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10話

夢を見ていた気がする。
事故で死んで、違う世界に転生して、妖精に会って…

「なかなかリアルな夢だったなー」

そんな事を思いながら仕事を片付ける。
気が付けば、外は赤く染まっていた。
通常ならもうすぐ定時だ。そう、通常なら
しかしここはブラック企業。定時で上がれた事なんかない、のだが…

「あれ?」

周りは今日のノルマを終えて帰宅の準備を始めている。そんなの部長が許すはずが…

「澤村ー、時間までに帰れよ」
「え、え?」

部長に帰宅するよう言われた。夢か?
あぁ、そうだ。夢だ。
そう確信した瞬間に夢から浮上する。フカフカなベッドの中で、今の状況を整理した

「そーだった。あそこにはもう行かなくて良いんだった」

ほとんど社畜と化していた頃のことは、出来ればもう思い出したくない。
記憶に蓋をするにはどうすれば良いかと考えながら、まだカーテンの無い窓から外を見ると、太陽が昇り始めているのけ明るくなっていた。
その窓の外はバルコニーになっているので、外へ出る。
緑が茂っていることと、肌寒さを感じないところを見ると、夏だろうか

「わぁーここから見るとまた…」

感嘆の声…では無く、げんなりした声を上げてしまう。
この土地は、封鎖されてから今まで、手を加えられずにいた。だから仕方ないが、辺り一面、草が生い茂っている。
それもかなりの広さがある。大型のショッピングモールは余裕で建ちそうだ。

「ここで、一体何をすればいいんだろう…」

ハロルドは、確か「教えてくれる」と言っていた。誰がとは言っていないが、妖精達のことだと予想はつく。ここには彼らしかいないからだ。
その妖精達は、一緒に寝たはずなのに、起きたときには誰もいなかった。

「みんな、どこ行ったんだろう…」

着替えたいがまだ替えの服を持っていないのでそのまま1階へ降りていく。
家自体は建ったが、まだ必要な物はたくさんあるし、買い物にも行かないといけないだろう。この辺りなら中央国家の端の街まで行けると、ハロルドから聞いていた。

そんな事を考えながら、リビングとして作った場所へ行くと、妖精達が嬉しそうに近寄ってきた

「あ、ココロー!」
「おはよう、みんな早起きだね」
「これ、取ってきた!」
「え?」

テーブルを見ると、美味しそうな果物が載っていた。
リンゴにブドウ、オレンジ、見たこと無い物もあった。

「これ、どうしたの?」
「生ってたから取ってきた!」
「ココロ、食べて!」
「え、いいの?」

瑞々しい果物はとても美味しそうで、起きたばかりのココロは空腹を感じた。
どこから取ってきたのかは分からないが、盗ってきたと言うことは無いはずだ。妖精達は、勝手にこの土地からは出られないと昨夜はなしてくれた。
ならば、この土地のどこかで自生しているのだと思って間違いないはずだ。
妖精達も期待を込めた眼差しで見つめてくる。断る理由は何一つ無かった。

「じゃあ、頂きます」

まずはリンゴに手を伸ばす。
ナイフ等はまだ無いので、皮付きのままかぶりつく。小さい頃、りんご狩りに連れて行ってもらったことを思い出した。

「うっ…」

くしゃりとした噛みごたえ。最初の一口は酸っぱかった。
しかし咀嚼を続けていくと徐々に甘みが増してきて、酸っぱさが中和されていく。
それからは酸っぱさにも慣れ、いつの間にか種の部分だけになっていた

「あー美味しかった!」

少し大きなリンゴだったのもあり、お腹も満たされた。
他の果物は、剥いたり処理したりするのが大変なのと、食べ方のわからない物があるため、食べるのはリンゴだけにしておいた

「美味しいってー!」
「よかったー!」

ワイワイと喜び合う妖精達。
その中から1人出てきたか。

「ココロ、こっち来てー」
「え、まだ何かあるの?」

小さな手がココロの手を掴む。こっちーと言いながらとこかへ連れて行こうとするので、それに従った。

連れてこられたのは2階。寝室でもバルコニーでもなく、収納部屋だった。
まだ何も入れてないはずと思いながら扉を開ける。
やはり何もない。と思ったが、寝室との入り口近くに少し大きい木箱が置いてあった。
なんだろうと思いそっと蓋を開ける

「わぁ…」

中には数着の衣類が入っていた。
ワンピースやブラウス、ロングスカート、帽子なども入っている。
豪華な物では無いが、手触りの良い生地で作られている。

「でも、一体どこから…」

先程の果物はすぐに予想がついた。
けれどこの衣類がどこからきたのかは想像がつかない。

「みどりのー」
「え?」
「とっておいたー」

ついてきていたのか、全員集まっていた。
箱の中の衣類を見ながら懐かしそうにしている。
つまりは、以前ここで暮らしていた能力持ちの人の名前が「みどり」で、この衣類はその人の遺品(ハロルドの話から)になるのだろうか。

「ココロ、着てー」
「え、でも…」

これは彼らにとって、大事なものではないのだろうか。
本当に着ていいのかと考えていると、着たくないと思っていると勘違いしたのか、しょんぼりし始めた。
小動物のように落ち込む彼らに

「うん、ありがとう。じゃ、これ着るね」
「!!!」

分かりやすく喜ぶ彼らに、苦笑せざるを得ない。
どっちにしろ、着替えは欲しかったからすぐに着替えた。


「さて、と」

簡単にだが食事をして、着替えて。朝の支度を終えてから外へ出る。
草に覆われたこの土地を見回しながら、一体どうしようかと考える。
けれどココロの中では、考えが定まりつつあった。

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