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エピローグ5

家からそれほど離れていないところに墓地がある。
そこからさらに歩いていくと、石造りの巨大な剣が突き刺さった、ひときわ大きな墓がある。
〈岩砕きのガンデ ここに眠る〉
そう、ここが親方の墓だ。
親方の葬儀の時は、何故か知らねえが俺たち獣人は参加させてもらえなかった。遠くでトガリたちと眺めていただけだ。だからかな……俺はそれ以降週に一度はここに来て掃除とか、このデカい剣をピカピカに磨いてる。
それと、いろいろ成果を報告とか。
でもって今日は他でもない。昨晩亡くなったエセリア姫を頼むと言いたかった。それだけだ。

墓標の上に、小さな雪だるまを乗っける。
もう路肩の日陰にかろうじて残ってた雪しかなかったから泥で汚れてるけどな。なんかエセリア姫って、雪のような印象が残ってたんだ。日なたにあたると瞬く間に解けていってしまう……彼女との二日足らずの付き合いはまさにそんな感じだった。

「親方、姫様に求婚されちまったよ……まあ相手は嘘を承知でお願いしてたし、特にそれ以上のこともなかったけどな。それにもう姫様はこの世にいない。だから……向こうで彼女の面倒を見てくれねえかな」

「やっぱりここにいたか……」
独特の足音で分かった。マティエだな。
「トガリから聞いた。家にいない場合はたいていここにいるとな」
「なんの用だ?」トガリもおしゃべりなやつだ。わざわざこの女にここのことを言わなくてもいいのに。
「パデイラにいく日が決まった。明後日の夜明け前にここを出る」
そうかい。別に俺は今から出るぞと言われたって構わないし。準備なんてほとんど無いしな。

「……一発は殴られるものだと覚悟してた」
いきなり何を言うのかと思ったら、この前謝りに来たことか。
確かに俺の方も肩透かしを食わされたけど、こっちは根に持つ性格でもないし。つーかこの女も意外と気にするタイプだったとはな。けど……

「どうせだったら、その周りを下に見てるような態度と話し方。それを直してもらえたらな」
「え……私のか?」
「ああそれだ、なんか可愛げがないっていうか、お硬い軍の奴らみたいで話しづらくって」
いや分かるさ。こいつも厳格な家庭で育てられたって過去を持っているのは。だが……なんかいちいちイラッと来ちまうんだよな、コイツがいるだけで。
「わ、分かった……直せられるように頑張る」
俺は上下関係とか、それ絡みの礼儀やらしがらみがとにかく苦手、つーか大嫌いだ。だからこそ俺たちの仲間に加わるのなら、その頭ひとつ抜きん出た態度そのものを改めてもらわないとな……
ヘタしたら、イライラが爆発してケンカになってしまうかも知れないし。

ぽつぽつと大粒の雨と、そして風が吹いてきた。
まったくな……朝は晴れていたってのに。
「あ、やっぱりここだったか」
今度は何が来たかと思ったら、ルースか。
「トガリから聞いたんですよ、家にいない場合はいつも……って痛い!!」
マティエと同じことを言うもんだから、つい一発殴って黙らせた。
「貴様! ルースになんてことを!」
「いやいいんだマティエ。これがいつものラッシュなんだから」
ルースがここへ来た理由、それはエッザールとフィンが来れないということ。
「あっちでもなんか部族間でトラブルがあったらしくてね。悪いがしばらく帰れないって」
と、アスティがわざわざここへ伝えに帰ってきたんだと。まあいい、戦いにいくわけじゃない。それにワグネルの武器は俺とマティエが持ってるし。今回は調べにいくだけだからあいつらがいなくても平気だろう。

ルースは親方の墓石についた枯れ葉を落としながら、俺につぶやいた……
「ラッシュ、あなたは外にでて、世界をもっと知るべきです。それこそがガンデの親父さんが望んでいたことかもしれません……それとも、ここを出るのが寂しいとか、ですか?」

ルースのその言葉、確かに図星だ。
いつも仕事に出るときはここを何日間も離れているのに、いざ出ようと思う旅に、未練という名の気持ちが足を引き留めてしまう。
「でも、わかりますよラッシュのその気持ち。僕も生まれ育った家を離れようとしたときに、最後まで身体が動かなかったんです。思い出が邪魔しちゃって」
雨が激しさを増してきた。身体にしみ入る雨粒が痛いくらいに。
「親父さんが最後に言ってたんじゃないですか? 俺が死んで自由になったら、ここを離れて外を見てこいって。きっと今がそのときなんですよ。自分の使命を知って……いや、ちがう!」
ルースは俺の肩をつかんで言ってきた、まるで何かを発見したみたい喜びを浮かべながら。
「マシャンヴァルとの戦いがひと段落ついたら、ラッシュの故郷を探しましょうよ! 親父さんの日記をたどってゆけば、きっとわかるはずです!」
「俺の、故郷……?」
「そうです、それとチビちゃんの生まれたとことかも探せば、きっと旅がおもしろくなるはずですって!」

そうだ、そういえば俺は今まで自分自身のことなんて一度も考えたことがなかった。親という存在なんて、親方だけで充分だったし。
それに、ディナレにあったとき思わず言ってしまった言葉「かあさん」。
俺はどこで生まれたのか、誰から生まれたのか。ああ、そうだ。
俺には、見つけたいものがいっぱいあるってことを。
「マシャンバルのこともオコニドの件も、まだあまり考えすぎない方がいいかも知れません。私もまだここで調べたいことが山ほどありますし。まずはチビちゃんとラッシュさんの旅支度とかいろいろと、あ、もし大丈夫なら、フィンやエッザールも一緒に加えて、トガリも! ね、行きましょうよみんなで!」

「落ち着け、まずはパデイラだろ、ンでもってマシャンヴァル滅ぼしてその後お前らの結婚見届けて……」

まだまだ先は長そうだな、親方。それにエセリア。

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