー」
「ユキあそぼー」
「んみゃ!」

チリンチリンと、鈴の音が聞こえてそちらに注意が向く。お気に入りの玩具の音だ。
床に降ろしてあげればそちらへ駆けていく。

「じゃあ、お願いね」
「ん!まかせて!」

ロズが、ポンと胸を叩いている。
その姿を逞しく感じながら、家を出た。

漫画とかではよく、1匹で置いてかれる猫が扉をカリカリしてる描写が描かれていたが、ここでは妖精達と一緒なので寂しくないのが幸いだ。


「こんにちはー」
「あ、ココロさん。いらっしゃいませ!」

リックの家、表側の扉を開けると、作業中だったのかリックがキッチンに立っていた。
その表情は笑顔を浮かべているが、少し様子がおかしい。
出迎えはしたが、その場からは動かず作業を続けている。

「…何かあったの?」
「…実は…」


リックに続いて、二階にある生活空間へと向かう。
急遽客間として用意したという部屋にたどり着いた。

「良いですか?開けますよ…」

ガチャリとドアノブを回せば、中でガタガタッと物音がする。
昼間だというのに薄暗い部屋の中。1つの目がこちらを伺うようにこちらを見ているのが見えた。

「能力持ちの子を、預かってる?」
「はい。子供がやって来るのは初めてなので、今どう対応するか話し合ってる最中なんです」

子供がやって来ることは無いと、話には聞いていた。
理由はハッキリしていない。世界の意思に任せているのだと。
ただ1つハッキリしている事は、その子供を1人にする事は出来ないと言うことだ。

「対応が決まるまでは預かっているんですけど、混乱しているのか警戒心が強くて」
「なるほど…」

ちなみにリックが預かっている理由…ハロルドには2人の兄が居るのに…は、兄弟の中で1番生活能力があるからだと言う。
リックの下の子は、まだ自分の事で精一杯(時々リックが世話しに行っている)のため、さらに幼い子の世話は先ず無理。
そしてお兄さん2人は、仕事は出来るがそれ以外は壊滅的で、それぞれ預かっている家で家政婦さんを雇っているのだとか。


「さぁ、ここに置いておくよ」

締め切られたカーテン。その隙間から、チラリと見える1つの目。
よく見えないがその目の下に、ヒゲのような物がヒクヒクとしている。
中に入ったリックが、テーブルの上に持ってきたおにぎりを置いてくる。

「……」

こちらを警戒しながら、カーテンの隙間からそろりと出てくる。
テーブルの元に向かうと、おにぎりの匂いを嗅いで、安全な事を確認してから勢いよく食べ始めた。

「いつも、こんな感じなんです。警戒はするけど、食欲は旺盛みたいで…」

リックが用意してきたおにぎりをペロリと平らげ、そばに置いてあったお茶に手を伸ばす。
飲む直前、再び鼻をヒクヒクさせて何かの匂いを嗅いでいる。お茶…では無さそうだ。

「?」

チラリと視線がココロへ向く。
ソロリと、警戒はしながもこちらへ近寄ってくる。1歩離れたところで止まったかと思うと、再び鼻をヒクヒクさせる。
何か臭うのだろうかと考えて、ドロップクッキーの存在を思い出す。

「あ。もしかして…これ?」

入れてきた袋を取り出し、差し出す。
一瞬ビクリとするがドロップクッキーが気になるのか、そっと受けとって、サッと逃げていった。

「……」

袋を開けて中の匂いを嗅いでいる。
1つを口に放り込めば、すぐに目をキラキラとさせ、夢中で頬張り始めた。
その姿を見ながら、リックと視線を交差させ、揃って階下へ続く階段へ向かった。

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