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第5話

 早く帰りたいなぁって思ってる日に限って、無駄な雑用ってのはつきまとってくる。
 日直の上に委員会まであるなんて、ホントにサイアクだよ!
 スッぽかして帰っちゃおうかな…? って、少しだけ思ったんだけど。
 でも、一回のズルが今までのシンライすべてダメにしちゃうという現実を、ボクは知っている。
 それが解ってなくっちゃ、クラスの人気投票と言われる「学級委員長」の座をカクトクするコトは出来ないモンね。
 委員会が終わって日直の日誌を書いて、職員室を出た時はもう下校時刻ギリギリだった。
 これじゃあ、一度ウチに帰ってから夕食の買い物に出掛けると、すぐにパパの帰ってくる時間になっちゃう。
 パパが帰って来ちゃったら、シュウイチの家に行く事は出来ないし。
 学校が終わった後に行くって約束をしてあるから、行かなかったらきっとシュウイチは心配したり寂しくなったりするに違いない。
 お財布の中を見ると、今朝の事件の所為で余分に持って出たお金が入っている。
 これはもう、ギリギリの選択を迫られてるなぁ。
 下校の途中…つまりはランドセルを背負ったままの格好で商店街に寄っていくのは、ちょっとした賭だ。
 学校から帰る道筋には、車通りの少ないジュウタクガイを横切る方法と、駅前通りからのびた商店街を横切る方法がある。
 ボクみたいに家庭のシュフを兼ねていると、ホントは学校帰りに商店街を抜けて買い物をして帰りたいんだけど、先生やPTAのおばさん達はそれを「寄り道」と言うんだ。
 塾に行っている子達も同じコトで不満を持っているんだけど、一度ウチに帰って出直すってのは本当に「時間の浪費」でしかないのに、どうしてオトナはそういう事が解らないんだろう?
 でも今日ばっかりは仕方がない。
 ボクは学校を出ると、迷わず商店街を回る方の道を選んだ。
 一番やっかいなのは、商店街でホドウインのおばさんに声をかけられる事だ。
 あのヒト達のなにが一番困るって、こっちの話をなんにも聞いてくれないってコト。
 スグにパパを呼び出して、余計に話をややこしくする。
 ボクの場合はパパを呼び出されても、それほど面倒な事にはならないけど、問題はせっかく節約するつもりだった時間を、逆に潰されてしまうってコトなんだ。
 商店街をモタモタ歩いていては目を付けられてしまうから、走ってスーパーに駆け込む。
 しまった! 今夜のメニューを考えてなかったっ!
 夕方の混み始めたスーパーで、今夜のメニューを考えながらウロウロしていたのが運の尽き。

「ボク、お母さんはどうしたの?」

 案の定、ホドウインのおばさんが出てしまった。
 全くホントに、ランドセルってワル目立ちするからイヤだよ!
 振り返ると、おばさんはニコニコ作り笑いを浮かべながら意味もなく腰を屈めてボクと目線の高さを合わせたりしている。
 幼児を相手にしているんじゃないんだから、そういう態度ってホントやめて欲しい。

「はぐれちゃったのかしら?」
「お母さんはいません」

 とにかく適当な事を言っておばさんを振り切ってしまおうと思ったけど、混んだスーパーで走り出すような危ない真似は出来ない。
 第一ココはボクの御用達の店だから、ブラックリストに載せられたりしたら後が困る。

「どうしたの? 一人なの? 学校の帰りに寄り道なんかしちゃダメよ…」

 親切そうな顔してどんどん話しかけてくるけど、こういうおばさんってホンットこっちの話を聞いてくれない…と言うか、ボクの返答を頭から疑ってるんだよな。

「ボク、急いで買い物して帰らなくちゃいけないんです」
「なにを急いでいるの? ちょっとおばさんとこっちに来て、お話ししてくれない?」

 急いでるって言ってるのに!
 ボクの家庭の事情も知らないで、そう言う勝手な判断しないで欲しいよ。

「あの、ボク、本当に急いでるんです」

 焦る気持ちが先走って適当な言い訳が見つからず、ますます焦ったのが余計に悪かった。
 おばさんは、本気でボクの事を「万引きでもするつもりだったんじゃないのか?」と疑い始めたらしい。

「誰かが見てるの? あっちのお部屋に行って、ちゃんとお話ししてくれたらボクがコワイ目に遭う事なんて無いのよ」

 ああ、ダメだ。
 このおばさんはもう完全にボクを「イジメグループに脅かされて、万引きしに来た子供」だと決めつけてしまっている。
 もう! 家庭の事情から説明するのが面倒くさいから、さっさと端折りたかったのに! コレじゃますます泥沼だよ!
 とはいえ、こうなってからじゃどんなにホントの事を説明してもおばさんは信じてくれないし、結局はパパを呼び出して「ウチは父子家庭で、子供が家事をやってます」って言うまでは開放されないんだ。
 しかも、本気で親身になってくれるヒトだったりしたら、パパへのお説教まで始まってちょっとやそっとでは帰らせて貰えない事態にまで発展してしまう。
 考えただけでも、ウンザリのフルコースだ…。

「おい、カナタ。オマエ一人で先に行くなっつってんだろ」

 諦めモードでどうしたものかとボクが途方に暮れていたその時、不意に誰かがボクの肩に手を掛けた。

「あの、アナタどなたですか?」

 おばさんの視線が、ボクを相手にする位置からぐぐんっと上がって見上げるような角度になる。
 振り返ったボクの後ろには、シュウイチが立っていた。

「スミマセンお手間取らせて…。俺がこんななモンで、飽きてすぐにチョロチョロどっか行っちゃうんですよ」

 シュウイチはホドウインのおばさんに自分の杖と引きずってる足を見せて、それからちょっと困った顔をして頭を下げた。

「そうなんですか。…最近は子供が巻き込まれる犯罪も増えてますから、気を付けて下さいね」
「どうもすみません」

 おばさんが遠ざかるまで、シュウイチはそこで何度も頭を下げていたけれど。

「全くうるせえババアだなぁ!」

 いなくなった途端に、思いっきり悪態をついている。

「サンキュー、シュウイチ。すっごい助かった!」
「夕飯の買い出しか?」
「うん」
「オマエも大変だなぁ」
「それよりも、シュウイチも買い物?」

 あんな高級ハムとかを冷蔵庫に入れてるシュウイチが、こんなスーパーで買い物するのかな? と思って、ボクは訊いたんだけど。

「医者がな、出来るだけ部屋にいないで外を歩き回れって言うから、ブラブラしてたんだけど。外からオマエが見えたから」
「ボク、シュウイチの背中に天使の羽根が見えそう」
「なんだそりゃ?」

 カゴを持って歩き出したボクに、シュウイチはそのまま付いて来てくれた。
 夕方のスーパーって言うのがアレだけど、でもコレってやっぱりデートかな?

「今夜、なににしようかなぁ…。寒いし、簡単だから鍋にしちゃおうかな」
「鍋って簡単か?」
「簡単だよ、切って入れるだけだもん。シュウイチは鍋しないの?」
「バッカ、一人暮らしで鍋なんか出来るかよ」
「ええ〜? おいしいのに〜! 残念だねぇ!」

 そこでボクは、またまた名案がひらめいてしまった。

「そうだ、じゃあシュウイチさぁ、ウチに鍋をつつきに来ない?」
「はぁ?」
「大丈夫だよ、パパはお客さん好きだし、先刻助けてもらったお礼に招待してあげる」
「…そうかい」

 照れてるのかな?
 シュウイチはちょっと目線を逸らして、そう答えた。

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