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結人と夜月の過去 ~小学校三年生⑥~




3年生修了式の日 最後のホームルーム 夜月の教室


修了式を終えた生徒たちは、それぞれ自分のクラスへ戻り最後の授業であるホームルームを受けている。 
夜月たちのクラスはまだ卒業というわけでもないのに、一人ずつその場に立ちクラスのみんなへの一言を言わされた。 
そしてそれが一通り終えた今、最後に担任の先生からみんなへの言葉を送っている。 
このクラスのみんながバラバラになるのがそんなに寂しいのか、少し涙ぐみながらゆっくりと言葉を紡いでいた。 
そんな先生からの言葉を退屈そうに聞き流しながら、一人の少年は廊下の方へ目をやり、その先にある窓の向こうを眺める。
―――もう3年が終わりか・・・。
―――何かあっという間だったな。
窓の向こうにはたくさんの桜が見受けられ、風によって心地よく揺らいでいた。 そんな美しい景色を見ていると、こちらまでもが心落ち着くような――――
―――そういや、色折のことは最初気に食わなかったけど、最近はあまり気にしなくなったな。
―――これも・・・慣れ、なのかな。
隣のクラスである結人のことをふと思い出した少年――――八代夜月。 夜月はなおも桜を眺めながら、彼のことを思い出していた。 
そんな中、担任の先生の次の発言が何故だか鮮明に耳に届く。

「ここで、残念なお知らせがあります」

―――残念なお知らせ?
3年生がもう終わるというのに、ここで残念なお知らせとは一体何なのだろうか。 大して興味はなかったのだが、一応続きの言葉に耳を傾けた。
「今日で、この学校から転校するお友達がいます」
その発言を聞いても、夜月はなおも桜を眺めたまま心の中で思う。
―――この時期に転校?
―――小学校生活のど真ん中だっていうのに。
その瞬間、遠くの方からガタッ、という音が耳に入った。 その時、何かに呼ばれたような――――何かに引き付けられたような感覚がして、自然とその方へ目をやる。
刹那――――

―――・・・ッ!

夜月の目に飛び込んできたのは、大切な親友である理玖が席を立っている姿だった。 

彼は少し俯いたまま、その場から教卓へ向かって歩き出す。
―――え・・・。
―――嘘・・・だろ・・・?
今は一体、目の前で何が起こっているのだろうか。 何かの間違いではないか。 それとも夜月の目が悪いのだろうか。 自分ではよく分からない。 
この状況が、上手く把握できない。 悠斗もこの状況が上手く飲み込めていないのか、不安そうな顔で少し斜め後ろにいる夜月のことをチラチラと見ていた。
鼓動が徐々に早くなっていく。 そして――――どうしようもない現実を時間かけて把握すると、夜月は自分を抑えられなくなった。

―――どうして・・・。
―――どうして転校する生徒が、理玖なんだよッ・・・!

「今日の夕方、僕は大阪へ引っ越します。 春からは、大阪で残りの小学校生活を送ります。 みんな・・・今まで仲よくしてくれて、ありがとうございました」

普段の理玖とは思えない程の、か細い声でそれだけを告げてきた。 だが言い終えても拍手など起こらず、クラスメイトも突然の転校に驚いた様子だった。
隣同士で顔を見合わせながら、何かを話している。 そんな気まずい空気に耐えながらも、何とか最後のホームルームを終えた。

そして帰りの挨拶をした瞬間、理玖の周りにはクラスメイトが磁石に引っ張られるかのようにたかっていく。 
騒音にしか感じられない程のうるさい中、夜月もつられ彼らの方へと力強く歩み寄った。 それに引っ張られるかのように、悠斗もさり気なくその背中を追いかける。
「おい理玖!」
怒気を帯びた顔付きをしながら声を上げると、流石にこの騒音の中でもその声が聞き取れたのか、理玖も夜月の存在に気付いた。
そして隣には悠斗もいることが分かると、申し訳なさそうな表情で二人に向かってこう言葉を発する。
「夜月、悠斗。 ちょっと、みんなで話そうか。 ・・・未来と、結人も呼んでさ」





放課後 校庭 桜の木の下


大きな桜の木の下で集合した夜月たち。 彼らの周りには、友達と楽しそうに帰っている下級生や同級生の姿が見受けられた。 
だがそんな華やかな空気とは反するように、今夜月たちの周りには緊張感の漂う重たい空気が流れ込んでいる。

「理玖が転校!?」

「・・・うん」

理玖が転校すると今初めて告げられた未来は、大きなリアクションをしながら大きな声で聞き返した。 
だがあっさり頷かれると、自分の頭を乱暴に掻きながら目を泳がせ、そわそわとした落ち着かない態度を見せる。
「は・・・。 何だよ、それ。 いや、ちょ、待て。 色々と突然過ぎて、意味が分かんねぇっての・・・」
「・・・」
半分呆れた口調で呟いた未来に、理玖は何も言えなくなり口を噤んだ。 
そしてしばらく彼らの間で凄まじく重たい空気が流れ続けると、未来は少しだけ心を落ち着かせたのか、先程とは違い丁寧な口調で問い始める。
「理玖は今日の夕方、この横浜から出て行くのか?」
「うん」
「そんな、急に言われても・・・」
「ごめん」
「いや、素直に謝られても・・・」
「うん・・・。 ごめん」
「おい、わざとだろ!」
「わざとじゃ・・・ないよ」
鋭い突っ込みに対しいつもは笑いながら返してくれる理玖なのだが、今回はいつもと違い、暗い表情でそれだけを言ってきた。
そんな彼らの光景を後ろから見ていた悠斗も、話に割って入ってくる。
「いつから、転校するって決まっていたの?」
「去年の夏から。 いや・・・去年の夏に、転校するってお母さんに言われた」
そして理玖は、少し遠くにある体育館の方へと目をやった。 そんな彼につられ、未来たちもその方へ視線を向ける。 そこからは、僅かだが校歌が聞こえてきた。
体育館にいる生徒が、今歌っているのだろう。 その校歌をBGM代わりにするかのように、理玖は続けて言葉を綴り出した。

「今あの体育館の中には、兄ちゃんがいる。 兄ちゃんは今日、小学校を卒業するんだ。 中学に上がる時に丁度いいからって、今年の春になった。
 去年結人を無理矢理キャンプに誘ったのも、最後の夏をみんなと一緒に過ごしたかったからだよ」

「ふざけんなッ!」

「ッ、未来・・・」

穏やかな表情で言い終えた理玖だが、次の未来の発言により表情を強張らせた。 あまりにも大きな声で怒鳴り付けられたたため、何も言えなくなってしまう。
睨み付けながら怒鳴った未来だったが――――次の瞬間、その目からは涙がこぼれ落ちた。 だがそんな表情とは裏腹に、言葉は攻撃的である。
「ふざけんな、ふざけんなよ! 今日転校します、明日からはもういませんって、そんなこと誰が信じるんだよッ!」
「未来・・・。 今日は、エイプリルフールなんかじゃないんだぞ」
未来の発言に寂しい気持ちと苦笑いが混ざった複雑な表情を見せながら、小さな声で突っ込みを入れた理玖。 だがそれでも、怒りは治まらない。
「意味が分かんねぇ! 理玖が考えていること、全然意味が分かんねぇよ!」
「未来・・・」
感情的になってどうしようもない未来に、理玖は困り果てていた。 そこで何も反論できずにいる彼に、更に追い打ちをかける。
「どうして今まで俺たちに黙っていたんだ! 去年の夏に知らされていたんなら、どうしてもっと早く俺たちに言わなかった! どうして引っ越す日が今日なんだよ! 
 言いにくくても、せめて言うのは前日までにしてくれよ!」
「僕だって、凄く苦しかったんだよ!」
「ッ、理玖・・・」
未来の発言に対して、初めて理玖は反論してきた。 それも――――感情的になっている口調で、震える身体を堪えつつ、震える声で反発してきたのだ。
そして理玖の頬にも――――涙が伝わっていた。

「僕だって、ずっと苦しかった。 みんなと一緒に過ごす毎日が! ・・・みんなが笑うたびに、僕は胸が締め付けられるんだ。 
 未来たちは今まで僕がどんなに苦しんできたのか、今まで僕がどんなに泣いてきたのか分からないだろ!」

「ッ・・・」

「だから・・・だから、言い出せなかった。 ・・・いや、言いたくなかったんだ。 みんなも僕と同じように、泣く毎日を送ってほしくなかった。
 みんなには最後の最後まで、笑っていてほしかったんだよ!」

理玖からの気持ちを受け止めつつも、未来は自分の気持ちを吐き出し続ける。
「何だよ、理玖らしくねぇな! 苦しいことがあったらみんなで分かち合おうって言ったの、理玖じゃないか!」
「そんなこと、僕は言っていない」
「言っていなくても、理玖の態度を見ていれば分かるんだよ!」
「・・・」
ここで黙り込まれると、自然と未来の気持ちも少しだが落ち着いてきた。 そして涙がいっぱい溢れ前が見えないまま、視線をずらす。
「どうして・・・言ってくれなかったんだ。 理玖が言いたくないっていう気持ちは分かるけど、当日って・・・流石に引っ張り過ぎだろ」
続けて、静かな口調で言葉を紡ぎ出した。

「理玖の時間は、お前だけのものじゃねぇんだ。 俺たちのものでもある。 なのにどうして、一人占めなんかしてんだよ。 
 ・・・理玖が今まで苦しんでいた中、俺たちはそんなことも知らずにずっと笑っていたって・・・馬鹿みたいじゃねぇか。 俺らのこの気持ち、理玖には分かるのかよ」

「・・・」
完全に黙り込んでしまった理玖を見て、悠斗は慌てて口を挟んだ。 幼馴染である未来をまずは落ち着かせようと、彼なりの気遣いだ。
「未来、そんなに責めないであげてよ。 理玖だってずっと、苦しい思いに耐えてきたんだから。 
 ・・・それに今未来が理玖に怒ったとしても、理玖が転校しちゃうことには変わりないんだよ」
「ッ・・・」
正論である発言に何も言えなくなると、素直に口を噤む。 だがそんな未来と交代するよう、理玖は深々と頭を下げみんなに向かって口を開いた。
「みんな、本当に今まで黙っていてごめん。 未来の言った通り、せめて昨日には伝えておくべきだった。 それなのに・・・言えなくて・・・本当にごめん!」
「「「・・・」」」
その謝罪に何も言葉が返せなくなる未来たち。 そこで理玖は頭を上げ、友達のことを見渡した。 そしてそのまま、一つの提案を持ち出してくる。
「ねぇ、最後にさ。 一人ずつと、話がしたいんだ。 ・・・いいかな?」
「「「・・・」」」
なおも黙り込んでいるみんな。 だが反論の言葉が返ってこないということは、これは肯定しているのだと把握した。
「それじゃあまずは・・・未来からにしようか。 ・・・いや、やっぱり悠斗も一緒に」
「え?」
一人ずつだと言ったのに最初から二人指名されたことに、悠斗は思わず聞き返す。 それに対し理玖は優しく微笑みながら、言葉を紡ぎ出した。
「未来と悠斗は、二人同時にしよう。 その方が、悠斗は気まずくないかな」


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