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結人と夜月の過去 ~小学校三年生⑤~




夏休み明け


ここからは僕――――朝比奈理玖の物語。 誰も知らない僕の気持ちを、君たちだけに伝えるよ。 夏休みを無事に終え、二学期が始まった。
それでも僕たちは何も変わらない。 朝は夜月と一緒に登校し、学校では授業を受け、休み時間はみんなと遊び、放課後もみんなと一緒に帰る。 
これが僕たちの日常だった。 ただ少し変わったのは――――一つだけ。 それは僕のことなんだけど、最近はみんなといる時、よくボーっとするようになってしまったんだ。

「理玖ー? 聞いているのかー?」
「・・・! あ、ごめん! 何の話?」
ボーっとしていると、いつも未来に突っ込まれる。
「最近理玖、様子がおかしいよね」
「そうか? いつも通りだよ」
悠斗の発言にも優しく答えた。 みんなはまだ、何も気付いていない。 いや、寧ろ気付かなくていい。 

このままみんなの笑顔が、この場から消え去らないのなら――――

―――・・・それに気付かれると、余計に苦しくなるからね。
みんなと一緒に過ごした日々は凄く楽しかった。 互いに笑い合ったり、泣き合ったりもしたよね。 そう――――まるで、つい最近のことのようだ。

授業を全て終えた僕たちは、ランドセルを背負い行き慣れた昇降口へと向かう。 この学校の生徒は多く、靴箱も1年生から6年生までズラリと並んでいた。
―――僕は今まで、みんなに何をしてこれたのかな。
―――何を与えてきたのかな。
―――みんなを楽しませること、できたのかな。
―――僕はみんなといて・・・楽しかったよ。
「理玖ー?」
自分の靴箱の前でそんなことを考えていると、少し遠くから結人が僕の名を呼ぶ声が聞こえてきた。 その方へ目をやると、夜月、結人、未来、悠斗という大切な友達が視界に入る。
「理玖、早く来いよ!」
みんなは僕が来ることを、その場で待ってくれていた。
「みんな待って!」
未来が笑いながら大きな声で促してくると、僕は彼らのいる方へ向かって駆け出した。 まだ夏の香りが残る中、僕たちも変わらず5人揃っている。
母から“春に大阪へ引っ越す”と告げられてから、僕は毎日をより楽しく過ごそうと努力した。 だけど同時に、凄く苦しかったんだ。

―――こんな思いをするのはきっと・・・今目の前にいるのが、みんな・・・だからだよね。
―――きっと夜月たちじゃなかったら、こんな苦しい気持ちになんかなっていなかったよ。





冬休み 1月1日


楽しく苦しい日々はあっという間に過ぎていき、冬休みとなった今。 今年の春には大阪へ引っ越すため、僕たちの家族は今年の帰省はなしとなった。
夜月や未来、悠斗は例年通り、それぞれの両親の実家へ帰っていることだろう。 そう思った僕が、足を向かわせた先は――――

―ピンポーン。

―・・・ガチャ。

「結人いた! よかった!」
「理玖・・・!?」
1月1日。 つまり元日だというのに、早々現れた僕に結人は驚いている様子。 彼は1、2年生の頃帰省などしていなかったから、今年もいるだろうと思ってここへ来たのだ。
「理玖は今年、帰らなかったの?」
「あぁ、今年はね。 それより、明けましておめでとう!」
「え、あぁ・・・。 おめでとう」
相変わらずあたふたとしている結人を愛おしく思い僕は笑顔になるが、そんな彼の腕を掴み家の中から外へと躊躇いもなく引っ張り出した。
「結人! 一緒に初詣へ行こう!」





神社


結人から無理矢理承諾を得た僕たちは、今いる場所から一番近い神社へと足を運んだ。 やはり元日だからなのか、人が物凄く多い。 
結人はここでも人の多さに圧倒されているようで、周囲を不安そうな表情で見渡していた。 

去年彼をキャンプに誘った理由は、みんなで最後にいい思い出を作りたかったからだ。 ちゃんと楽しく過ごせたし、写真もたくさん撮った。 
―――でも・・・誘うの、ちょっと無理矢理過ぎたかな。
そしてキャンプ時、結人に夜月のことを聞いたのにはちゃんと理由があった。 それは――――夜月のことを任せたかったから。 その前に、結人の本当の気持ちを知りたかった。 
本人はあの質問をどう捉えたのかは分からないけれど、僕にとって特別な悪い意味はない。 どうして結人に、彼のことを任せたかったのか。 
それは、夜月は一人では生きていけないと思ったからだ。 一人にしてしまうと、再び彼は暗くて狭い殻の中に閉じこもってしまう。 
そうならないためにも、僕の代わりとなる――――結人に、任せたかった。 いや――――結人になら、安心して任せられると思った。

「ねぇ結人。 お参りしよう」
お金を入れ、二拝二拍手一拝。

―――みんながこれからも、幸せでいられますように。
―――そして・・・いつかまた、みんなと会えますように。

「理玖、おみくじがある! 一緒に引こう!」
「おみくじ!? う、うん・・・」
願い終わると同時に発せられたその言葉に、僕は一瞬返事に詰まってしまった。
―――おみくじ、か・・・。
―――どうせ、凶だろうなぁ・・・。
そんな悪いことを予想し、結人にどういう反応をしたらいいのか考えつつくじを引いて、中身を確認する。 すると――――
―――・・・大吉!?
―――おいおい、何だよこれ!
―――まるで、僕が引っ越すことを喜んでいるみたいじゃないか・・・ッ!
「ねぇ理玖!」
僕が“大吉”という結果を見て驚いていると、突然隣から結人の声が上がり咄嗟に手に持っているおみくじを背後に隠した。
「僕は吉だったよ! 吉って大吉の次にいいものだよね? 凄く嬉しい! 理玖は?」
「あ、あぁ、僕も吉だったよ」
彼は僕と同じ結果で嬉しく思ったのか優しく微笑み、おみくじを大事そうに手の中に包み込みながらこの場から離れていく。

「結人・・・。 僕と出会ってくれて、本当にありがとう」

結人から温もりを感じつつ、彼の背中を見ながら僕は小さな声でそう呟いた。





引っ越し前日 放課後 帰り道


楽しくて苦しくて、嬉しくて悲しくて切ない時間は、本当にあっという間に過ぎていく。 別れの時が刻々と迫る中、僕の胸はギュッと締め付けられた。
学校を早く終えた僕たちは、5人揃って今桜並木道を歩いている。 もしかしたら、このメンバーで帰ることができるのは今が最後かもしれない。
「いよいよ明日で、3年も終わりだなー!」
先頭に立ち堂々と道の真ん中を歩いている未来は、綺麗に咲いている桜を見上げながら口を開いた。
「いつもより、今年は桜の開花が早いみたいだな」
「来年も早く咲くといいね」
夜月の発言に悠斗が優しく言葉を返す。 彼らにつられて、僕も一言だけを返した。
「そうだな」

―――あと少ししたら、僕はもうここには戻れないのに。

そう思った僕はこの切ない気持ちを少しでも紛らわそうと、みんなが向かおうとしている別の道に一歩足を踏み入れ、彼らに向かって言葉を紡ぐ。
「みんなどこへ行くの! こっちだよ!」
「え?」
そう言って大袈裟に手招きをすると、みんなは渋々僕のいる道へと足を踏み入れてきた。 そんな彼らを逃がすまいと、みんなを率いるように前へ向かって歩き出す。
不思議そうな顔をして付いてくる友達のことをしばし堪能した後、今度は後ろへ振り返りおどけた様子をわざと見せた。
「あ、ごめん! 道間違えた!」
慌てたように口にすると、みんなからはドッと笑いが起こる。
「はぁ?」
「理玖は何年ここに住んでいるんだよ、バーカ」
「でも何か、理玖らしいね」
「理玖は本当に面白い!」
未来、夜月、結人、悠斗の順に述べる彼ら。 本当は道を間違えたわけではない。 みんなともっと一緒にいたかったから、わざと遠回りする道を選んだのだ。 だけど――――

―――みんな・・・何だよ、その笑顔。

今僕の目の前に広がっているのは、大切な仲間たちのとびっきりの笑顔だった。 
本当はみんなの最高の笑顔をもっと見ていたかったのだが、彼らが笑うその顔があまりにも眩しくて、思わず目をそらしてしまった。 そしてみんなに、一言だけ告げる。
「ごめん・・・。 僕、用事があったんだ。 ・・・少し、今来た道を戻らなきゃ」
先程の声とははるかに違い小さな声で発したその言葉に、未来が突っ込みを入れてきた。
「道を間違えておいて?」
「今用事を思い出したんだ!」
「そっかそっか。 じゃあ理玖、また明日な」
そう言ってみんなはひらひらと手を振りながら、僕が教えた間違った道を歩いていく。 本当はまだ、みんなと一緒にいたかったのに。 
だけどここにいればいる程、この苦しい気持ちは大きくなっていくのだと気付いた。 だから僕は、これ以上自分が苦しまないように今みんなと別れたのだ。
胸が締め付けられ呼吸困難な中、右手を自分の胸に当てた。 そして今にも泣きそうになるのをグッと堪え、小さくなっていく大切な仲間の後ろ姿を目に焼き付ける。
そんな彼らに向かって、僕はか細い声でみんなに別れの言葉を放った。

「みんな・・・さよなら」

また――――会える日を願って。 これがみんなの知らない、僕だけの気持ち。 僕だけの――――物語。


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