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7話

馬車を降りて、まず目についたのは、遠くに見えるビル群。中央国家だ。
反対側を見れば、少し離れた所に湖が見える。反対岸は、ここからでは見えないのが、少し山の山頂らしきものが見える。
そして周辺には、何も無かった。
馬車が走ってきた舗装された道が、不自然な程途中で途切れている。道の周りには林道になっているのだが、それも無くなっていた。
ポッカリと、大きな空間が、そこにはあった。

「ここがそうなの?」
「そう。で、入口はこの辺り」
「入口?」

何も無い所なのに?と思いながら、ハロルドに示された位置へ行くと、タブレットが光り出した。
その光は鍵のような形となり、ココロの手の中に落ちてくる。
そして入口?の中央、ココロが手を伸ばせば届く位置に、その鍵が嵌る鍵穴が現れた。
思わずハロルドを振り返る

「…」

小さくコクリと頷かれ、鍵を鍵穴へと差し込む。鍵を右に回せば、ガチャリと解錠された音が聞こえた。
その瞬間に、何も無かった空間に景色が現れる。

「う、わぁー…」

消して綺麗な景色とは言えない。
手入れされていないせいもあるが、草がお生い茂り、歩くのも大変そうだ。
けれど、風が気持ちよく、空気が澄んでいるのが分かる。

そんな光景を眺めていると、いくつかの小さな光が辺りを漂い始めた。

「わ、な、何!?」

”誰か来た”
”誰が来た?”
”分からない”
”もしかして”
”みどりの手?”

ボソボソと、話し声が聞こえる。
背後にいるハロルドとは違う声。それは確かに、光から聞こえていた。

「見える?」
「し、聞こえる」
「うん、それなら問題ないね。ちなみに俺は見えないし聞こえないから」
「え!?」

最初は少しだった光は、いつの間にか増えていた。
全て違う色に光っているのに、これが見えないというのか。
伺うように辺りを漂っていた光の中の一つが、そっと近づいてくる。
何が起こるのか分からず固まっていると、光が消えてソレは現れた

「!?!」

青色の三角帽子に、同じ色をしたローブのような服。そして背中には、2対の小さな羽。
手足に顔は人間のそれと似ているが、顔の左右には長く尖った耳。
そして片手に乗ってしまうぐらいの小さな身体。
小人…いや、妖精と言う方が正しいだろうか

「アナタは、ダァレ?」
「わ、私はココロ…」
「ココロ!」

問いかけに応えると、嬉しそうに名前を連呼した。
サァッと、晴れているのに雨が降る。しかしココロは全く濡れなかった。
別の妖精が現れる。最初に声を掛けてきた妖精は、青の服と帽子だったが、その妖精は黄色だった

「ココロは、みどりの手?」
「みどりの、手?」

別の問が飛んでくる。最初にも聞こえていたが、”みどりの手”とはなんだろうか。
自分の手はごく普通の色をしている。
念の為両手を確認すると、タブレットがまた光っているのが見えた。
画面を見ると、”スキル”の下に”みどりの手”と表示されていた

「みどりの手、これ?」
「そう、それ!」

理解出来たのか分からないが、黄色の妖精はタブレットを見て歓声を上げた。
その妖精の周りが輝く。先程の雨と合わさって、小さな虹が生まれた

「わぁ…」

手が届きそうな位置に現れた虹に感激する。
もちろん触れない事は分かっていたが、思わず手を伸ばした。

その直後、光のままだった妖精が全員姿を表した。
青と黄色に加えて赤やオレンジ、白、ピンク、色んな色をしている。10人ほどいるだろうか。
全員嬉しそうに、わーきゃー騒ぎながら飛び回り始めた。
その光景に困惑したココロは、背後にいるハロルドを振り返る。

「ここは、この世界で唯一妖精が住む所。その妖精に認められないと、その姿を見る事が出来ないし、中に入る事も出来ないんだ」

やはり妖精で間違いなかったようだ。
馬車の中で聞いた、無理に入ろうとするとどこかに飛ばされてしまうらしいというのは、恐らく妖精の力だろう。
飛び回る妖精達を見て、1つの疑問が浮かび上がった。

「緑の妖精が、いない?」

赤や青、黄色、白等、カラフルな妖精達の中に、緑色の服を着た妖精は見当たらなかった。
ココロが”みどりの手”と言うスキルを持っていることと、何か関係しているのだろうか。
ココロの呟きを拾ったハロルドが、訳を話してくれた

「昔、初代の導き手がいた頃は、ここの妖精達を見れる人は何人かいたらしい。けど、ある時突然、緑の妖精が居なくなってしまったんだ。緑の妖精は彼らのリーダー的存在で、そのリーダーを失った彼らは悲しんでこの土地を封鎖してしまった。
それと同時に、妖精達を見れる人が1人を除いて居なくなってしまった。」

その人は、当時の国王だと言う。
国王は何故そうなってしまったのか調べる。
同じく妖精を見れていた人々に話を聞くうちに、とある事に気がついた。
自分も含め、誰も緑の妖精を見た事がないと言うことに。
緑の妖精については、妖精達が話していたから存在を知っていただけだったと言うことに。

当時の国王は、最後に妖精に話を聞いた。彼らは、多くは語らなかった。
みどりの手の持ち主が再びこの地へやって来ること。それまでこの地で待ち続ける事。
国王は悟った。緑の妖精とは、妖精では無く、能力を持った人だった事。その人物が、いなくなってしまった理由を。

そして妖精達と約束する。
この先、みどりの手を持った者が現れた時に、迷わずこの地へ来れるように導くことを。
そしてこの地を封鎖し、鍵と約束を、子孫へ受け継がせた。

それから時が経ち、ココロがこの世界へやって来た。
喜びの舞を舞っている妖精達を見ると、懐かしいと言う感情が浮かび上がってくる。

「?」

初めてなのに何故?と思うが、その感情は溶けるように無くなってしまった。

「一先ず、ここで暮らしてみて。ココロの悪いようには、ならないから」
「わ、分かった」

多少不安は残るが、そう答える。
その返事を聞いて、ハロルドは帰って行った。

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