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冒険者ギルドへようこそ

「ここだ」

 看板の文字を見て、僕はつぶやいた。
 ようこそ、冒険者ギルドへ。悪戯されたのか、それとも事件的なアレなのか。赤黒いペイントが付いた看板には口を引き攣らせつつ、僕はギルドの中へ恐る恐る足を踏み入れた。

 スイングドアの入り口を抜け、キィキィと鳴る床を歩く。入った瞬間には併設されている酒場から聞こえていた笑い声が消え、僕は一身に視線を集めていた。

(こわいこわいこわい……)

 想像していた通り、いやそれ以上に睨まれてる気がする。禿げないはずだけど、恐れとストレスで禿げそう。

「あの……」

「あら、こんにちは! べロウウルフの使い魔は珍しいですね」

「あ、そうなんですか?……っと。すみません、登録したいんですが」

 三デルを渡す。笑顔で頷いた女性に座るように促され、僕は素直に椅子に腰掛けた。

「ではこちらのガラス板に手を置いてください」

 背中に視線を感じつつ、受付の女性に言われた通り、ガラス板に手を置く。
 ぱあっと一瞬光った後、離すように言われた。

「ありがとうございます。シンヤ・タチカワ様、男性、四十二歳……四十二歳!? 四十二歳なんですか!?」

「はは……ええ、まあ……」

 外見は二十代後半の男だからなぁ……そりゃあその反応になる。

「失礼ですが、奥様は……」

「いえ、独身です。若いときに恋人と別れて以来一度も……ははは」

「そ、そうでしたか……こほん。失礼いたしました。ええと、年齢は四十二歳、出身はニホン村でよろしいですか?」

「ぶふっ」

 ニホン村! そうかそういうことになったのか! アレクの仕業かな、かなり面白い響きなんだけど。

 いきなり吹き出して笑いを堪える僕に、受付の女性が目を白黒させている。
 必死で笑いを抑えようとするけど、腹筋がピクピクして痛い……っ。

「ふ、ふふ、す、すみません、続けてください」

「はぁ……? ええと、では。出身はニホン村で」

「ぶはっ!」

「……こほん。今日、ヒネクに入られたのですね」

「は、はい、すみません」

 笑いすぎて声が震えた。

「魔力の属性は、風と氷に適性があります。光と影以外の適性もあるので、攻撃魔法以外でしたら問題なく使えるようです」

「風と氷……」

 魔法は使えるみたいだ。よかった……氷あったらお酒が美味しく飲める。頑張れば光と影以外は使えるみたいだから、生活に不便は無くなりそうだ。

「ありがとうございます。じゃあ、説明をお願いします」

「……え?」

「はい?」

「……あっ、いえ、何でもありません……! 感動してしまって……」

 感動? なぜ……?

「まともに説明を聞いてくれる人が久しぶりでして……皆さん要らないと言って登録済ませてさっさと依頼に行ってしまうんです。そのため、ギルドカードの更新が出来ず剥奪……となってしまう方もいて」

 受付も大変だな。確かに、この熱い視線を向けてくる荒くれ集団ならあり得そうな話だ。
 僕には冒険者イコールマフィアみたいなイメージがあるから……思わず納得してしまった。

「では、改めまして。今回ご説明させていただくテリー・ジェファーソンと申します」

「えっと、ジェファーソンさん」

「はい、そうです。呼びづらかったらテリーでも構いません」

「では、テリーさん。よろしくお願いします」

 ぺこっと頭を下げると、同じようにテリーさんも頭を下げた。

「まずはこの国の冒険者ランクのご説明から。ランクが低い順から、ウッド、ストーン、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、アダマンタイト、となっております。単純にD級からS級で表されることもあります」

「へぇ……十個もあるんですねえ」

「あなた本当に四十二歳ですよね……いえ、何も言いません。何も聞きませんよ、私は。現在、タチカワ様のランクはウッドです。木のタグプレートが渡されます」

「へぇ……ストーンは石のタグプレートを?」

「はい。アイアンなら鉄、ブロンズなら銅、シルバーなら銀、ゴールドなら金、プラチナなら白金、ミスリルならミスリル、アダマンタイトならアダマンタイトとなっております」

「ちなみにアダマンタイトって何人います?」

「ここ五十年、アダマンタイトはいません。ミスリルは二人、プラチナは五人という現状です」

「結構少ないんですね」

 どのくらいの強さなのかはわからないけど、人数が少ないってことは……かなり強そうだ。

「実は、強い、弱い……の関係でアダマンタイトがいないわけでは無いんですよ」

「え?」

「平和すぎて、昇級できるくらいの討伐対象がいないんです。もし討伐対象がいたら、アダマンタイトの冒険者は少なくとも七人は出ていますし、ミスリルもプラチナももっと多かったと思います」

「でもミスリルは二人って……」

「ミスリルよりも、プラチナの方が融通がきくと言いますか……ぶっちゃけてしまうと、ミスリルから上のランクだと王侯貴族が主催するパーティに出席しなければならないんです。冒険者の大半は平民出身なので、堅苦しいパーティに出たく無いと言われる方も多く……わざと昇級試験を受けない人もいらっしゃるんです」

 なるほど、それは確かに僕も嫌だ。
 王侯貴族が主催するパーティ、つまり社交パーティは、流行の最先端が集う華々しい場だが、同時に仄暗い政治家たちが集う場でもある。

 駆け引きや何やらが面倒くさそうだ。僕がミスリルの冒険者になれる強さを持っていたとしても、おそらくミスリルにはならないだろう。

「と、まぁランクの話はこの辺にして……次に、先ほど出てきた更新や昇級試験についてお話しします」

「お願いします」

「まず冒険者ギルドカードは、半年ごとに更新が必要となります」

「早速質問ですが、それは作ったギルド以外のギルドでも更新できますか?」

「もちろんです。同盟国であれば、他国のギルドでも更新は出来ます。受付にカードの更新を申しつけてくだされば対応しますよ。ちなみに、ランクが上がる際も受付でタグプレートをお渡しします」

「僕がストーンに上がる場合、持っていたウッドのタグプレートはどうなるんですか?」

「通してあった魔力を抜くので、完全に効力を失います。ゴールドランクのタグプレートまでならそのままお持ちいただいても大丈夫ですよ」

「プラチナからは?」

「プラチナからは、こちらで再利用させていただきます。特殊な加工がされていますし、何より貴重な鉱石なので……」

「彫られた刻印は?」

「ギルドで雇っている石工職人が彫り直すんです」

「そんなことできるんですか」

「魔力で彫ったところを埋めるんです。そこから彫り直します。私も直接は見たことありませんが……」

 それは是非とも見てみたい。

「では次に、昇級試験です。昇級試験はシルバーランクの冒険者がゴールドランクに上がる際に受ける試験です。ゴールドからプラチナ、プラチナからミスリル、ミスリルからアダマンタイトに上がる際にも試験はあります」

「シルバーに上がるときは何も無いんですか?」

「受けた依頼の内容でポイントが割り振られるんです。ストーンには百ポイント必要です。薬草採取の依頼を四つこなせばストーンに昇級できるくらいですね」

「魔物を倒したりする方がポイントは高いんですか?」

「一部を除いて、ですね。ポイントが低い魔物討伐の依頼や、ポイントが高い薬草採取の依頼もありますので……その依頼もいつもあるわけでは無いんですが」

 うーん、無心でやってた方が良さそうだ。ランクが上がれば万々歳、くらいの感覚で。

「昇級試験では主に、ランクに合わせた魔物を討伐する依頼をこなしていただきます。タチカワ様の場合、テイマーなので使い魔である彼が討伐してもクリアとなります。……彼ですよね?」

「彼です。シルバーといいます」

「結構安直な……あっ、失礼しました。すみません。口が滑って……」

 この子、結構直球で強気だな……。まぁ、このくらいじゃ無いとこの冒険者ギルドの受付はできないのかな。

「こほん。もしゴールド以上のランクに上がる場合は、昇級試験を受けたいと受付に言ってもらえれば」

「受付ってそういう仕事だってわかってるんですけど、仕事量多いですよね」

「わかります? 冒険者ギルドって受付が全部やるので凄い忙しいんですよ。冒険者同士のいざこざも治めなきゃならないので、力も入りますし」

「それは大変だ……お疲れ様です」

「ありがとうございます……タチカワ様は力が抜ける方ですね」

「はは……友人にも昔言われてました」

 気が抜けるから真剣な話し合いには口を出すな、と言われた中学時代を思い出して、思わず苦笑する。
 大人になってある程度歳をとってからは「鬼の立川」なんて呼ばれたりもしたんだけどな。なんでも、仕事中の僕は顔が怖いとかって。

 話してみると「意外と優しいんですね」と言われることが多かったんだよね。

「では次に、依頼の受け方について説明いたします。依頼はそちらの壁に貼り出されているものと、受付にあるモニターにあるもの、最後にこれは特殊ですが、依頼主から指名されての依頼、指名依頼の三つとがあります」

「指名依頼は高ランクの冒険者とかが?」

「それもですが、依頼主の満足度が高いと、依頼主がもう一度あの冒険者を、と指名依頼されることも多いですね。指名依頼は一番報酬単価が高いので……」

「真面目にやった方がお得ですね」

「ただ、冒険者になりたてだとそれを知らない方も多いんです。先ほども言ったように、説明を聞かない方が多いので」

 ちらっと僕の背中に目を向けたテリーさんの姿で気がついた。いつの間にか、背中から視線が外されている。

 嫌に静かだな、と思いつつ振り返ると、いい歳したおじさんたちが縮こまっていた。

「ええと……」

「いいんですよ。なりたての頃苦労した人たちばかりです。まぁ、苦労したのは私たち受付ですが」

 心当たりがあるのか、ビクッと肩を揺らす冒険者たち。僕は苦笑して、テリーさんに説明を促した。

「まったくもう……。それでですね、基本的に依頼などはご自身で選んでいただき、その内容を受付に伝えてくださればランクと実力を見てこちらで受理します」

「じゃあ、モニターにあるっていうやつは?」

「モニターに入ってるのは、基本的に貼り出されているのと同じものです。ただやはり、どうしてもモニターの方が新しい依頼が多いですね。依頼主から来たものが直接映し出されるので」

「なるほど。受付に聞いた方が早そうですね」

「そうなんですよ。こちらとしても、そのまま円滑に作業できますし。なんなら、条件を言ってくださればそれに合う依頼も見つけます。その間他の仕事しなくていいですし」

 隙あらば愚痴りだすテリーさんに、これはかなり溜まってるな、と苦笑する。

 働きたく無いのはどの世界でも同じだ。

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