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6話

ハロルドに連れてこられたのは、初めて来る場所のはずなのに、見覚えがあった。
正確には、見知った場所とよく似ている。

どっしりした仕事机に、座り心地の良さそうな椅子。
ガラス張りのローテーブルの周りには、見て分かるほどに高級なソファが置かれていた。
ココロにとってトラウマに近い配置の部屋だが、大きな違いとして全て落ち着いた色合いの物ばかりのため、嫌な感じは一切しない

(ド派手な物使ってたうちの社長とは大違いだなぁ…)

ココロが務めていた会社の社長室。いい思い出はあまり、いやむしろ全くない。思い出したくもない。
その記憶を彼方に葬り去り、部屋の主に目を向ける

「いらっしゃい。お待ちしてました」

綺麗に微笑むその女性は、目元がどこかハロルドに似ていた。
この部屋にいるという事は、この女性がこの(おそらく、ビルの中にあるのだから)会社の社長だろうと憶測を立てる。
けれどそれは、ハロルドの紹介によって打ち砕かれた。

「ココロ、この方はライラ女王陛下。中央国家のトップ」
「!?」

社長所では無かった。国のトップに会うことなど初めてのココロはどう対応すればいいか分からずに混乱する。
そんなココロを見て、ライラ女王は優しく微笑む。

「落ち着いてちょうだい。ゆっくり、あなたの事を教えて?」
「あ、はい。えっと私は澤村ココロ、です。それから…」

名前以外何を言えばいいか分からない。異世界から来たとでも言えば良いのだろうかと答えに迷う
戸惑っていると、ハロルドが助け舟を出してくれた。

「陛下は全てご存知なのですから、先に進めてください。ココロを戸惑わせないで」
「緊張しているようだから、解さなきゃと思っただけよ」

まぁいいわ、と呟きつつ、ソファーへ座るよう促される。
ライラ女王の座っているソファーとは別のソファーに、ハロルドが腰掛けたのを見てその隣に恐縮しながら座る。
ライラ女王はテーブルの上で何故か手を動かしている。何をしているのか見ていると、すぐに動きを止める。
それからすぐに、テーブルの上にはポットと3人分のティーセットを乗せたトレーが現れた。
それは見覚えのある光景だった

「さぁ、ハロルド」

お茶の準備をしながら、ライラ女王はハロルドへ声をかける。

「彼女をここへ連れてきた理由を、彼女にも分かるようにお話なさい」
「かしこまりました」

ハロルドが話し出す。
いまの時点で、ココロの能力の定着は完了しているそうだ。
通常であれば、その後は能力に合う仕事や住む場所を決めていくそうだが、ライラ女王に会うことは無いそうだ。
けれどココロは今ここにいる。それには特別な理由があるようだ

「ココロの能力に合う仕事には、『あそこ』が必要かと思いまして」
「あそこ、ですか…」
「???」

何の話をしているのか、ココロには見当がつかない。
そんなココロを他所に、2人は話を進めていく

「分かりました。そういう事なら、彼女へかけましょう」

そう言って、ライラ女王は再びテーブルの上で何かを始めた。
手の動きは何か…パソコンのキーボードを叩いているように見える
しばらくすると動きを止め、ココロへと視線を向ける

「ココロさん、そちらをココに」

初め、なんの事か分からなかったが、ライラ女王の視線が、一度タブレットへ向いたので理解出来た。
それをテーブルの中央に、見覚えのある囲いが見えたので、そこへ置いた。
再び手が動き出し、しばらくするとタブレットは僅かな光を明滅し始めた。
明滅は徐々にゆっくりになっていき、女王の手の動きが止まると共に、光は消えた

「コレでいいわ」
「ありがとうございました。それではこれで」
「ええ。ココロさん」
「は、はい!」

ここでの用事はもう終わりだと、ハロルドは足早に退室する。
それに続こうと腰をあげると、女王に呼び止められた

「頑張ってくださいね」

「?は、はい」


なんの事かイマイチ理解出来ていないが、一先ずそう応えてハロルドの後を追う。
彼は律儀に、扉を開けたまま待ってくれていた。


それから、またハロルドへ連れていかれたのは、見覚えのある扉の場所だった。

「じゃあ最後に、ココロの住む所へ行くよ」

そう言ってハロルドは、右から2番目の扉、左側のドアノブを回す。
開かれた扉をそっとくぐると、どこかの家の廊下へ出た

「ここは?」
「南の国の家。まだ移動するよ」

そのまま外へ連れ出され、待っていたのか、停まっていた馬車へ乗せられる。
御者へ何かを伝えてハロルドが乗り込んでくると、すぐに馬車は動き出した。

「少し時間あるから、これからの事を説明するけど、良い?」

コクリと頷く。
それを合図に、ハロルドは話し始めた。

「これから行く場所は、中央国家との境にある土地。何故かは分からないけど、土地開拓が出来なくて封鎖されているんだ」

土地開拓が出来ない、というより、その土地に踏み入れられないようだ。
無理に入ろうとすると別の場所へ飛ばされてしまうらしい。
仕方なくその場を封鎖し、誰も入れないようにしているのだそうだ。

「けれど、ココロの能力を活用するにはあの土地が必要だと思った。だからお…女王陛下に直に会ってもらい、許可を得る必要があったんだ」
「でもその能力?がまだどんなのか分からないんだけど…」
「問題ないよ。行けば教えて”くれる”から」

言い方から、ハロルドが教えてくれるわけでは無いようだ
誰が、とは言わなかったので不安は残るも馬車の速度が徐々に落ち始める。
少しして完全に止まったのを確認して、馬車を降りた。

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