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第9話 映画監督の演技指導はラブシーン

(1)

 新曲のプロモーションビデオの撮影が終わると、新曲の宣伝のためにお昼のバラエティー番組に出演することになった。
司会はお笑いタレントで有名なデモリさんだ。
早めに放送局のスタジオに着くと、控室に案内された。
衣装に着替えてメイクも済むと、他控室のタレントさんに挨拶周りをすることになった。
マネージャーと一緒にまず司会のデモリさんの控室にいってドアをノックすると返事がない。
構わずにマネージャーがドアを開けて控室に入ると、デモリさんはソファーで寝てる。
よっぽど疲れているらしい。
「デモリさん挨拶に参りました」とマネージャーが声を掛けるとデモリさんは眠そうな目で顔を上げた。
私達は「ラブエンジェルズです。宜しくお願いします」と声を合わせて挨拶してお辞儀をした。
「あ、そう。昨夜寝てないんや」とぶっきらぼうに言うとデモリさんはまた寝てしまった。
ラブエンジェルズの最新のシングルCDを渡そうと思って持ってきたがこれでは渡せない。
邪魔をしても嫌がられるだけだと思って私達はすぐに控室を出た。
次に行くのは映画監督の篠塚監督の控室だ。
ドアのノックすると「どうぞ」と篠塚監督の声が聞こえた。
控室には篠塚監督の他に主演男優の純二さんもいて、愛想のいい笑顔でこちらに振り向いた。
私達は部屋に入るとラブエンジェルズです。宜しくお願いします」と声を合わせて挨拶してお辞儀をした。
「いや、君たち可愛いね、歳はいくつなの」と篠塚監督が聞いてきた。
いきなり歳を聞かれて戸惑っているとマネージャーが「この子たちはまだ高校生なんですよ」と答えてくれた。
「そうなんだ、これからが楽しみだね」と篠塚監督が言ってくれたので気に入られたらしいと判って一安心した。
「これが最新のシングルCDです、みんなのサイン入りです」と言って私がCDを渡すとお返しに篠塚監督がクッキーの缶を「これ食べなさい」と言って渡してくれた。
私はここで愛想を振りまかなくちゃと思って精一杯の笑顔を作って「ありがとうございます」とお礼をした。
「よかったら、携帯のメールアドレス交換しない」と純二さんが言いながら携帯を取り出した。
私はひとまずマネージャーの顔を見たが、マネージャーは軽く頷いた。
さっそく女の子たちが携帯を取り出すと純二さんとメールアドレスを交換しあった。
とりあえず挨拶もすんだので私たちはクッキーの缶を持って控室に戻った。
番組が始まる前にステージに案内されると公開番組の客席には観客が一杯詰めかけていた。
私達に気づくとすぐに「ラブエンジェルズだ」と観客席から声が上がった。
ラブエンジェルズの新曲の紹介が終わると次は篠塚監督の映画の紹介だ。
主演女優の凛華さんがステージにでると場内は大歓声だった。

(2)

 番組が済むとマイクロバスで事務所に戻ってすぐ踊りのレッスンの時間になった。
レッスンが終わって帰ろうと思っていると携帯にメールが入ってる。
誰だろうと思って開けてみると篠塚監督からだ。
今夜一緒に食事をしようというお誘いだった。
私はどう返事をしようかと思って迷ったけど「今夜の予定は空いてます」とだけ書いて返事を送った。
するとすぐ篠塚監督から通話があった。
「今夜一緒に食事をしよう。大事な話があるんだ、二人きりで会えるよね」と篠塚監督に言われて私は何の話かと思って一瞬とまどった。
篠塚監督の大事な話となすると、映画の話に違いない。きっと私に映画の出演の話をするつもりに違いないと思った。
こんなチャンス滅多にない。
私はすぐに「はい、構いませんけど」と返事をした。
約束の時間に待ち合わせ場所のホテルの喫茶店に行くと篠塚監督は「やあ、今日も綺麗だね」と愛想よく私に声を掛けてきた。
私はどう返事をしていいのか困って「そんなことないですよ」と適当に答えた。
「さっそくだけど、レストランの予約とってあるから。中華料理は苦手じゃないよね」と篠塚監督に聞かれて私は「中華料理だったら大好きです。嬉しいな」とわざと媚びを売って答えた。
エレベータでホテルの最上階に上がると、見晴らしのいい席に案内された。
最初にお酒で乾杯した後しばらくして料理が運ばれてきた。
私は篠塚監督の顔色を伺いながら少しずつ料理を食べ始めた。
篠塚監督に「最近どう、調子は」と聞かれて私は「私はいつも元気ですよ」と当たり障りのない返事をした。
篠塚監督は食事をしながら世間話を続けるだけで肝心の大事な話をしようとはしない。
適当に世間話をしながら私の様子を見て、話を切り出すタイミングを伺っているらしい。
一通り食事もすんで食後のコーヒーを飲んでいると「ところで有紀ちゃん。将来はどうするつもりなの」と篠塚監督に聞かれた。
私はいよいよ映画の出演の話だと思って「今はまだ考えてません。とりあえず目の前のことで精いっぱいです」とわざとはぐらかして答えた。
「アイドルは、いつかは止めなきゃいけないよね。ラブエンジェルズだっていつかは解散するか、それとも卒業して止めるかどっちかだ。そのあとの事も今から考えて置いたほうがいいよ」と篠塚監督が親切そうな口調で言ってくれた。
篠塚監督が何をいいたいのか私にはすぐ判った。
しかし自分から「私女優に成りたいんです」とか言い出すのはあまりにも芸がない。
「そうですよね、私も将来の事は考えた方がいいですよね」と私がすこし不安そうな口調で言うと篠塚監督が「有紀ちゃん映画に出てみる気はない。有紀ちゃんは女優に向いてる。僕にはピンとくるんだ」と言ってくれた。
「本当ですか、私でも女優になれるんですか」と私はわざととぼけて大げさに答えた。
「大丈夫。今度の映画に有紀ちゃんにぴったりの役があるんだ。オーディションで選ぶ予定だけど有紀ちゃんなら必ず受かる。僕が審査委員だからね」
「撮影はラブエンジェルズの活動と並行してできるようにちゃんと話をつけてあげる」と篠塚監督に言われて私は心の中で「やったー」と叫んだ。
「だけどその前に演技力のテストをさせてもらうよ、いや簡単な事なんだ有紀ちゃんならきっとできるはず有紀ちゃんは才能があるからね」と篠塚監督に言われた。
私はきっと劇団の練習場かどこかに行くんだと思って「はい、お願いします」と答えた。
篠塚監督が「このホテルに部屋を取ってあるから、これから一緒にきてもらえるよね」と言ったとき私は随分と準備がいいと感心してしまった。
篠塚監督と一緒にエレベーターに乗って下の階に降りると、部屋に案内された。

(3)

 大きな部屋には特大のダブルベッドがあり、その横には大きなソファーが置いてあった。
「さっそくだけど有紀ちゃん。大好きな男と二人っきりになったときの表情をしてご覧」と篠塚監督に言われて私はともかく笑顔を作ればいいんだと思っていつものように精一杯大げさな笑顔でほほ笑んだ。
「だめだめ、そんな顔じゃない。これから大好きな男と二人っきりの大事な夜を迎えるんだ。嬉しさだけじゃないんだ。不安と緊張の入り混じった顔になるよね」
「演技をするには、役に入り込まなきゃだめなんだ。本気で僕とこれから夜を過ごす気持ちになってごらん」と篠塚監督に言われて私は当惑した。
いったいどんな顔をすればいいのか分からない。
「演技ができないなら台詞を言って御覧『私を好きにしてください。あなたになら何をされても幸せです』って言って御覧」と篠塚監督に言われて私は困ってしまった。
まるで自分から誘ってるような言葉だ。
「言えないなら、面接はこれで打ち切るからね」と篠塚監督がまるで脅すような口調で冷たく言い放った。
せっかくの映画出演の話を駄目にするわけにはいかない。
「私を好きにしてください。あなたの好きな事なんでもしてください」と私がたどたどしい口調で言うと「いいね、雰囲気でてるよ、もう一息だ」と篠塚監督が褒めてくれた。
「じゃあ、次にキスシーンの演技力を試させてもらうよ。恋愛映画にはキスシーンはつきものだ。キスシーンだってキスするだけじゃない、ちゃんと演技ができないと駄目なんだよ」と篠塚監督に言われて私はキスシーンがそんなに難しいのかと思ってなるほどと思った。
「映画の撮影ではね、相手の男優さんは自分では選べないからね。好きでもない男優さんとのラブシーンだってやらなければいけないんだ」
「本気で相手を好きにならないとリアルなラブシーンの演技はできないからね。ぼくを相手役の男優さんだと思って本気で演技してごらん」と篠塚監督が言うと、すぐ私の前に歩み寄った。
私が顔を上げて唇を篠塚監督の顔に向けるとすぐに篠塚監督が唇を重ねてきた。
私は思わず目眩がして篠塚監督の体にしがみついた。
至上の楽園に放り上げられた私の身体は、果てしない天空を昇り続けた。

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