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結人と夜月の過去 ~小学校三年生④~




キャンプ最終日 夜 キャンプ場


楽しい時間はあっという間に過ぎ、ついにキャンプ最終日となってしまった。 明日は家に帰るということで、みんなと一緒に過ごせる夜は今日が最後となる。
それでも楽しい思い出を作ろうと、今はテントの前で手持ち花火で遊んでいた。 辺りが真っ暗な中、綺麗な花火の色だけがキラキラとその場に浮かび上がる。
「悠斗!」
「うわっ!」
未来は悠斗に向かって花火を近付けた。 突然な行為に驚いた彼は、咄嗟に近くにいた夜月の背後に隠れる。
「ちょっと未来、危ないなぁ・・・」
「悠斗、夜月の後ろに隠れるな! ズルいぞ!」
怖気付きながらおどおどとした口調で言われると、反発するように大きな声で言い返した。
そんな二人の間にいた夜月は、呆れたように言葉を放ちながら手に持っている花火を未来へ向ける。
「未来、人に花火を向けるな。 危ないから」
そう言いながらもこちらへ向けてきた彼に、慌てて後ろへ一歩下がり強めの口調で更に言葉を返した。
「ちょッ! 夜月も人のこと言えないだろ!」
「向けられて怖い思いをするくらいなら、花火を悠斗に向けるな」

そんな彼らの和やかなのか分からないいつも通りの光景を、少し遠くから物寂しそうに見つめている少年が一人――――
その存在に気が付いた結人は、ゆっくりと近付きそっと声をかけた。
「・・・理玖?」
名を呼ばれたことによってふと我に返った理玖は、慌てて笑顔を作り近くにある花火を手に取る。
「あぁ、結人か。 一緒に花火する?」
素直に受け取り、彼が座っている横に自分も腰をかけた。 ここからは、夜月たちの姿がぼんやりとしか見えない。 それ程、この辺りは暗いのだろう。
「えいッ!」
理玖が結人の持っている花火に火をつけたことにより、一瞬にして二人は明るい空間に包まれた。 そしてその光を見て、彼はクスッと笑う。
「結人は、やっぱり黄色が似合うな」
そう言って、次に自分が持っている花火に火をつける。 結人はこの時でも、既に気付いていた。 
理玖に尋ねたいことがいくつかあるのだが、その隙を彼は与えてくれない。 自ら何かを言おうとすると、すぐに話をそらされてしまう。

―――そんなことは分かっている。
―――だけど・・・もう一度。

負けじと、再び自分から声をかけようとした。 その時――――
「理玖」
「結人はさ」
またもや自分から話をさせてくれない理玖を少し嫌に思うが、ここはグッと堪え彼の話を聞くことにした。
「・・・何?」
尋ねると、少しの間を置いてこう口を開く。 それもいつもの彼とは違い――――真剣な表情で。
「結人は・・・夜月のこと、どう思ってる?」
「え?」
突然そう問われ思わず聞き返してしまうが、変わらぬ表情で言葉を付け足していく。
「クールで凄く冷たくて、無愛想で・・・。 そんな奴だと、思ってる?」
「そんなことは思ってない!」
「本当?」

―――何だよ、いきなり・・・。
―――そんなに僕、理玖に信用されていなかったの? 

思ってもみなかったことを聞かれた結人は、どんどんマイナスな方へと思考を巡らせていく。 そこで勇気を出し、思い切って尋ねてみた。
「どうして、そんなことを僕に聞いたの?」
切羽詰まった表情で聞いてきた結人を見て、理玖は慌てて否定の言葉を述べる。
「あぁ、いや、そういうんじゃないんだ」
そしておもむろに口を開き、ゆっくりと語り出した。
「確かに夜月は幼稚園の頃から、さっき言った通り冷静でクールで、無愛想な子だったんだよ。 そこは否定しない。 
 だけどそれに加えて、僕と一緒に遊んでいるうちに笑顔や元気さも見せるようになってきたんだ。  
 でも・・・どうして今は、その二つが夜月からなくなってしまったのか、僕には分からないけど。 でも一つだけ、幼稚園の頃から変わらないところがある。 
 それは何か分かるかい?」

―――理玖は、僕に何を話そうとしているんだろう。

相手の考えが全く読めない結人は、正直に首を横に振った。 その反応を見て、理玖は続けて答えを口にしていく。
「それは、いつも僕たちのことを後ろから見守ってくれていること。 そう、夜月は僕たちのお兄ちゃんみたいな存在なんだ」
「あ、それは僕も思った」
「本当?」
結人と同じ気持ちになれて嬉しいのか、彼は満足そうな表情を見せてきた。
「だからね、夜月はただの冷たい人間なんかじゃないんだよ」
「うん・・・」
最後まで聞いても、理玖が何を言おうとしているのかがサッパリ分からない。 だからそのことについてもっと詳しく聞こうと、口を開こうとするが――――
「それでさ、結人に聞きたいことがあるんだ」
「・・・何?」
またもや先に発言され一瞬戸惑うが、何とか質問の受け入れ態勢をとる。 そして彼は、結人にこう尋ねてきたのだ。 
それは、結人でも想像していなかった――――とても深い内容だった。

「仮にだよ。 もし夜月がこの先、有り得ないことをしたとしよう。 その有り得ないことは何か分からない。 
 もしかしたら非行に走るかもしれないし、最悪な場合は自殺しようとするかもしれない。 もしくは結人や未来、悠斗のことを裏切るかもしれない」
「・・・」
「でも・・・そんなことが仮にあったとしても、結人は夜月のことを見捨てずに、ずっと夜月のことを信じて、夜月とは友達のままでいてくれる?」
「え」

―――理玖は・・・何を聞いているの?
―――そんな、こと・・・。

「あぁ、分かっているよ。 結人は人のことを悪く思わない。 大事な友達のことは、最後までちゃんと信じ続ける子だっていうのは」

―――どうしてそう思ってくれているのに・・・。

「じゃあ、どうして僕にそう聞いたの?」
なかなか答えようとしない結人に対し、理玖は強めの口調でもう一度尋ねる。
「僕が聞きたいのはこれだ。 さっき言ったように『夜月を最後まで信じて見捨てずに、ずっと友達のままでいられるのか』っていうこと。
 このことを胸を張って、堂々と僕の目の前で宣言できるのか。 結人は・・・できる?」
そこで結人は、その返事について考えた。 おそらく理玖は『言える』と言ってほしいのだろう。 だからできるだけ、彼の望む答えを言いたかった。
だが――――実際のところ、その場に出くわしてみないと分からない、というのが本当のところだ。 
その時になってみないと、本当に夜月のことを信じたままでいられるのか分からない。 だから理玖には――――嘘をつきたくはなかった。

「・・・ごめん。 僕は、理玖が思っている程いい人間じゃない。 だから・・・それは、約束できない」
「え」
「・・・ごめん」

理玖はそのような答えを聞いてしばし唖然とするが、この短時間で何か起こったのか、突然腹を抱えながら大きな声で笑い出した。
「ハハハハハッ! そっかそっか! そうだよね、結人は! 本当によかったよ、ハハッ!」
本当は答えた後彼に怒られるか、呆れられるかのどちらかを覚悟していたのだが、またもや予想もしていなかった反応に戸惑ってしまう。
「いや、でも・・・僕は今悪いことを」
「え? 何だって?」
理玖は自分の笑い声で結人の小さな声が聞こえなかったのか、今でも笑いながら聞き返してきた。

―――・・・いや。
―――でもそれが、理玖の望みなら。
―――理玖が僕を信じて、そう言ってくれていたのなら。

そこであることを決意し、先程とは違うハッキリとした口調で言葉を放つ。
「でももしそれが、理玖の頼みだというのなら僕は守るよ」
「え?」
突然そう言われ驚いた理玖は、笑うのを止め再び結人の方へ意識を向けた。 目を合わせながら、自分の思いを綴っていく。
「理玖がそのことを心から本当に思っているのなら、僕は理玖のその言葉を叶えてみせるよ」
途端彼は少し寂しそうな表情を見せ、おもむろに口を開いた。
「どうして・・・僕のために、そこまでしてくれるの?」
そして今度は――――結人がゆっくりと、今までの感謝の気持ちを込めて語っていく。
「理玖にはたくさんの感謝をしているから。 僕が横浜の学校へ転入して、初めて友達になってくれたのが理玖なんだ。 それに、たくさんの楽しい時間を僕に与えてくれた。 
 だからこれで、少しでも恩を返せるなら」
結人からの思いを受け止めた理玖は、俯きながら小さく微笑んだ。 そしてゆっくりと目を閉じ、ゆっくりと息を吸う。
「ありがとう、結人。 やっぱり、結人に出会えてよかったよ」
「え?」
あまりにも小声だったため聞き取れず、思わず聞き返した。 だがその先の言葉は何も言わずに、理玖は目を開け突然前へ向かって走り出す。
「結人! みんなのところへ行こう!」
「あ、待って!」
「ん?」
彼のいきなりの行動に焦って呼び止めてしまった結人。 
何を言おうかなんて考えてはいなかったが、これをいい機会に今まで理玖に聞きたかったことを急いで絞り出し、その中の一つを尋ねてみる。
「一つだけ、理玖に聞いてもいい?」
「何?」
「どうして、今年僕をキャンプに誘ったの? 確かに来年や再来年も、僕は静岡の友達と遊ぶ約束をするかもしれない。 だからと言って、無理に今年じゃなくてもいいんじゃ」
「・・・そうだね」
今まで理玖は背を向けたまま話を聞いていたが、ここでやっと結人の方へ身体を向け直し、その質問について答えていく。
それも心配させないようになのか、相変わらずの引きずった笑顔のまま。
「でも来年、この5人が今みたいないい関係で揃っているかなんて、分からないだろ?」
「どういうこと?」
返されると、彼は言葉を更に付け加えていく。

「もしかしたら来年、みんな喧嘩してバラバラになるかもしれない。 もしかしたら来年、僕や結人みたいに誰かが入院してしまって、みんなでこうして集まれないかもしれない」

そして――――

「もしくは・・・誰か一人が止むを得ない事情で、この5人から欠けることになるのかもしれない」

「え・・・」
「だから、今年誘ったんだ! 早いうちがいいと思ってさ」
―――違う・・・。
―――何なんだろう、この気持ち・・・。

『誰か一人が止むを得ない事情で、この5人から欠けることになるのかもしれない』

―――どうしてこの言葉を聞いた瞬間、胸が苦しくなったんだよ・・・。
理玖はいつの間にか、結人の目の前から走り去っていた。 彼は今でも楽しそうに花火をしている、夜月たちのもとへと走って向かっている。
―――どうして理玖は、そんな考えたくもないことを言うの・・・?
―――もしかして・・・理玖は、僕たちの前からいなくなっちゃうの?
「もう結人! こっちだよ!」
その場から一歩も動けずにいると、そんな結人を見かねたのか理玖はこの場まで戻ってきて腕を掴んでくる。 そして夜月たちのもとへ、行かせようとしていた。
―――もし理玖が僕たちの前からいなくなったら・・・僕たちはどうなるんだよ。
すると突然、彼はちらりと振り返り結人の方を見て二コリと笑った。 その笑顔を見ると、何故か心が苦しくなってしまう。

―――嫌だ、嫌だよ理玖・・・。
―――理玖は僕たちのことを、忘れちゃうの?
―――・・・いや、忘れてほしくなんかない。
―――理玖が僕たちのことを忘れないために、今の僕にできること・・・。

理玖と結人が夜月たちのもとへ着く頃には、最初に火をつけた二人の花火は既に短くなっていて、キラキラと輝いてはいなかった。 それも――――今の結人の心と、同じように。


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