晩酌のない夜
森を歩く。驚いたことにシルバーの上はとても快適で、お尻も痛くならなそうだ。あまり揺れないし、かなり楽ちんかもしれない。
「主、そこの果物は食べれます。色は違いますが、オレンジです」
おそらく、この紫の丸い果物のことを言ってるんだろう。さすが異世界、色も奇抜だし、まさかこんなところに出きるとは。
いくつか摘み取って、さっき創造魔法で作った巾着袋に入れる。この巾着袋には便利な機能をつけた。いくらでも入って、すぐに取り出せて、重さを感じない機能だ。
「口に入ればなんでも入るってことだから、シルバーは入れないよね」
「小さくなれるので……」
あ、そうか。小さくなれるから入れるのか。
でも、シルバーがすごく嫌そうだから入れはしない。そもそも、生き物はあまりこういうのに入れたくないし。
ゆらゆら、心地よく、のんびりと揺れる。ピチュピチュ小鳥がさえずっていて、僕の気分は最高にゆったりしたものだった。
「そういえば、シルバーに似た生き物はいるのかな」
「ああ、それなら数種類ほど頭にインプットされています。フェンリルが一番近いかと。しかし、フェンリルは幻獣ですので、他言は勧められません」
「じゃあ、なんとかウルフ系とかはいるのかな」
「レッドウルフなどは私よりも一回り小さい種類ですね。シルバーウルフになるともっと小さいです。大きさが一番近いのは……そうですね……べロウウルフかと。色もほとんど同じです」
「べロウウルフ……それはどんな生き物? 人間に友好的なのかな」
「この世界にはテイムという魔法がありますので、一緒にいるなら友好的ではあります。べロウウルフは喋りませんので、人前では黙っています。……テイムは、魔法というよりはスキル、と言った方が正しいでしょうか」
使い魔契約みたいなことかな。なるほど、そういうのもあるのか。
「基本、人型以外の魔族はテイム出来ますので、べロウウルフをテイムしていてもおかしくはないかと。スキルというのは自己申告制でして、何かで覗かれるというのもないので……」
「そうか、よかった」
「主、あちらに川があるようです。行ってみましょうか?」
「そうだね、水も欲しいな」
正直にいうと、創造魔法で作ったものをあまり口に入れたくはない。問題はないのだろうけど、まあ、僕の意識の問題だ。
普通は物体を創造することはできない。物については許容範囲内ギリギリだけど、流石に食べ物や飲み物を創造して、それを食べるのは避けたかった。
飢えて死にそう、って時にはしょうがないだろうけど。
シルバーは僕を守護し、敵を噛み砕き切り裂く。おそらく、並大抵の戦闘で怪我をするほどの弱さではないはずだ。
シルバーがジャンプした。岩から岩へ軽く飛ぶシルバーにひやっとする。さながらジェットコースター……手綱を握っていないとなんだか振り落とされそうだ。
「主、そろそろ休憩にいたしましょうか」
「そうだね。川にも着いたことだし」
伏せたシルバーから降りて、久しぶりに立ち上がる。ぐっと腰に手を当てて伸びをしてから、僕はしゃがんで川の水を触った。
「この水は大丈夫かな、シルバー」
「大丈夫です。澄んでいますので、美味しいかと」
じゃぶじゃぶと飲み始めたシルバーに倣って口をつけてみる。……うん、コップを作った方が良さそうだ。
「創造魔法執行、コップ」
手のひらの上にちょうどいいサイズのコップが出来上がる。一度川の水に晒してから、水を汲み上げて飲んだ。
「……ん! 美味いね、確かに」
「はい」
「……そういえば、シルバーってお腹空くの?」
「空きます。が、勝手に捕ってきますので、ご安心ください」
「やっぱ生肉じゃないと駄目かな」
「思考は一般のオオカミと一緒ですので……」
「なるほどね。……ごめんだけど、今日は一緒にとった果物で我慢してくれるかな?」
「構いません。なんでも食べれますし、主が望むのなら、食べません。飢餓で死ぬことはないので」
飢え死にはしないんだ……いい気分じゃないから、無理矢理に食べさせるけど。
「じゃあ一緒に食べよう。……ナイフがあった方がいいかな」
「主ほどのお方でしたら、常時魔力を全身に巡らせていても問題ないかと存じます」
まあ確かに。上限がないから、尽きようがないというわけで。一般の人がいつも全身に巡らせていてどんな問題があるのかは知らないけど、僕ならなんの問題もないだろう。
それに、慣れるという意味でもいい案だ。
「創造魔法執行、ナイフ」
ナイフをイメージして、創造する。
このナイフの大きさなら、動物も捌けそうだ。鶏とか猪とか、あとは鹿くらいしか捌いたことないけど……そういえば、本とかも創造できるのかな。
手元にあるこのナイフはあるメーカーのものをイメージした物だ。触ってみた感じ、違いはない。
本も出来るかな。いやでも、読んだの一回だけだしな……解剖学の本なんだけどな。
「シルバーは動物の捌き方知ってる?」
「……申し訳ありません。詳しいことはわからず……」
「いいんだ。僕もちょっと昔かじったくらいだから分かんなくてさ。できれば、狩ってくるなら猪がいい」
「かしこまりました。お力になれず……」
「いやいや、狩ってきてくれるだけでお力になってるから!」
意外と自分のことを過小評価するな、このオオカミは……。
そういえば、ハーネスいつまでも着けてると嫌かな。
外すよ、声をかけながらハーネスを外す。軽い鞍を岩の上に置いて、その隣に座り込んだ。
「怒涛の一日だなあ」
「お疲れ様です、主」
「ありがとう。……シルバー、これからよろしくね。長い時を一緒に過ごすことになるだろうから、嫌なことあったら遠慮なくいうんだよ」
「ありがとうございます、主」
フッと微笑んだ……と思うんだけど、オオカミだからわかりづらいな。でもその反応が嬉しくて、シルバーを撫で回す。
いつのまにか大型犬くらいに小さくなっていたシルバーが僕の膝の上に前足を置いて甘えてきた。
可愛いな。やっぱり僕は犬派なんだよなあ。
撫で回して、抱きしめる。そういえば、とふと思い出した。
(こうやって誰かを抱きしめるのはいつぶりだろう)
そう考えるとどうしようもなく温かい気持ちになって、思わず笑みが溢れた。
結局その日は、一人分のミリタリーテントみたいなやつを創造魔法で作って、シルバーには見張りをしてもらいながら寝る事にした。
「ごめんね。眠くないかい?」
「体力の消耗はありません。主のお役に立てて光栄です」
「よかった」
虫除けのカヤを下ろして、寝転がる。
ゴツゴツした砂利を感じないように創造したから寝心地はいい。僕はカプセルホテルなんかが好きな男だから、普通に寝れるしな。
ジーワ、ジーワ、と虫が鳴く。故郷の田舎町を思い出して、少し泣けた。
目が覚めると、まだ明け方だった。時間が分からないのは少し不便だなぁと考えながら、テントから出る。
「おはようシルバー」
「おはようございます、主。よくお眠りになられましたか」
「うん、まぁね。君のおかげだよ。……さて、今日の目標はとりあえず、森から出る事。人がいるところに行こう」
同時に、ぐぅ、とお腹が鳴る。二十台後半のちょっと怪しいお腹を撫でて、僕は顔が赤くなるのを自覚した。
「……その前に朝ご飯にしようか」
「では少し、魚も捕ってきます」
「ありがとうシルバー」
目の前の川、ちょっと離れた辺りでバシャバシャと音がする。どうやら爪で魚を捕ってるらしい。
僕は森で用を足して、川で手を洗った。
「そういえば、朝ご飯なんて久しぶりだな……」
もっと言えば、晩酌しない日も久しぶりだった。
酒がないからしょうがないけど……そんな日も悪くない。一週間に二日くらいは休肝日があってもいいかな。
一応、僕は酒好きだから、酒絶ちは無理だけど……。
「主、こちらがアユです」
「こっちの世界でも名前は一緒?」
「基本、この世界にある物の名称は英語です。一部日本語のものも混じっていますが……」
「なるほどね……鮎は英語でもアユか、そういえば。スイートフィッシュとも言うけど」
じゃあ、鮭はサーモンになるわけだ。うーん、英名とかわかるかな……。
「その都度、主には私が説明いたします。形が違うものもあるので……このオレンジしかり」
「確かにね。オレンジは色だけど……形が違うものあるわけだ」
まぁ、シルバーがいれば安全安心かな……。
とにかく、アユだ。捌き方は単純。鱗をこそげ取って、ぬめりを取る。そのあとはお腹に包丁を入れて内臓を押し出し、血合いを洗い流したら終わりだ。
シルバーが捕ってきた六匹の処理を済ませる。この大きさなら……僕はおそらく一匹で済むだろうから、残りはシルバーだ。
塩はないので、そのまま焼く。このままでも美味しいはずだ。アユは身に甘みがあるし……何より僕は、あまり調味料を好かない。
とはいえ自炊に労力を使いたくはなかったから、味の濃いお惣菜で我慢していたけど。
手頃な石で落ち葉や枝を囲い、準備をする。
落ちていた木の棒を川で洗って、アユの口から刺した棒をエラから出し、またそこから中骨を縫うようにして尻尾の少し上あたりまで刺す。
「よし、できた。……あ、火はどうしようか」
「私が出しましょう。攻撃魔法ならなんとか出来ますので」
「それは五つの属性ということかな?」
問いかけると、シルバーは石の囲いの中に火をつけたあと、頷いた。
「勇者や聖女特有の魔法は使えませんが……こうして火をつけるものから、森を焼き尽くす火魔法まで。火、水、木、土、風、雷、氷、影の八種類の属性が使えます」
「へぇ……」
勇者や聖女特有、ってことは……光魔法とかか? シルバーは光魔法の類が使えないわけか……。
「その魔法は僕にも使えるかな」
「……主の体は創造魔法が使えるとはいえ、元々は別世界のもの。詳しくは分かりませんが、本来ならばこの世界にはいなかったはずの存在です」
「アレクは人数合わせって言ってたけど……あ、違うか」
アレクは僕のことを人数合わせって言ったんじゃない。多分、僕の存在がこちらの世界に与える影響で救われる命のことを、人数合わせだと言ったんだ。
「じゃあつまり、この世界の魔法は使えないってことか……」
「それは分かりません。使える可能性も高いです」
アレクが僕に三つの望みを聞いた時、最強の魔法が使えるようになりたい、とかを望んだ方が良かったのかな。
割と私欲に塗れた願いだったけど……。
普通なら、生きるために力を望むのかな。
「……ま、考えても仕方ないか。使えたら覚えることにしよう」
焼けたアユを手に取って、熱々のまま噛みつく。……うん、美味い。
「まったり行こうか、シルバー」
「はい。主の望むままに」